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9 積極的な先輩

「佐藤先輩、飲み物は何にする?」

「バーテンダー茨城くんにお任せするよ」


 土曜日昼過ぎ。


 俺は佐藤先輩と一緒に先生のアパートで勉強会を開いていた。

 土日の日中は出かけていることが多い先生の代わりにメグちゃんの面倒を見ておかないといけないので、前みたいに通うことができなくなると先輩に事情を話したら、ありがたいことに家庭教師をしてあげると向こうから申し出てくれたのだ。


 そして幸いなことに辻岡や伊集院と違って、俺が先生のお厄介になっていることに対して不満を抱いている様子はなかった。

 やっぱり持つべきものは彼女のような先輩だな。

 まともな人間ってほんと貴重。




 さてと……お任せか。

 ならば、あの時の仕返しをする他あるまい。


 りんごジュースとみかんジュース。

 ついでにカルピスウォーターと、この先生の手作りブドウジュースらしき無表記の瓶。

 冷蔵庫の中から手当たり次第に色とりどりの液体を取り出し、俺はそれらを均等にコップへ注ぎ込む。


 ……よし、できたぞ。

 禍々しいとも、健康に良さそうとも言える、絶妙な色合いの茨城スペシャルドリンク一丁上がりだ。



「先輩、どうぞ」

「ありがとね」


 キッチンから戻り、意地悪げな笑みを浮かべながら未知の配合ドリンクを手渡すと、怖いもの知らずな先輩はそれをすぐさまぐびぐびっと男前に飲み干す。

 

「んー! 色々混じりすぎてて元がなんなのかよくわかんないけど、酸味が効いてて美味しいね」


 酸味?

 ソーダとかレモンっぽいものを入れた覚えはないのだが……みかんジュースが濃いめだったのだろうか?


 まあ、先生の冷蔵庫だし、うっかり賞味期限切れのものでも置いてあったのかもしれない。

 腐ってるものって基本的に酸っぱいもんな。

 でも大自然に養われた俺の鋭い嗅覚は、ドリンクに反応していなかったので、とびっきりヤバいものは入っていないはずだ。

 少しぐらい腐っているものを食べても死なないのは過去に何度も実証済みだし、大丈夫だろう。


 ……腐ったものについて考えていたら急にお腹が痛くなってきた。

 思い出し腹痛のようだ。


「俺、ちょっとトイレに行ってくる」

「おっけ。じゃあ僕はメグちゃんを愛でながら待ってるね」


 先輩はメグちゃんを大変お気に召したらしく、さっきから隙あらば寝ている彼女のプニプニほっぺを摘んでいる。


「起こさないようにほどほどにな」


 俺は知っている。

 普段は行儀がよくて年齢の割にかなりしっかりしているやつだが、あいつを寝不足にしてしまうと、むちゃくちゃ不機嫌になって手の施しようがなくなり、とても面倒なことになってしまう。

 眠いから怒っているのに寝たくないと喚くあれは、どうすれば攻略できるのか未だに謎だ。




 さっさと用を足し、リビングに戻ってくると佐藤先輩は何故かメグちゃんをほったらかしにしてゴミ箱を漁っていた。


 何? テント暮らししてた頃の俺のものまね?

 嫌がらせか?


「先輩、何してるんだ?」

「あれないかな〜って探してるだけだよ〜」

「あれって……何?」

「あれって言ったらあれしかないでしょ。ガッチリガードしちゃう奴」

「ガッチリガード?」


 自販機の小銭投入口のことか?


 ホームレス暮らしの日が浅い愚かな俺が、漫画で読んだ方法を実践してみようと小銭に紐をくくって入れてみたのだが、見事に詰まってしまったことがある。

 その後人が来たので、慌てて逃げたら百円損して終わったという馬鹿げた話だ。


 後から知ったことだが、現代の自販機の小銭投入口は全部ねずみ返し状になっていてガッチリガードされているそうだ。


「そうそう、コンドームとかないか探してたんだけど……もしかしてピル派?」


 ……は?


「ま〜さか……生なの?」


 き、聞き間違いだよな?


「佐藤先輩、落ち着いてくれ。先輩はそんなキャラじゃないだろ? それに幼い子供がそこで寝てるし、そういう冗談を言うのは――」

「あ〜、そっか! 茨城くん、先生じゃなくてまさかのメグちゃん狙い?」


 なんかロリコン扱いされてる!?


 どうも先輩の様子がおかしい。

 顔が赤いし、滑舌もいつもより悪くなっている。


 もしかして、さっきのドリンクに適当に混ぜたものの中には……。


「ねぇ、幼女専なの? だ〜から僕と何もしないの?」

「そんなわけないだろ……。俺は正常だ」

「嘘だ〜。なら、証明してよ! ほら」


 先輩は両手で自分のシャツの裾を掴んでひらりと捲り上げ、すらっとした艶やかなウエストと、先生ほどではないが程よくふっくらとした胸を支える水玉模様のブラジャーが白日のもとに晒される。

 日に焼けていない服の下の肌は雪のように白く、なんと言うか……とてもエロい。


「もっと見てよ……」


 おうよ、このままじっくりと眺めてやると本能が囁く。

 だが、俺の良心がそんな冒涜を許すはずもなく、気づいたら先輩のシャツを引き下ろしていた。


「先輩、やめてくれ!」

「嫌だー! 本当に正常ならめちゃくちゃにしてよ! どうせしたいと思ってるんでしょ?」


 先輩がまたシャツを脱ごうとし、俺もまた全力でシャツを引きおろす。

 シャツに描かれたカエルのイラストがぐにゃぐにゃの蛇みたいになっている。


 そういえば今思ったんだが、俺と先輩が組んず解れつしながらシャツを引っ張り合ってるの、これって第三者から見たら俺が先輩を脱がそうとしている変態に見えるんじゃ――




「お兄ちゃん、何してるの?」




 フラグ立てるんじゃなかった……。


 最悪のタイミングでメグちゃんが起きてしまった。

 俺と先輩がドタバタ暴れまわっていたのがうるさかったのだろう。


「な、何もしてないぞ! 心配するな!」


 メグちゃんの視界から先輩を隠せる位置に体を動かす。

 怪しまれる前に早いとここの暴走モードの先輩をどうにかしないと。


「佐藤先輩、落ち着いて。メグちゃんがいるんだぞ」

「やだや〜だ! やだ〜!」

 

 もうどっちが子供なんだかわからないんだが……。



 ……待てよ?



 そうか、先輩が子供っぽくなっているのを逆手に取ればいいのだ!

 メグちゃんが泣き喚いてる時、先生はどうやって彼女を宥めるんだ?


 思い出せ、俺。

 そこにヒントがあるはずだ。

 

 確か昨日の夜……晩御飯のきゅうりの漬物を食べたくないとメグちゃんが抗議して、先生が食べないと育たないわよと反論して、俺がいらないならこっそり食べてやるよとメグちゃんに耳打ちして、助かりますとメグちゃんからきゅうりを渡してもらって、それが意外と目ざとい先生にバレて、そんなに私のきゅうりを食べたくないんですかと先生が泣き始めて、大人なメグちゃんがよしよしと先生を撫でながら胸の中で泣かせてあげたら、先生がぐっすりと寝込んで泣き止んだのだ!



 ……あれ?



 思っていたのとちょっと違うが……多分、応用できるだろ。

 俺はぎゅっと先輩を抱きしめた。


「よしよし、佐藤先輩。大丈夫だぞ。だから落ち着こうな?」

「いや! いや……! い、い……や……。い…………」

「よしよし」

「……ママ」


 効果覿面。

 先輩はぐっすりと眠りについた。



***



「あれ、減ってる? 隼人ちゃん、もしかして手作りのやつ飲んじゃいました?」

「あー、それですね。俺もメグちゃんも飲んでませんよ」


 やはりダメなやつだったらしい。

 うっかり客に出してしまったのは伏せておこう。


「よかった……。言うの忘れてましたけど、あれ趣味で作ったフルーツ酢なんですよ。ジュースだと思って飲んだら変な味がしますよ」


 それか!!! 

 ……って、酢で酔っ払うか、普通?


 もしかして先輩はまた俺をからかっていたのか?

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