わからないなら手をつなごう 4
アルカディアは現在春期休暇中だとエンジェが教えてくれた。
あと1週間ほどで入学式が始まる、らしい。
――どうやら日の数え方も私たちの世界と同じみたいだ。楽で助かる。
「コクヨウという方は確か黒の魔法の先生をされている方だったと思いますわ。先生はお休みの時でも出勤される方が居ますが、常に全員揃っているわけではないと思いますので……」
そう言ってエンジェがアルカディアにペリカンを飛ばし確認すると、その“コクヨウ”という担当者は今日は不在だそうだ。
明日は出てくるので、午後から対応しよう、との書面が添えられペリカンは戻ってきた。
というわけで。
とりあえず、知識を付けたほうがいいだろうと思って例のクソダサ冊子『異世界はんどぶっく~初めての魔法界のススメ~』を読むことにした。
分からなければ解説する、とエンジェが言ってくれたので二人で肩を並べて読み進めていく。
最初のページは読んだので、次は、『2、この世界とは』のページだ。
『2、この世界とは
この国の名はラピス。
おそらくこれを読まれた異世界からの方々がすでに察しているように魔法の存在する、ファンタジーの国です。国、ではありますが日本やアメリカみたいに他国はなく、この世界の国はラピスのみです。異世界でいう地球がラピスと認識してください。
ラピスには各地に領主や村長が存在しており、その領土は異世界で言う国に等しい認識です。
ラピスは中央部、アルカディアに近付けば近づくほど、力ある領主たちの領域になっています。』
うーん、よくわからん。
冷静になってないからだと思って、落ち着くため耳たぶのピアスに触る。
ひんやりとした心地で頭まで冷めた気になったけど、読み直してもよくわからない。
いまいちイメージが沸かない。
ヘルプ、と思ってエンジェに尋ねると羊皮紙を取り出してペンで図を書いてくれた。
羽ペン初めて見た。あとで貸してもらおう。
「こういう図です、まず、ラピスがこの羊皮紙ですわ」
私は頷いた。
それを確認してエンジェは真ん中にぐるりと丸を書いた。
「この丸がアルカディアです。全ての中心、あらゆる叡智が集結する機関、これを囲むようにして5つの領土があります。本当は大きさとか違いがあるんですが……この5つが特に力の強い領域でして、ここの領主一族たちを指して5大領家だったり、5大貴族だとか呼ぶ方も居ますわね」
そう言いながらアルカディアの周りに5つの円を書いた。まるで花びらが5枚付いているようだった。
「それ以外の空間に大小様々な領域があったり、どの領域にも属さない森や採掘場、未調査の土地ですとかもありますわね」
そう言いながらエンジェはぐるぐると羊皮紙のあちこちに丸や三角を書いていく。
「じゃあ、私が倒れてた森とかここは?」
「森もここも、とある領土ですわ。場所は――この辺ですわね」
エンジェはアルカディアを囲む5つの円のうち一つの円のすぐそばに小さめの丸を書いた。
なるほど、と頷き続きを読み進めていく。
『異世界から来た人々は基本的に発見された土地の領主に保護され、仕事をあてがわれ、あるいは状況や年齢によっては学院に籍を置くことも許されます。
ただし、その領主、あるいは同等の権限のあるものが是、とすればという条件が付きます。
もし、領主に非と判断されても納得がいかない場合は、魔法学院アルカディアにご相談ください。』
これで、『2、この世界とは』のページは終わった。
「大変だ、断られたらどうしよう」
読み終えた瞬間、私は慌ててエンジェの方を向き直った。
これってこの領主がお前が居ることを認めない!って言ったらそこに居られないってことだよね?
私第一印象あんまり良くないタイプなんだけど大丈夫かな。
初見で嫌われてアウトとかなったらヤバいな。
「大丈夫ですわ。基本的に、領主が拒否することはありません」
「そうなの?」
エンジェは頷いた。
「領主や村長でいるには誓約がありますのよ。簡単に言うと、領地を訪れた者を自分の好みで拒否してはならない、のような規則がありますので、よっぽどの事情が無い限り受け入れられますわ。それに受け入れたら国から補助金出るそうですし」
補助金。急に現実的じゃん。
でもそれならよかった。ただ一方的にお世話になって私だけメリットあるってなんかヤだし。
補助金だろうが何だろうが、その領主さんにもメリットがあるってわかればお世話になりやすい。
「じゃあ明日学院行った後に此処の領主さんに会えば問題なしって感じ?悪いんだけど、案内してほしいんだけど……」
っていうか私仕事するのかな。
そもそもが義務教育やっと終わったところで資格も何もないし、これといった特技無いし……。
全然知らない世界で私が出来る仕事ってあるのかな。でもするしかないよなぁ……。
これからのことをちょっと憂鬱になってくる。
そういえば家とかも多分領主さんがお世話してくれるんだろうな。そうなるとエンジェとは居られないのか。私が働きだしても遊んだりしてくれるのかな。
友達居たことないし、誘い方とかよくわからないんだよな。
なんて先のことも考えてみる。不安が増した。
そんな私の心なんて知らないでエンジェは軽く返してくる。
「その必要はありませんわよ。領主の子供は10を越えると別の領地や異邦から人が来た時の承認権が発生しますから」
にこりと笑って言った。あらかわいい笑顔、じゃない。
「……つまり?」
「ハイドライド領、領主の娘、エンジェハイドライドですわ。私の権限を以て、アイをハイドライド領に迎え入れますわ」
いたずらが成功した、みたいに楽しそうに満足気に笑った。
というかいたずらだったな、さては。わざと黙ってたなこの子。
エンジェが手元に寄り添っていた小鳥のルリを撫でると、ちちち、と鳴いた。
心なしか楽しそうに見える。さてはこの鳥、知ってたな。
まぁ、知ってても私に教えるすべは無かっただろうけど。
というか領主。の娘。
つまり。
「……めっちゃお嬢様じゃん」
「そうですわよ、めっちゃお嬢さまですわよ」
お嬢様喋り方がフランクですわよ。わたくしの口調うつってましてよ。
私は大きく息を吐いた。
疲れたとかじゃなくて、安心の気持ちを込めた、思いっきり大きなため息だ。
「そ、それでですね?」
エンジェはひとしきり笑うと、背筋を正して何か言いにくそうにもじもじし始めた。
私はエンジェの言葉を待った。
「だから、その……お父様には既に連絡済みですし、もう確定してしまったんですが、あ、嫌ならいいんですのよ!?」
「うん、聞いてから判断する」
お嬢様はよ。
「だから、ここにね、あっ、私しか居ませんしそれが嫌だったら……」
私は何となくその言葉で先を察した。
でも、助け舟は出さず、全部言ってもらうのを待つ。
エンジェはしばらく「だから」とか「あの」って言葉を繰り返していた。
息を吸い込んで、咳ばらいをして、息を吐いて、言い淀んで。
それを何回か繰り返して、やっと。
「だから、だからね…?」
やっと。
「アイはずっと此処に居ても、いいんですわよ……?」
真っ赤になりながら上目遣いで、今にも口から心臓なりなんなり出します、という切羽詰まった感じでエンジェは言った。
ひとり(と小鳥)だけで居る、友達のいなさそうな人間の全力を感じる言葉だ。
恥ずかしいのと、大丈夫かな、拒否されないかなっていう不安、すごくわかる。
私も友達が居ないので、エンジェと同じ立場だったらああいう感じだったかもしれない。
いや結構淡泊なので早めに吐き捨てるように言って逃げてた可能性がある。
いやぁ言われる立場で助かった。
それで。
言われる立場はどうなのかというと。
この立場の私も友達なんていないわけで。
同年代の子のコミュニケーションもないわけではないけど、まっすぐに気持ちをぶつけられたり、なんていうのは無いわけで。
『ずっと一緒に居よ♡』的な発言もされたことは無いわけで。
こんな時どう返せばいいのか分からないわけで。
「……フツツカモノデスガ、ヨロシクデス」
真っ赤な顔で、そんな混乱極まった返事をしたのだった。
冷静になろうと耳元のピアスに触ってみたけど、耳まで熱くて駄目だった。