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魔法石喜譚〜悪役令嬢役の隣でメイド服着て特攻〜  作者: 抹茶
第1章 悪役令嬢役の隣でメイド服着て特攻
7/21

邂逅、特攻、妥協より棚ぼた 2

「おばけっ!?」

「無理ですわっ!嫌!無理!!」

私はびっくりしてとりあえず叫んだ。エンジェも思わず叫んでいた。エンジェは私の声に反応して、だけど。

叫んだ勢いのまま後ろを振り返ると―――白装束の青白い顔が―――ではなく。

其処にはすらり、と背の高い男の人が居た。

笑みを浮かべながら私達をどうどう、と手でなだめる様なしぐさをする若い男の人。

黒髪に紫がかった黒目の服装も神父服のような黒い服を着た全身黒ずくめの男の人。

青白い肌、切れ長の瞳、髪は後ろに流しているから清潔感もあるけど、逆にそれが作りものみたいに感じる。

例えて言うなら物語にでてくる吸血鬼のイメージがぴったりだった。あ、でも吸血鬼って目赤いイメージあるからちょっと違うか。

関西のおばちゃん風に言うなら『シュッとした』人。

そんな人が薄ら笑いーー見る人には穏やかな微笑みに見えるかもしれないが私には薄ら笑いに見えるーーを浮かべている。

正直どんな容姿だろうがこんな笑顔を浮かべている時点で……

「なんか怪しい」

「出会い頭に酷いなぁ」

思わず声に出してしまった。

流石に不躾だったねごめんなさい。謝るといいよ、いいよとへらりとした笑顔が返ってくる。

なんかなぁ軽いんだよなぁこの人。

悪い人じゃ無さそうだけど……

「んっ、うん、よし……コクヨウ様、でしょうか」

そうこうしている間にエンジェは冷静さをなんとか取り戻していた。お化け苦手なんだね。

っていうか、そうか。

この人がコクヨウ様、先生?――様付けって私言い慣れないし先生にしようかな――コクヨウ先生なのか。

つまり。

私たちが今日ここに来た理由の人。

異世界から来ちゃった人の担当をしてる人。

そういえば、こっちの世界に来てから特に気にしてなかったけど、元居た世界に帰る方法ってあるのかな。

昨日こっちに来てから何故か帰らなきゃっていう焦りが全然湧かなくて、ここを第2の故郷としよう!ぐらいの、普通にこの世界で生活していく気でいたけどなんだか……この人を見てたら何故かそんな疑問が浮かんできた。

まるで夢から覚めたみたいに、ずっと目隠しされていたものがぱっと開けたみたいに、突然に。

来てすぐ思い付いてもいいような普通の疑問なのになんで今まで浮かばなかったんだろう……?

まぁ、ただ思っただけで、帰りたいという気持ちは何故か起きない。エンジェが居るからかな。


エンジェのその問いに、コクヨウ先生はへらりと笑いながら答えた。

「そう、ボクがコクヨウ。コクヨウ・ハナブサだ。ずっと立ち話をさせとくわけにもいかないし、部屋の中にどうぞ。異界から来ちゃった子の件だろう?」

コクヨウ先生に促され入った先は、綺麗に整頓された部屋だった。壁一面に書籍、書斎机の上にもいくつか本が積まれている。それから少し離れたところに黒い革張りのソファーとローテーブルがあった。

全てきちんと片付いていて埃も塵も見当たらない。片付けや整理整頓が苦手な私としては見習いたいレベルだ。

ただ気になるところと言えば、すべてが黒かった。

壁が真っ黒に塗られていて、カーテンは閉め切ってある。そのカーテンも真っ黒だ。

何か怪しい儀式でもするの?みたいな雰囲気が漂っている。

日中だからカーテンの隙間から差し込む光と、天井に石が飾られていてそれが部屋を明るく照らしているけど、なんだか全体的に不思議で不気味な印象を受けた。

「ハイドライト君。ボクのこと覚えてない?君と昔によく会ってたんだけどな。君の家にも遊びに行っていたことがあるし」

扉が閉まった瞬間、コクヨウ先生はそう言ってエンジェに話しかけた。

そうなの?なんかエンジェが昨日言ってた感じでは知ってはいるけど詳しくは無いなーって感じだったけど……。

「申し訳ありません。ちょっと記憶には……確かに何度かお会いした記憶はあるのですが……セレモ二-などの公的な場所以外でお会いしたことがありましたでしょうか……?」

エンジェが不思議そうに頬に手を当てて考えているが思いつかないみたいだった。「家に…?」と呟いていたから家に来たことがあるか記憶を探っているようだった。

「んー忘れてるならいいや。別に大した関係ではなかったしね」

そう言ってコクヨウ先生はまたへらりと笑った。

「さぁどうぞどうぞ。ソファに座って。ハーブティを淹れてあげよう。これとっておきなんだよねぇ」

ソファに座るように促されて私とエンジェは肩を並べて座った。その間にぽふり、とルリが割り込んでくる。

コクヨウ先生は何処からともなく出してきたティーポットやティーカップ、おまけにお茶菓子をローテーブルに置いていく。

薄い緑がかった色のハーブティで、清涼感ある匂いが部屋中に広がった。

勧められたハーブティを飲むと匂いと同じようなスッキリとした味で頭が冴えてくるような感覚があった。

「これ美味しいね」

「あら本当。何のハーブかしら」

なんとなく小声でヒソヒソと話した。

ルリはハーブティには目もくれずお茶菓子のクッキーを啄んでいた。私も1枚もらおう。

そんなルリをコクヨウ先生がちらちらと見ていた。鳥派ですか?ちなみに私は犬が好きかな。

「あのさ、それ何?」

「えっと、飼っている鳥ですが……学院は使い魔等動物の持ち込みは許可されているので連れてきたのですが、何か問題でしたでしょうか」

困惑したようにエンジェは言う。

「いや、それは構わないけど……いや、うん、まぁいいや。気にしないで。うん……それよりも、そっちの子だ」

そう言って私の方を向き直った。私はついに来た、と背筋を伸ばす。

出されたクッキーを食べきってなかったから口の中がもごもごしているけどまぁご愛敬ということで。

「異世界からこちらを訪れた子、念のため名前を言ってもらえるかな、こちらでも把握してはいるが本人確認が必要だからね」

手に書類を持ちながらコクヨウ先生が聞いてきた。面接試験みたいだ。

「天宮アイ、です」

「名がアイ、姓が天宮だね――うん、大丈夫。じゃあここに名前書いて、はい羽ペン。そうそうーーうん、ありがとう。じゃあこれで国民の登録は完了。君はボクらの国住民です、必要ならサポートするから、もし何か助力必要ならボクかここの学院長を頼ってね」

「へ?」

終わり?軽くない?名前確認されて署名しただけなんだけど……。

「あの……コレってそんなにすぐに終わるものなのでしょうか」

なりゆきを見守っていたエンジェも尋ねてくる。

もっとなんか荘厳な儀式とかなんかあるんだと思ったよね、なんか。

「ああ、本当は言語認識の変更魔法――つまりこの世界の国の言葉を分かるようにする必要があるんだけど、もう済んでるし。服装とかも着の身着のままって感じだったら本人の意見を聞いたりする必要があったけど、もう済んでるし」

と私の方を見た。

確かに昨日言葉は通じたし、服もこれ気に入ってるし。

「それカッコいいね、その上着」

コクヨウ先生は私とエンジェの困惑なんて無視して私のお気に入りのパーカー褒めてくれる。

もしかしなくとも、いい人じゃん。その嘘くさげな笑顔爽やかに見えてくる。

「ありがとうございます、これイチキュッパなんですよ」

「へーよく分かんないけどいいねぇ」

この世界ではイチキュッパは通じないらしい。

この人もお嬢様のエンジェと知り合いだしお金持ちっぽいから生活圏の差かもしれないけど。

そういやお金の単位とかってどうなるんだろう。後でエンジェに聞こうっと。

「じゃあもう帰っていいんですね」

なんだか肩透かしをくらった気分だ。エンジェも小さく、ええ~っと声を漏らしている。

帰る前に紅茶飲み干しておこうかな。

ルリも食べていた市松模様のアイスボックスクッキーを食べ切ろうと食べるスピードを上げていた。

よく食う鳥だなぁ。

「いや、ひとつ聞いておきたいことがあるんだよねぇ」

その瞬間、コクヨウは今まで貼り付けていた笑顔をひっこめた。

黒い瞳がすっと細められ私達を見つめる。

その視線を浴びた瞬間、石になったみたいに身体が固まるのを感じた。

雰囲気が今までと全く違う。

部屋中の温度が下がっていくように思えた。


 

「ーーで、アンタらはこれからどうするつもりだ?」

私たちが困っている間にコクヨウ先生は続けた。

先程の軽い声色とは全く違う。

低く、響くような声。先程までの軽薄そうかつ嘘くさそうではあるがそれでも朗らかだった笑顔は引っ込められていた。

私たちを見つめる目は何処までも深くて、冷たい。

なんの感情も読み取れなかった。

「ハイドライトは今年から入学だろう?どうする?そっちのお前も魔法の素質があるなら――ああ、無理だね。俺が見てわかるくらいに何もないまるで――いてっ」

なんか腹立つから蹴った。

なんかこの人さっきから急に高圧的なんだよな。

っていうか一人称変わってない?

コクヨウ先生は足が長くて持て余すようにして座っていたから蹴りやすくていい。

脛のあたりを2,3回連続で蹴ってやる。途中でこら、とエンジェにたしなめられたからやめたけど。

蹴られたところをさすりながらコクヨウはたたずまいを直した。でも心なし、足を私のところから遠ざけている気がする。勝った。

ちょっと怖くて蹴った私の足が震えていたけど、コクヨウ先生は蹴った事に関しては何も触れず、話を続けた。

「ともかく、お前が学校に来るなら――」

「低魔力用の方の特別プログラムを組んでいただこうかと思います。異界から来た者だということを伝えればもうすぐ学級が始まるタイミングであっても特例で許可されるかと思い、これが終わったら一度アイの意思を確認してから相談をさせていただくつもりでした」

私が何も言えないでいると、エンジェが早口でそう伝えた。

コクヨウ先生の急に変わった雰囲気にビビっているのか、エンジェは背筋がさっきよりもピンと伸びている。というよりも身体が硬直している。

正直私も大人の男の人にこんな抑圧的な態度をとられると怖いし、緊張する。

雰囲気がね、急に怖いんだよ。

今にも悪い薬の実験とかに使われそう。私たちのこと心の奥底で憎んでそう。

そんな怪しくて怖くて嫌な雰囲気。

まぁ足は蹴ったけど。蹴った足しばらく震えちゃってたし。

「まぁその手もあるけどな」

なんだか白けたような顔で気怠げにコクヨウ先生は言った。

そんなのあるの?

視線に気づいたのかエンジェが説明をしてくれる。

「学院で学ぶのは何もすべてが魔力が無ければ履修出来ないというわけじゃないのですわ。薬学や魔法生物学なら魔力が無くても学べます。単純な座学ですから。アイにはそういった授業をメインに組んで行けば学校に一緒に通うことも可能だと思って……後で言えばいいと思い、説明をしないままでしたね、ごめんなさい」

エンジェがしょんぼりと謝ってくる。

だけど、私なんて(これからどうしよっかなーエンジェが学校なら私も一緒に通いたいなー駄目かな魔力とかよく分かんないしなー)みたいなこと考えてボケーッとしてただけだ。

むしろ考えてくれてありがとうって感じだよ、と伝えると緊張でシワが寄っていたエンジェの眉根がふっと緩んだ。

「でもそういういい感じに私向けの方法あったんだね、助かった」

「ええ、魔力が少なくても学びたいという方は入学前や学期毎に教授と相談して授業を調整するのですわ。魔力が必要な授業を他の生徒がしている間は自習とか代わりに低魔力で使える魔法器具とかの授業も開催してもらって補うのです」

「ああ、確かにサポートとして存在している。それなら学校にも通える。でもずっと君と同じ授業を受ける訳にはいかないだろう」

エンジェの説明に、コクヨウ先生が口を挟んでくる。

その声はやっぱりさっきまでとは違い気だるげでわざと人につっかかるような響きがあった。

「でもそれは仕方ないことですので――」

「ああ、そうだ。模範解答だ。そして模範解答とは誰もが考えれば辿り着けるレベルの、常識通りの回答のことだ。本当につまらないな、実に君らしい解答だ。俺が思うに―――いてっ」

つらつらと述べられていく言葉はキツい。エンジェが私のすぐ隣で肩を竦ませ身体を強張らせるのが分かった。

そんなもの見てしまえばやることは一つ。

私は再びコクヨウ先生の脛やら脚やらを蹴り始めた。

今ほど上履きも下駄箱も無い学院で良かったと思ったことはない。

言っとくけど私はブーツ履いてるんだからね。踵は固いよ。

くらえ。今日の朝、庭を歩いてるときになんかぐにゃっとしたもの踏んだけど怖くて確認してないけど確かに何かヤバそうなものを踏んだ靴底を。

「足長いんだよな~私。長すぎて持て余してんだよな~」

「痛い、痛いって。スカート見えるぞ」

なんか言ってるけど知らん。

「アンタが見なければ問題ないんですよ」

「ちょっイタッ」

「アイ、小指を、小指を狙うのですわっ!」

結構エゲツない指令を下すな、エンジェ。よし、仰せのままに!

「痛いって――悪かった、虐めすぎた、調子に乗った」

コクヨウ先生はお手上げとばかりに両手を挙げて降伏した。

降伏したからと言って攻撃をしない理由にはならないのでもう一回思いきり蹴飛ばしておいた。

これ以上やると足が疲れる。

「調子に乗って生徒になる予定の10代の少女を虐げるタイプの教職員ですの……?」

エンジェ、先ほどの怯えた態度は何処へやら。いいぞ、訴えたら勝てる。

「いや、まぁ事情があるんだっつの……まぁ、申し訳ないし、()()()()

へ?代わる?

よく分からず首を傾げる私とエンジェを置いてコクヨウ先生は溜息をついた後、ハーブティーを一口飲んだそしてもう一度溜息をついた後。


「ごめんね、俺がとんだ無礼を……多分はしゃいでただけなんだけど……訴えないでもらえると助かる……」

え、何?何それ?

よく分からないけど、さっきまでの高圧的な態度は消え、元に戻った、ような気がする……?ような……?

「失礼ですが、その……」

「いや、言葉にしなくてもわかる、そういうことだよ……」

エンジェがおずおずとコクヨウ先生に尋ねた。

コクヨウ先生は言いにくそうなエンジェの言葉を継ぐように力なく頷いた。

「やはり……ちょっとヤバめなトリップをされているのですね……」

「してない!二重人格みたいなものなんだボクは!!」

慌ててコクヨウ先生は否定した。

私もヤバいハーブかと思ってた。



「厳密には今すべてを説明できないんだけど、ボクはボク自身の他にさっきの人格を持っていてね。さっきのはそれだ。ちょっとなんというか……取って代わられてしまって」

「別人格……相当ゴミクソ野郎ですわね……」

「別人格さん自分が一番偉いとか勘違いしてる系クソ野郎ですか?」

「散々な言われようだ……まぁ本当申し訳ない……蹴飛ばしてもらって痛みでなんとかボクの人格が浮上出来たんだ……」

この変わりようを目の当たりにしたので二重人格っていうのは本当なんだろうな。

生徒(予定)にキツイ言葉をかけたのが堪えたのか、かなりしょんぼりしていて、最初に会ったときのへらへらした感じもナリを顰めている。

三重人格と言われても信じそうだ。

というわけでしょぼくれたコクヨウ先生が可哀そうなので、とりあえずは訴えないことにした。

お詫びとばかりに追加で出されたケーキやプリンの類に屈したわけじゃない。本当に。

ちなみに私達が食べていくのを見て「ボクのおやつ……」と呟いていたのでコクヨウ先生の隠しおやつだったみたいだ。

私たちが満足したのを見てコクヨウ先生はこほん、と一つ咳をした。

その頃にはもう最初のへらりとした掴みどころのない感じを取り戻していた。


「さっきのボクの別人格と同じことを言ってしまうけど、ハイドライト君はその答えで本当にいいのかな?」

コクヨウ先生は優しくエンジェに問いかけた。

どういうこと?いい感じの対処だと思うんだけどな。

「え、それは……」

エンジェも訳が分からない、といった風に眉根を下げて困った表情を浮かべている。

「だって君たちは解かなくちゃいけないものがあるだろう?そしてそれには彼女の力が必要だ、絶対に、出来る限り離れちゃいけない、ということは断言しよう」

待って、待って。

それってエンジェが言ってた魔法のこと?

私、エンジェのかけられてる魔法がどんなものなのかも知らないんだけど。

私達が何かを言う前にコクヨウ先生は笑った。

最初に見たような、底の見えない笑顔。


「まずは見ておいで、ハイドライド君にかけられている魔法――いや、この世界にかけられている魔法を」



2020/03/01 先生の一人称とかちょっと追加しました

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