プロローグ 【夢見が悪い朝】
処女作です!
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夢。
それはありとあらゆる幻想を上映する小劇場である。
ただし上映内容は選べず、事前に演目も調べられなければ、上映中に誤謬や齟齬があってもお構いなしで。
誰が望んだわけでもなく勝手に流し始める。客が見たい物かどうか。それは、上映主の気分次第だ。何ともありがた迷惑で押し付けがましい上映会だ。
目を醒ませば、霞の如く消える。その曖昧で不安定で傲慢な在り方が、俺は好きだった――
俺は夢が好きだ。
夢は常識に囚われない。
夢が一抹の不安を与えることもあれば。
夢は安寧を与える揺り籠にもなり得る。
夢には終わりがあるが、人が生き続ける限り人生に閉幕は無い。
夢は人生を見つめ直す時間だ。
夢から醒めて後悔するような生き方はしたくない。
そう思えるから。
だから俺は夢が好きだ。抽象的で曖昧だが、決して熱を持たないそれを。
その在り方を。
俺は――
「―――」
突如、瞼を貫通する何か。
それは、光だった。
それは、夢の世界との中断――もとい終幕を意味する。
世界を光照らす。世界が光を反射して、空を青く染める。
鳥の合唱、風と木が降りなす旋律。虫たちの歓声が新たな世界の幕開けを祝福した。
夢の幕が降りるのと同じに、世界を包む闇の幕が上がり、朝が訪れる。
そうやって世界は、何度も何度も繰り返して来た。
しかしどうにもその幕開けは、少年の見知った演目のどれとも一致しない、特別な幕開けだったようで――
――朝か、ああ寒っ。風冷たっ。ちゃんと布団、かけてなかったんだっけ…
寒い、とは言いつつも風さえ吹かなければどうという事はなさそうだ。寧ろ日差しに当たっていると心地よい暖かさが少年を包み込む。
その温もりに少年は目を細め、惰眠を貪る。すうすうと安らかな寝息を立て始める少年。のどかな、平時の一コマだ。
無論、それは平時であればの話だ。彼には起きなければいけない理由があったはずだ。
――ああ、そうだ、起きないと…とりあえず目覚まし時計、鳴る前に止めよう。あの音苦手だし。
目を瞑ったまま頭の近くを探る。
いつもなら枕元にそれはあるのだが、今日は、ない。
――あれ。ああ――俺ベッドから落っこちたんだっけ。じゃあ、ここは床って事…
”床”って事、でもなさそうだよ、と。言いたげにあたり一面の緑が揺れる。
風が吹くと、草花が”おきておきて”と言わんばかりに少年の耳元ではためき、少年の起床を待ちわびているかのようだ。
―――?
少年は、ようやく事態の異変に気がつく。
――何でこんなに風が吹いてんの?昨日、夜空は見たけど窓はちゃんと閉めたし、その後開けた憶えはないぞ。つか、布団は?
落ち葉達をかき集めた自然派天然布団などいかがだろうか?今ならひとつサービスしますよ、と。風が枯葉をおすそ分けしようと吹きつけ――
「遠慮するわ!つか、何なんだよさっきから。さては姉ちゃんだろ、冗談キツ―――――――!?」
―――!?
それは、既視感の一切を持つ事の無い朝だった。
あるべきはずのもの。
布団、床、窓、目覚まし時計、天井、パソコン、鞄、教材、箪笥、その他諸々。
それらがあるべきはずのところに、何一つ無いのだ。
当たり前のように少年を取り巻いていたもの。その全てが、「今まで嘘ついててごめんね?」と言い残して夜逃げしていったかのような――
もとい、置き手紙のひとつでもしてくれていれば、どれ程良かっただろうか。一切の形跡を残さず、それらは少年の前から姿を消していた。
「寝具とか何も無い――え、つか、ここ、どこよ。――――――何だ、あれ」
少年は咄嗟に起き上がりふるふるとあたりを見渡すと――目の前に広がる”不自然”に絶句した。
上に広がるものは、雲ひとつ無い青空――に、浮かぶ異物。物理法則を無視した巨大な城。
下に広がるものは、雄大な草原と立派な城塞都市。
まるで西洋の宗教画のように幻想的な風景はまるで、オペラの演目か何かを連想させる。奏でるは鳥の声と…よくわからないグロテスクな生き物の嘶き。
そしてどうやら少年は、それらの真ん中に位置する草原で、のんきに日向ぼっこしているらしい。
「いや、いや!待てよ、ちょっと待ってくれ。これ、夢だ。そうに違いない。夢だよな?」
夢の中では、”これは夢だ”と認識できないとは良く聞く話である。少年とて例外ではなく彼が夢を夢だと見破った時には、上映会は中断――もとい、頭が起きてしまう。
誰が決めたわけでもない、その大雑把な概念的ルールを少年は知っていた。
故に――
「―――」
何も変化が訪れないという事は、どうやらこれは…夢では無さそうである。
――夢から醒めて後悔するような生き方はしたくない。なんて、誰かが言っていたような気がするけど、
いくら何でもこれは、後悔云々以前の問題だ。理解が及ばない。超常の災害に等しい。
「いったいここは何処なんだよ!もしかして俺、異世界転生でもしちゃった感じですか!?来た事も見た事もない、徒広い草原に一人ですか!?だとしたらこれ、初期スポーン地点ミスってない!?ミスってるよ!?」
少年は激しく動揺し、身体中から嫌なものが流れ出ていく感覚に陥った。
――何か、その、こういうときに何から探せばいいのか分からないが、何かヒントは無いのか。
”某電波番組”だって、芸人を異郷に飛ばす事はあれど、理由も目的も伝えないなんて事はしなかった。しかしこれでは不親切極まりない。来客は、きちんと饗すべきだ。
「とりあえず落ち着こう。一旦、深呼吸…落ち着けよ、俺」
ひと呼吸置いた少年は、あたりを見渡してみる。何もかもが新鮮なその映像の中には、一際目立つ構造物が幾つかあった。
「特徴的なものは…目の前の堅牢で重々しい感じのアレと、後方の空に浮かんでやがる巨大なアレだな。…まあ、目の前のアレは分かるよ。海外とかで国境を分かつ時にああいうのあるし。でも後ろに浮かんでるアレは一体何なんだよ!なんか、色々な法則を無視してるよね!?あんなもの、見たことも聞いた事も無――――ん?」
見覚えは無い。しかし、”聞き覚え”、もとい”書き覚え”なら、あるような。
―――
《精霊は勇者にSSランク級の力を与えた対価に、忌々しい呪いをかけていきました》
この散文的な横文字は彼の書いていた小説の一小節…ではなく、”タイトル”である。
中世をモチーフにした剣と魔法が武力の要である世界に、突如異世界転生された主人公。
異邦者なので魔法も使えず剣のひとつもまともに振ることのできない主人公を見兼ねた精霊が力を授けて――
と、話が展開していく異世界転生ファンタジーモノのインディーズ作品だ。
ちなみにまだ完成はしていないし書籍化もしていない。絶賛・連載中である。
――それはともかくとして…今彼の目の前に広がる”ソレ”は、彼の執筆した小説の中に登場する”ソレ”によく似て…いや、最早そのものではないか?
「…待て、あの無駄に高い壁から見える城と、3色の巨大な水晶に結ばれて空に浮かぶ巨大な城…あれって、もしかして…《ビスマルク》と《天の釣鐘》?」
《ビスマルク》と《天の釣鐘》とは、少年が執筆していた小説《精霊は勇者にSSランク級の力を与えた対価に、忌々しい呪いをかけていきました》…長いので略して、《せちから》もとい《世知辛》に登場する地名および建造物名である。
”ビスマルク”は堅牢なる城塞都市で、人間が暮らす世界と魔物が生息する世界を分かつ城壁の人間界側に位置する。”天の釣鐘”は鎖で繋がれた3つのクリスタルの魔力で浮遊飛行する空の城だ。
「――あれ。これって…俺の自作小説の世界じゃね?」
――彼はふと、自身の小説《世知辛》の冒頭部分を思い出す。
主人公は現世にて入浴中、”風呂の中でも呑めるように”と持ち込んだスト○ング・ゼ○缶を誤って踏み転倒し、頭を殴打。打ち所が悪く即死してしまう。
何とも地味で愚かな死因だと地獄の大王・閻魔様に憐れみをかけられ、主人公は異世界に勇者として転生するのだった。
そんな主人公が異世界転生し初めに飛ばされる街こそ。今、少年の目の前に荘厳に佇む街、”城塞都市ビスマルク”である。
そして”天の釣鐘”についてだが…彼の小説は未完成かつ執筆途中につき、あれには未だ、重要な役割を持たせていなかったはずだ。
あれは異世界転生した勇者が見た時に『空に浮かぶ城だ』と驚愕させ、”ここは異世界である”と悟らせる為に描写した符号だ。
故にそれは――
「――っ、一致する。俺の小説の冒頭部分と。やはりこれは俗に言うところの、”異世界転生”…それも、自分の書いた小説の世界に転生しちゃいましたってヤツ?」
好奇と困惑と驚愕で散らかった脳内が、ようやく整頓され始める。
つまり少年は、彼が執筆した異世界転生ハイファンタジーの世界に、自らが異世界転生してしまったのだ。
「――こういう時の相場は決まってる。当然、俺はこの世界を救う勇者…って事でいいんだよな?つーコトはさ。俺、この世界では魔法が使えたり、あのバカでかい城みたいに空が飛べたりするかもってコト?え、それってさ」
――めっちゃ、楽しそうじゃん?
不安ばかりで張り裂けそうだった胸の高鳴りは、いつの間にか好奇心へと変わり始めていた。
さすれば、先ずは城塞都市ビスマルクを目指そう!と、少年は意気揚々と立ち上がる――が、
「――あ?」
それは些細な違和感だったが――決定的に状況を左右させ兼ねない違和感だった。
城塞都市ビスマルクは、人間界と魔界を隔てる城壁の、人間界側にある――
しかし、どうやっても少年の位置から城壁都市ビスマルクに行くには、あの崖のように高い城壁を超えて行くしかないようだ。
そしてあの遠くのほうで蠢くドロドロとしたゲル状の奇妙な生命体である。おそらくあれはこの世界で言うところの”魔物”ってやつだろう。
それに何だか――やたら目線が低いような。周りの構造物がデカすぎるにしても、どうにも彼の持つ既存のクオリアと一致しない。
壁を登るような描写や、こんな序盤に魔物が出てきたり、身体が縮むような描写は挟まなかったはずだが。やっぱり、初期スポーン地点をミスって――
「おい」
―――、
少年の疑問は、来訪者の呼び声により一時的に掻き消される。
背後から、何者かが自分を呼んだのだ。
異世界転生したばかりで五里霧中の主人公を、そこの世界の住人が助ける――というのは、この手の話でいう所の”お決まりの展開”である。
つまりお助けキャラでは無いだろうか?と、希望に胸を膨らませ振り返るとそこには――
「おい、そこの”クソ小鬼”。――角と皮、こっちに寄越しな」
「――え?」
少年より二周りほど大きな青年が、陰惨な笑みで少年を見下ろしていた。
「――え。あんた誰?”クソ小鬼”って、もしかして、俺のことですか? あと角と皮って、なんですか。」
角と皮?藪から棒に、何だろうか。
目の前の青年が、何を言っているのか本気で理解できない。
だから、少年は素直な気持ちをそのまま青年に投げかけた。そのつもりだ。
その返答に何も悪意など無い。しかし青年はその言葉に笑みを消し、眉をしかめる。
「とぼけるんじゃねえよ、ゴブリン!てめえの頭のソレと、てめえの皮膚を剥ぎ取らせろって言ってんだよッ!!」
「――お前今、俺のことゴブリンって言った?あと頭って――え」
少年が頭を触ろうと手を伸ばすと、額の部分にある硬いものに手をぶつける。
まさか――と思い、自らの全身をベタベタと触り、見回す。
赤褐色の肌、長い耳、額から生えた角、低い身長…どれも、元いた世界のそれではなく。
以上のことから少年は、一つの結論を導き出した。認めたくは無いが、要するに――
「俺、ゴブリンに転生してるんだがーーーーーッ!?!?」
世界が、朝の訪れを祝福する。しかしどうやら世界は少年の来訪を、祝福してはくれないらしい――
ここまで読んで下さり誠にありがとうございました!
次回も見てね!٩(๑´0`๑)۶