邂逅、特攻、妥協より棚ぼた 9
よくやく落ち着いたエンジェは、ふう、と一息を吐いた。
「アイ、ありがとう。ご迷惑をおかけしましたわ」
「よかった、戻ったんだね?」
「ええ、それで、ちょっと、あの……」
「ん?」
エンジェは恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、でももう我慢ならないという風に言った。
「騒いでもいいかしら?」
「へ?」
私が何か言う前にエンジェは勢いよく自分の顔を覆い、叫んだ。
「恥ずかしいですわ~!!!」
「エンジェ、さん……?」
「ああ~無理ですわ無理。記憶が蘇ってくる。意識がないままであればよかったのに。死んでしまいますわ。あんな無礼な、もう恥ずかしい、あんなに強引に、あんな、あんなの私じゃない、あんな、はしたなくってもうああ~っ!」
エンジェは叫んだ。
言葉通りに騒いだ。
どうやらさっきまでのあの状態はエンジェにとってめちゃくちゃ恥ずかしい状態らしい。
何か恥ずかしいこと、例えば先生を『お母さん』って呼んだとか大勢の前で渾身のギャグが滑ったとか、そんなことがあったら私も大声出して床の上ゴロゴロ転げまわってまた大声出してって暴れてしまうだろうから、今のエンジェの状態はつまりはそういうことなんだろう。
そう思うと騒ぎまくる様子は何処か物悲しいものを感じる。
……好きなようにさせてあげよう。
いっぱい騒ぎな、エンジェ。
そして、エンジェはひとしきり騒いで叫んでちょっと泣いてまた騒いで。
「……ふう、落ち着きましたわ」
急に落ち着ついた。
「とりあえず先ほどのことを説明しますわね」
「あ、うん。よろしく」
さっきまでが嘘のように冷静だ。
確かに説明が欲しい。
エンジェがおかしかったのは分かるけど、なんであんな状態になったのかよく分からない。
「アイ、食堂での私の様子見ましたわね?」
エンジェは私に尋ねる。
それはもうたっぷり嫌なくらい見ました。
「どう思いました?」
その問いに私はあの光景を思い出す。
きんきんに甲高い声のエンジェ、他の人に嗤われるエンジェ。
引っ張ったときのきいきい騒ぐエンジェ。
言いたくないけど、なんか……なんか……
「小物の悪役的な……」
「そう。私、小物なんですわ」
ふ、っと自嘲気に笑うエンジェ。
その目は遠くを見ていた。
「どういうわけか、私はああいった高飛車な態度を取ることがよくあるのです。その時はこの態度になんの違和感も抱かないのですが、後になって思い返せばなんでこんなことをしたのか分からない、そんなことが。そしてそれは大抵アルヴィン様や彼に関わる方々がいらっしゃるのですわ」
だから“あの方”達、つまりはアルヴィン率いる生徒会と遭遇する、ってなった時にあんなにげんなりしていたのか。
見せなきゃ私は具体的に理解できなかっただろうから見る必要はあったけど、エンジェとしてはわざわざ自分からおかしくなりに行きたくはないよね。
後からさっきみたいに恥ずかしさにのたうち回らなきゃいけないし。
あれ、でもアルヴィンに会うとこうなるってことは。
「ってことはアルヴィンが犯人なんじゃないの、その魔法」
アイツ倒して解決じゃない?
そう思ったんだけどエンジェは首を振った。
「その可能性は低いですわ。かける理由が見当たりませんから。あの方は個人で見ても領として見ても私より遥か上。私に何かしたいなら直接圧力かけて命令する方が簡単ですわ。それよりも、むしろ……」
「むしろ?」
エンジェは言いにくそうにしていた。
「まだ“もしかしたら”の段階でハッキリとは言えないのですが、アルヴィン様、いえ周囲の人間すべてに魔法がかけられているのではないかと……」
「えっ?すべて?どういうこと?」
「そう、全て。そもそもの話、私が“自分が魔法にかけられている”“おかしい”と気付いたのはごく最近の話です。さっきの聖水ありますよね、あのクソ不味いやつですわ」
「ああ、あのヤバいやつ」
「あれには魔法の効果を薄めさせる植物、“ソーダフラワー”を乾燥させた粉を大量に入れています」
ソーダフラワー。名前だけ聞くとなんかシュワッとしてて美味しそう。
聖水はエグい味だったけど。
「なるほど。だからアレを飲んで正気に戻ったからそれまでのエンジェの状態は“魔法”だったってわけだ」
私の言葉にエンジェは頷いた。
「私はある時偶然に、このソーダフラワー作ったハーブティーを飲みました。そこで気付いたのですわ。自分が絶対に行うはずがないような行動を、するはずがないような態度を、している時があることに。そしてそれを周囲の人間がそのことを全く指摘しないことに。それに……」
エンジェはそこで区切った後、自信がなさそうに言った。
「それに、私はもっと幼い頃、許嫁になるずっと前、アルヴィン様とお会いした記憶があるのですが。もっと違う性格だった、ように思うのです。他の周囲の方々の中にも記憶と、性格や行動が一致しない人が居るようなのです……」
「皆違う人になってるってこと?性格が変わったってこと?」
なんだか大ごとになってきた。
エンジェは私の言葉に、手を口元にあてて考え込んだ。
「変わった、というのとはちょっと違う気がしますわ。私は今の性格が地で、さっきまでのが魔法にかけられた性格でしょう?地の性格は消えていませんし聖水を飲んだら戻りますわ」
「切り替え可能、って感じなのかなぁ。でも自分で戻りたいときには戻れないんだもんね……」
二重人格?って思ったけど、ちょっと違う気もする……。
エンジェと2人、ちょっと悩んでいたらエンジェは突然はっと気付いて言った。
「まるで、無理やり何かの役を演じさせられている、ような……」




