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2 メグちゃんと切っ掛け

 これは二週間前の土曜日のことだ。


 朝7時。

 ガソゴソとテントの壁を駆け上るリスの足音で目が覚めた。


 うーんと背伸びをし、大仰なあくびをしながら俺はテントのジッパーを開いて外に出た。


 うむ、いい天気だ。

 隣に建っているガラス張りの豪邸が美しく輝いている。

 今日は制服を洗おうと思っていたので、すぐに乾きそうでなりよりだ。


 俺はテントの中に戻り、床に散らばっている空っぽのペットボトルを集めて、ダンボール箱に詰める。

 これを近くの公園まで運んで来週分の水を確保しなければならない。

 行きは軽いが、帰りが面倒なんだよなぁ……。


 紐が切れかかっている拾い物のサンダルに足を滑り込ませ、俺は駆け足で公園へ向かって進み出した。

 外が暑くなる前にさっさと済ませよう。



***



 じゃー。

 くいっ。


 よし、三つ目まで溜まった。

 あと九本だ。


「はぁ……」


 俺はため息をついた。


 そのため息はこの単純作業に呆れているから出たのではなく、単に近くの砂場で遊んでいる幼女があまりにも尊く見えたからである。

 若者とはいえ、明らかに消防や厨房ではない俺が幼女をうっとりと眺めている構図は、不審者としか扱いされかねないが、もし君たちが公園の水飲み場でペットボトルに水を詰めている人間を見かけたら、この程度のことは見逃してやって欲しい。


 俺のゴミのような人生、砂場で遊ぶ子供を眺めることが唯一の救いなんだ。

 悩みとかストレスとかと無縁そうなあのあどけない姿に、俺の疲弊しきった精神が癒されるのだ。



 じゃー。

 くいっ。


 六本目のボトルを詰め終え、折り返し地点まで辿り着いたところで異変が起きた。


 マスクを着用した、ちょっと禿げてる怪しげな大人の男が砂場へ近づいてきたのだ。


 ……とはいえ、そろそろ秋の花粉シーズンだし、マスクは別に特段珍しいことでもないか。

 怪しいから通報されたけど実は親でしたみたいなのがよくあるって聞くし、生まれつき怪しげな見た目をしている人をそういう偏見で見るのはよくないよな。


 とりあえず、ここは見守っておくことにして、やばそうになったら駆けつければ――



「お嬢ちゃん、飴欲しい?」



 はいー、アウトー!

 怪しい人、確定!

 ここまでテンプレ通りの不審者が存在すること自体に驚いたよ!


「いらない! 飴嫌い!」


 よし、賢いぞお嬢ちゃん。

 しっかり怪しい人を拒否している。

 今時の子供がそんな古臭い手に引っかかるとは思えないし、あの女の子もやばくなったら、すぐに叫びながら逃げ出すだろう。


 なので、俺は砂場の様子を横目で観察しながら水を確保する作業に勤しみ続けることにし、念のために石ころを詰めたペットボトルも作成し始めた。



「そっか、じゃあこうするしかないね?」

「きゃっ……!」

 

 腕を強引に掴まれた幼女の救援を求める叫びは、男の手のひらによって相殺されてしまった。

 

 怪しげな人、まさかの強行手段に出やがったぞ。

 周りに俺以外の人はいないみたいだし、これは俺がどうにかするしかなさそうだな……。


 石が詰まったペットボトルを装備し、俺はサンダルを脱いで足音を立てないように男の背後に迫る。

 男は暴れる幼女に手こずっていて、注意力が削がれているみたいだしチャンスだ。


 ボトルを野球のバットのように振りかぶり、バゴン!と男の頭をジャストミート。



「ぐぇっ……!」



 不意打ちを食らった男は気絶してその場に倒れ込んだ。


 彼のズボンのポケットからは包丁の先っぽが顔を出している。

 あぶねー、まともにやりあっていたら間違いなく大怪我をしていたぞ。

 不意打ちできてよかった……。




「メグちゃーん、大丈夫!?」


 なんだなんだ?

 この幼女の本当の保護者か?


 なんかバインバインとスイカップなアレを弾ませながらこっちへ走ってくるお姉さん……って、あれ隣のクラスの担任の天堂じゃね?

 

「うん、このお兄ちゃんが助けた」

「わーん、よかったです……。ごめんね、置いていったりしちゃって……」


 実際に怖い目にあったメグちゃんとやらは真顔なのに、何故か先生の方が大べそをかきながら、えんえんとでかい声で泣いている。


 なんというか……ポンコツ系お姉さんなんだろう、多分。


 

 メグちゃんにハンカチで鼻水と涙を拭いてもらって落ち着いてから、ようやく俺の存在に気づいたのか、先生はこちらに向き直った。


「あ、ありがとうございます……。な、なんとお礼をしたらいいのやら……」

「あ、いえ。別にそんなことはどうでもいいですよ。そんなことより何してるんですか? 子供を放置したらダメじゃないですか? 保護者としての意識あるんですか?」

「ご、ごめんなじゃい……。一緒にお散歩じてたら、ぢょっとトイレに行きたくなってぎて…………ぐすん」

「お兄ちゃん、許してあげて?」


 さ、流石に言い過ぎたか?

 喋ろうとすると、ついついきつい口調になってしまうのが俺の悪い癖だ。


「は、はい、許します! 許しますから泣くのをやめてください、先生!」


 めっちゃそこでジョギングしている人に見られてるから!

 倒れている男と、泣いている先生と、俺の石ころ入りペットボトルが合わさって、なんか俺がやばい人みたいな構図になってるから!


「いえ、それでは私の気が済みません! ぜひお礼をさせてください! ……って、先生? もしかして隣のクラスの茨城くんですか?」


 どうやら先生も俺のことを知っていたみたいだ。

 まあ、同じ学校の生徒なんだし、別におかしなことではないな。


「はい、そうですけど……」


 そう答えると先生は何故かパーッと顔を輝かせて、


「わかりました! では、そちらでお礼をするので楽しみに待っていてくださいね!」

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