わからないなら手をつなごう 5
ちち、と私達の傍にいたルリが小さく鳴いた。
その声でようやく私は我に返った。目の前には真っ赤になってもじもじとしているエンジェ。
……なんかこれ、冷静に見ると結構恥ずかしい状態な気がする。
エンジェも照れながらどうしていいのか分からないみたいで視線を彷徨わせていた。
ごほん、とごまかすような咳払いをして、一言。
「……続き、読もうかな」
「そ、それがいいですわ!そう!名案ですわっ」
この気まずい空気を誤魔化す為の私の言葉に、同じ気まずさを感じていたエンジェは勢いよく頷いた。
私はハンドブックの次のページを捲った。
ページにはタイトルに大きく『魔法とは』と書かれていた。
このワードアート書かれたみたいな各章のタイトルどうにかならないのかな。本文は普通なんだけど。
そんなことを思いながらもページに書かれていた文字を見て、私は頷いた。
「やっぱりあるよねぇ、魔法」
これで無いって言われた方がおかしい。
「ええ、最初に会ったときに使ったのも魔法です。あれは“繋ぐ”魔法。異世界の言葉とここの言葉を“繋いだ”感じですわね」
「よくわかんないけど、なるほど?」
とりあえずそのおかげでエンジェと言葉が通じ助かった、ということは深く理解している。
私は冊子に書かれた文字を読み進めていく。
『この世界には五大魔法と呼ばれる赤の魔法、青の魔法、緑の魔法、黄の魔法、黒の魔法。そしてそこから応用、発展していった複数の魔法……様々な種類の魔法が存在しています。』
なんとなく、分かった。ファンタジーなゲームやアニメでも光魔法とか炎魔法とか種類はいっぱいあるわけだし。つまりそういう分け方なんだろう。
私はそう納得して文章を読み進めていく。
『この世界の魔法に欠かせない存在、それは「石」です。
この世界の人々は「石」に宿る精霊に自分の力を吹き込むことで魔法を使います。
ですが、自身の魔力の性質と「石」の魔力の性質により、魔力を吹き込んでも魔法は使えなかったり、望んだ効果を得られない場合もあります。
全ては相性です。
ですので魔法を使う場合は自分の性質、石の性質をきちんと見極めて使う必要があります。
また、異世界から来た人の場合、基礎魔法程度であれば習得可能ですが高難度の魔法の習得は難しいとされています。
これは、異世界から来た者の場合“誕生石”を持たないことが原因だとされています。』
「石?」
一気に読み終えたけど、頭に入ったような入ってないような……。
石と言われてもイマイチしっくりこない。
「ええ、いつどんな魔法を使うかわかりませんから基本的に皆、こういった身近なものに加工してますわね」
解説を求めてエンジェのほうを見ると、ブローチとカチューシャに着いた石の飾りを順番に指し示した。
両方とも、薄い水色できらきら輝いている。確かに石だ。
そういえば、私が倒れていた森でもきらきらと光る石が落ちていた気がする。
そんな石を拾えば簡単に魔法を使えるってことか。
そう言うとエンジェは一度頷いてから詳しく説明をしてくれた。
「確かに使えます。でもこういった彼方此方に落ちていてすぐ手に入る石は石そのものが持っている魔力――石の魔力のことを特別に“純度”と呼びますわ――この純度が低いものが多くてあまり強力な魔法は使えないんです。魔法とは自分の魔力と石の純度を掛け合わして使うものですから、自分の魔力が低くても、石の純度が低くても、大した魔法は使えませんわ。石の純度は感覚的なものですから指標はないんですけど、例えば一番良い純度を100としますと通常落ちているものは10も無い程度、運が良ければ20程度のものがごくたまに見つかる……ということですわ」
「自分の魔力×石の純度ってことかぁ。自分の魔力が100あって石の純度が1だったら1×100で100の魔法、自分の魔力が0なら石の純度が1でも100でも0でかけるから100って感じ?」
「ええ、その通りです。ですから器用な方や才能ある方はそういった1の純度の石でも魔法を使えますわね」
自分の魔力が100なら純度が1でも100の魔法、って感じか。なるほど。
もう一回文章を読み直して、私は首を傾げた。
ちょっとよく分からない部分があったのだ。
『これは、異世界から来た者の場合“誕生石”を持たないことが原因だとされています。』
「誕生石?」
詳しくはないが知っている単語だ。
自分の生まれた月に合わせて定められた宝石のことだ。少なくとも、私の居た世界では。
でもここでも同じ意味、じゃ無いだろうなぁ。
エンジェはこれも説明してくれた。やさしい。
「私たちは生まれた瞬間、その手に自分だけの色、自分だけの純度の石を持って生まれます。手がないまま生まれたら足元や、口の中に入っていた、という例もありますが……ともかく、私達と共に生まれてくる石、
これが“誕生石”というものですわ」
「体から生まれる石――つまり尿路結石?」
「それが何かはわかりませんが多分違いますわよ」
ピンと来て言ってみたけど違ったみたいだ。
「私は事情があってお見せするわけにはいかないのですが、皆様基本的には耳や指に着ける装飾品に加工して持つ方も多いですね。基本的に赤ん坊の手のひらに収まる程度ですからそう大きく無いもので――ほら、貴方のピアスくらいの大きさですね。2つ合わせたらそれくらいじゃないでしょうか」
そう言われて私は思わず赤い石のついたピアスを触った。
ちなみにこれは純度も何もなく、私が入った中学が自由な校風だった為開けなきゃ損だと思って開けたピアスホールに、家にあった兄のアクセサリー入れから無断でパクったピアスだ。
特に何か言われた記憶が無いので私の中では黙認ということになっている。
ありがとう、お兄ちゃん。
まぁ、というわけで魔力も欠片も無いもの、だとは思う。エンジェも「純度は全く感じない」って言ってたからそうなんだろう。
「誕生石は他の普通に落ちてる石とかとは何か違うの?」
「役割はそう変わりはないですわ。他の石と同じように自分の魔力を石に吹き込んで魔法を使う……ただ強いて言えば2つ異なる点がありますわ。1つ目は純度」
そう言ってエンジェは私の目の前に2本の指を掲げてから、1本を戻した。
「純度は基本、変化しません。ですがこの誕生石というものは違います」
ということは。
「変化するの?」
「ええ。私たちの魔力が年や修行を重ねた結果、変化するのと同じタイミングで純度は変化します。先ほどと同じように数字で例えて説明しますと……魔力10の人が修業で魔力20になると誕生石の純度も20になる」
「自分と同じように変化するんだ」
「その通りですわ。魔力も純度も数値化出来ませんから、ただの例えですが……このように自分の魔力と同じだけ成長することから、一説には自分の分身だという話もありますわ。ただ、あまり誕生石の研究は進んでいなくて分からないことばかりですわね。でも自分と同じくして生まれて自分と同じように成長するものですから、皆ぞんざいに扱うことはありませんわね」
そこまで説明してくれてエンジェはふう、と息を吐く。そしてその後すり寄ってきていたルリを優しく撫でた。
エンジェは紅茶を一口飲んだ後、説明を続けてくれた。
すまんね、苦労かける。
「異なる点のもう1つは、自分だけの魔法が使えるということでしょうか」
「自分だけの魔法……?」
なんかいいなそれ。
「自分の魔力に合わせた最適の魔法、生まれたときから自分だけが使える魔法……ですから人によって効果は異なりますわね。ただ基本的に最初から完成された魔法になることは少なくて、学院に行って魔力を研磨し修業を積むことでようやく人に話せるような魔法になりますので、私のようなまだ学院に通えていない者たちはあまり公にすることはありませんね」
そう言ってエンジェは何故だか困ったように笑った。
でもそうだよね。
自分だけの魔法がショボかったらやだし、成長してから自慢したいかもしれないなぁ。
次のページは簡単な学校についての説明、それから地理の説明だった。
私は面倒になって、クソダサガイドブックを放り投げ、机に突っ伏した。
「つ、疲れた。いったん休憩……っていうか学校は明日行くし、ぱらっと見るだけでいいかな……」
説明書読むタイプじゃないし読書もそんなにしないから文字を一気に摂取するとしぬ。
頭に情報が詰まりすぎてしぬ。
「そうですわね、貴方は訳が分からないままにここに来たんですから急に情報を詰め込まれては混乱するのも無理はないです。ほらクッキーをお食べになって」
そう言ってエンジェはぐいぐいクルミの入ったクッキーを私の口に詰め込んでくる。餌やりか?
美味しいけど口の中がもっさもっさする。飲み物くれ。
「うん、疲れた……」
紅茶を飲んで一息ついた後も頭がパンクしそうにで、私は普段通り、耳元のピアスをきゅっと触った。
ひんやりと頭が冷えていく感覚があって、落ち着く。
「それ、癖ですの?」
私の行動を見ていたエンジェが聞いてくる。
「ああ、これ?そうかも。触ってると安心して冷静になれるからついやっちゃうんだよね、ピアスが冷たいからかな。これ私の誕生石とかだったら魔法使えて面白いのにね」
そう言った私には応えずに、エンジェは少しだけピアスをじっと見つめて考え込んだ。
と、その後すぐに。
「……冷たいと安心しますか?私の手、結構冷たいですわよ」
と言ってエンジェはそっと私の手を握った。おっロマンスフラグかな?
だけど違ったみたいで。
エンジェはじっ、と真剣な目で私を見つめた。
アイ、と私の名前を呼んだ声は静かで、そして少し震えていた。
「ごめんなさい。私、貴方を利用しますわ」
エンジェは、はっきりとそう言った。
エンジェは訥々と語った。
「今日、空の様子を見てたら“空間の歪み”を見つけましたわ。それが異世界から人が訪れる時の前兆だって知ってたから、だから私、“繋げる”魔法を使いましたわ……歪みがハイドライド家の領地に落ちるように、貴方が私の領地に来るように。領地に来た者は領主、あるいはその権限を持つものの管理下に置かれる。それはお父様から言われて知っていました……だから“使える”と思いましたわ」
私は最初に居た白い空間を思い出した。
あれがきっと“空間の歪み”ってやつなんだろう。で、それを通った人が異世界に辿り着く。
確かにあそこにいる時に聞こえた女の子の声は、エンジェのものだった。
「どうして……?」
エンジェは逡巡していた。
でも、すぐに少しだけ息を吸ってから私をまっすぐ見た。
エンジェは申し訳なさと不安でいっぱいで、それなのに目の前にいる私に希望をすべて託したような、強張った表情をしていた。
私もそれにつられて、きゅっ、と体が緊張するのが分かった。
「異世界から来た人なら、アイなら、私にかかっている“魔法”を解ける、そう思ったから」
私は、深い深い息を吐いた。
びくりとエンジェが肩を揺らし、触れていた手を離そうとした。
でも、私はぎゅっと握り返した。
「び、びびった……黒幕かなんかかと思った……臓器売買とかされるのかと……」
「しませんわよ!?」
「異世界人の臓器は高く売れましてよ~オッホッホッみたいな……」
「しませんわよっ!!」
もうっ失礼ですわ、ってエンジェはぷりぷり怒ってるけど、仕方なくない?
利用とか言われたらなんかヤバいことされるのかな、とかなるじゃん?
「で、なんで利用なの?よくわからないけどエンジェ何か魔法かけられてるの?誰に?」
「……わからないんです。全てわからない。でも、何かおかしな魔法をかけられていて、このままではいけないということだけが分かっている」
「それの魔法、私が解けるの?私とくにそういう才能無いと思うけど……」
異世界に来て突然そういうスキル身に着けた覚えとかもないし。
「まだ、わかりません。この魔法がどういう属性のものなのか、誰がかけたのか、目的も解き方も、分かっていません。ただ、私にかけられたこの魔法はおそらくこの世界のすべての人々に作用している、と思っています。だから、この世界の人間であれば何か魔法を解くきっかけを見つけられるのではないかと……」
なるほど、事情はなんとなく理解した。私が必要だって意味も。でも――
「それって利用かな?」
そう言うと、え、とエンジェは不思議そうな声を上げた。
「だ、だって、私貴方がこちらに来るように細工をしましたわよ…自分がここの領主の娘であることも利用して……」
「でも私エンジェがああやって手を握って魔法を使ってくれたから安心してここにいるし、私エンジェ好きだし、クッキーも紅茶も美味しいし、私を見つけたのエンジェでよかったなって思ったよ。私の為にもなってるならそれって一方的な利用じゃなくない?」
そう言うと予想していなかったのかエンジェは目に見えて狼狽えていた。
「で、でも……結局魔法を解くために私は貴方を利用して……」
「私だってさ、助けてもらったお礼もしたいし仲良くなった子が困ってたら助けたいよ。だからさ、利用じゃなくない?選ぶ言葉が違う気がするんだよね。協力とかじゃない?意味が近いの」
「えっええと……」
「言い直して?」
エンジェはおろおろしていたけど私は引くつもりなかった。
たとえ強引で、道理も何もない屁理屈でも。エンジェが私を“利用”してるって思ったままになるのが嫌だった。
――だって、友達だって思ったんだもん。
何故か今まで友達出来なくて、もう友達なんていいやって思ってたけど。私はエンジェに最初に手を握られた時、友達になれる、なりたいって思ったから。
友達って対等な筈でしょ。それなのに“利用”なんて言葉使うの嫌だった。
私を“利用”したらエンジェずっと負い目抱えそうな、思いつめた顔してるし。
きっとエンジェにかけられた魔法は面倒なもので、私を厄介ごとに巻き込んじゃうのを申し訳ない、って思ってるんだろうな。少しの時間だけ関わっただけだけど、エンジェが優しくって責任感ある人だって凄くよく分かるし。
でもさ、友達に頼られるなら、友達と一緒なら。
どんな厄介ごとだって一緒に行くよ。
「う、じゃ、じゃあ、アイ。ごめんなさい、協力してくださる……?」
おろおろと視線を彷徨わせながら、つっかえつつもエンジェは言った。
「え、やだ」
「嘘ですわよね!?言わせておいて!?」
「だって謝ることじゃないでしょ」
ごめんなさい、も同じ理由で嫌だった。まぁここで嫌って言ったら面白い反応するだろうな~っていう好奇心があったことは否定できないけど。
エンジェは真っ赤になりながらたどたどしく言葉を紡いだ。緊張してるのか恥ずかしいのかちょっと涙目だ。大丈夫?
「アイ、あのね、その……私に協力して……?」
そう、それ。私は笑ってもちろん、って頷いた。
「で、結局具体的にはどんな魔法にかかってるの?」
「そうですわね……言葉で説明するより見てもらった方が早いかもしれません。まだ休暇中ではありますが“あの方々”は来年度からの準備でいらっしゃってるでしょうし明日、多分お見せ出来ますわ……見せたくはありませんが……」
げんなり、という言葉が似合うような表情でエンジェは言った。
ルリはそんなエンジェを慰めるように小さく鳴いた後肩にとまった。