邂逅、特攻、妥協より棚ぼた 13
「ーーと、まぁそんな風に思うんだけど、本当に運が良かったねぇ」
のんびりとコクヨウ先生が言った。
いや、何が?話だけ聞くとめちゃくちゃ詰んでるんですけど……。
エンジェも顔を顰めている。
「君たちがその表情で訴えかけている通り、面倒な状況ではあるよね。しかもそれがこの国中、ときている。君たちだって薄々気付いているだろう?」
ああ、やっぱり。
エンジェが言っていた通りだ。
この国、この世界ーーラピス中の人々がエンジェと同じ魔法にかけられている。
無理矢理、“自分”じゃない“誰か”にさせられている。
どう考えたってやばい状況だ。
そうだというのにコクヨウ先生には全然焦りなんて見えない。
彼はゆっくりと穏やかな微笑を浮かべながら
「でもね、アイ。君がいる」
そう言って、私を指差した。
……いや、分からん。そんな唯一の希望、パンドラの箱の一番最後、みたいなテンションで言われても私何も出来ないよ。
「え、そんな急に……私何も事態を飲み込めて無いんですけど……」
狼狽て口答えしてみた。エンジェにも何か言ってもらおうと隣を見たけど、
「やっぱり、アイには特別な何かがあるんですのね?さっきも手を握っただけで私を正気に――」
とエンジェは前のめりでコクヨウ先生に伝えていた。
あ、そっか。そういえばそんなこと言ってたな、エンジェ……。
でもイマイチ私に何が出来るのか、何をすればいいのかなんて分からないし、この世界中の問題を解決できるような力を持ってる実感なんてさっぱり無い。
でも私を置いてエンジェとコクヨウ先生の会話は弾んでいく。
「ああ、その通り、というより君もそれを期待して、自分の領地に彼女を呼び寄せたんだろう?」
「確かにそうですが、私が期待していたのは異界から来た人間であればこの魔法がかかっていない、ということと、後は“アレ”に準えて、いっそ、と」
アレ?あれって何?
「ああ、アレね。こっちから来るのを待つよりも迎えに行った方が回避できる、そう考えたんだね」
コクヨウの発言に、エンジェは小さく頷いた。いや、アレで会話するの止めてくんない?
アレって何?と私が聞く前にコクヨウ先生は私達二人に目線を配りながらまた講義を始めた。
「確かに、学院にも入学していない、この情報を知れる位置に居ない子だと知らないかもしれないね。異界から来た人間のことを少し説明しようか――あと、アレは後でちゃんと説明しておくから、いい子で話を聞いててね、アイ」
あ、お気づきでしたか。ハイ、待ってます。大人しく講義を拝聴いたします。
「この世界の人間と、異界から来た人間の大きな違い、それは何だと思う?――ハイ、エンジェ」
「魔力があるか無いか、ですわ。異界から来た方の中でも一部の特異な方は使えるそうですが、眉唾物だと聞いておりますが……」
突然質問を振られ、困惑しながらもエンジェは淀みなく答えた。
そういえば私、コクヨウ先生(のような存在)に全然魔力無いみたいに言われたっけ。
私自身も使える気しないし、私はその例外じゃないんだろう。使えるもんなら使ってみたいけど。
「うん、テストだったら正解だよ。でもね、本当は少し違う。どんな人間にも魔力は存在する――異界から来ていても、だ。もちろんアイにだって」
コクヨウ先生は優しげな視線で私を見た。
「え、そうなの?でもコクヨウ先生が私に全く魔力ゼロってーー」
コクヨウ先生っていうかコクヨウ先生じゃないコクヨウ先生だったけど。
確かにーー って言われたのを覚えている。
言い方ムカついたからね、記憶にバッチリ残ってるんだよね。
「ああ、あの時ね。忘れていいよ」
「えっアッサリ」
「ものすごく軽く言いましたわね」
そんなのアリ?
納得行かないのでコクヨウ先生をじとーっと睨みつけてみる。
「……ボクであってボクで無いけどね、アレ。間違いでは無いんだあの時の言葉も。とりあえず、その説明をしようかーーさっきも言った通り異界から来た人間であっても魔力は存在する。ただ、異界からの人間は魔力をうまく外に出すことが出来ないんだ」
「魔力を外に、ですか……?」
「ああ、エンジェには不思議なことだろうね。だってボクらの国、ラピスの人間は自然に出来ている事だから出来ないという考えすら持てないだろう。ボクらにとって魔法を使う為に魔力を石に込めるのは、呼吸と同じような物だろう?」
「ええ、私自身物心ついた時から出来ていましたし、どんなに魔力が少ない人間でも、魔法が得意ではない人間でも、魔力を石に込めれないという事は聞いたことがありません」
エンジェが目を丸くして早口で言い募った。
そんな顔してしまうくらい、考えもしなかった事なんだろうな、という驚いた表情だった。
コクヨウ先生はうん、うん、と相槌を打つ。
「僕らは当たり前に出来ることでもね、小さい頃からやっていないと出来ないんだよーーそうだな、例えば自分の世界の言葉は覚えた記憶があるかい?自分たちが普段使っている言葉さ」
私は首を振った。
気付いたら日本語は喋れるようになっていたし、何か努力して覚えたってこともない。エンジェもそうみたいで私は同じような仕草をしていた。
「ラピスは魔法と――いや、魔法石と共に生きる国だ。出産は医療魔法を使うし、子育てだって魔法を使う。例えば存在する幼児用玩具のほとんどは塗料などに魔法石の粉が含まれていてそこに子供が魔力を込めて使って遊ぶーー魔力を込めたら音が鳴ったり光ったりとかの仕組みがあるものだねーーこんなふうにこの国は魔力を込めることを前提とした社会が築かれている。そこで僕らは知らず知らずにうちに、幼いころから魔法石に魔力を込める練習をしている。それが積み重なって、気付けば魔力を魔法石に込めるという作業は呼吸と殆ど変わらない動作となってボクたちに染みついている。ボクらにとってこの魔力を石に込めるという行為は自分の国の言葉を話す、ということと同じなんだ。ずっと近くにあったから染みついている、それだけのことさ」
そう言ってコクヨウ先生はハーブティーを口にした。時間がかなり経っていたせいか冷え切っていたハーブティーに、先生は顔を顰めた。
と、思うとコクヨウ先生は何かぼそりと呟いた。
すると先生のつけていた指輪が淡い赤色とオレンジ色の間のような淡い光を放つ。
突然の光に私が瞬きしていた間にその光は消え、代わりにコクヨウ先生の手にしていたハーブティーは湯気を立てていた。
何も構えない、ティーカップに口をつけるのと同じくらい何気なくて自然な動作。
この世界では魔法を使うことはこれくらい当たり前のことなんだ。
「さて、魔法、ひいては石に魔力を込める行為を言語に例えたけれど……覚えたことのない言語ーー例えば竜語や精霊語、僻地の独自発展した言語ーーそれは今後僕らには一生使えないと思うかな?」
エンジェも私も首を振った。
竜語だのは分からないけれど、私の世界だと英語とかフランス語とか、とにかく日本語以外が当てはまるんだろう。
それだって母国語以外を後から勉強して喋れる人はたくさん居る。
だから頑張って勉強したら使えるようになる、よね。
ということはーー
「もしかして、頑張ったら魔法が使えるようになる?」
使えるなら使ってみたいなぁ。めちゃくちゃ死ぬくらい頑張るのは嫌だけどそこそこ頑張る、くらいならやりたいなぁ。
まぁちょっと夢だよね、魔法。
「その通り。魔力を外に出す“反復練習”というのををすればボクらと同じように魔法を使えるさ。ちなみに異界から来た人間にこれを説明し当人が希望したら反復練習や通常の学院に通っていない小さな子すら使えるような基礎魔法を教えるのがボクの役目だったりするよーーと、ここまでが普通の異界から来た人の話」
まぁ異界から来ている時点で普通かは微妙だけどね、とコクヨウ先生は小さく呟いた。
そして私を真っ直ぐ見つめて告げた。
「君は特殊だからね、このやり方じゃ駄目なんだよねぇ」
え、そうなの?ここまで説明しておいて?




