1 天堂先生のお気に入り
「おい、こっちみんなよ。貧乏が移る！」
「それな、ほんとそれな！」
金髪ピアスの見るからに頭が悪そうなヤンキー野郎と、同調しかできない丸刈り体育会系単細胞が俺に難癖を付けてくる。
まーた、始まったよ。
こちとら昼飯を買う金がないから、お腹が空いているのを我慢して、昼休み中も勉強しているだけの小心者なのに、何が楽しくてそんなことをするのやら。
あれか？ こいつ友達いないから、いくらいたぶっても誰にも咎められないぜ！楽すぃー！ってやつか？
そんな思考回路をしてるとか、たかが知れてる脳みそだな、おい。
もちろんそんなことを声には出さないが。
忙しい俺にこんな馬鹿どもに構ってる暇はないんでね。
なので、うるさいハエどもを無視して暗記カードを黙々とめくり続けていると、俺の体が最悪のタイミングで救援シグナルを送ってきた。
ぐぎゅるぐー。
チッ、流石に朝飯と昼飯。両方をないがしろにするのはやりすぎだったか。
「いや、まじウケるんだけどwww。お腹空いてるのに何も食べないの？ 真二、こいつ勉強しすぎて頭おかしくなってんじゃね？」
隣のアクセ付けすぎ尻軽女がすかさず揚げ足を取ってくる。
ほんとになんなのお前ら？ 俺のこと好き過ぎて、俺が何かするたびに何か言わなきゃいけない病気なの？
「やめたれよ、明美。ビンボーだから節約してんだろ？ 優しい俺たちが察してやらないとな」
「あ、そっかwww。あーしたち優しいもんね」
「ほんと、それな。おい、ボンビー。これ恵んでやるから感謝しろよ」
動物園の見せ物に餌でも投げつけるように、丸刈りは食べ終わった焼きそばパンの空袋を俺に投げつけてきた。
そしてパシッと顔面ヒット。
あのな、ゴミは一纏めにしておけよ？
と皮肉げに言って投げ返してやりたいところだが、無駄な葛藤を起こすのはごめんなので、我慢して床に落ちた袋を拾い、代わりに捨てに行ってやった。
感謝しろよカスども。
もし映画化したら、親切すぎる俺に全米が涙していたことだろう。
哀れすぎる自分に感動した俺はもうすでに内心では泣いてるし。
とまあ、こうやって俺をいじり続けるのが、このクラスの不良グループの昼休みの過ごし方だ。
席替えのせいで、彼らの溜まり場が俺の前の席になってしまってからは、ずっとこんな調子。
本当にイライラする。
俺が昼休み中に図書室やら校庭やらに行ってこいつらを回避すればいい話なのだが、よくよく考えてみたら俺何も悪くないのに、そんな無駄な移動時間を掛けなきゃいけないのおかしくね？
と気づいたので、席にどっしりと居座るようにしている。
こいつらが悪いのに、どうして俺が妥協しなけりゃならないんだよ？
これは無言の抗議だ。
ガンディーがしてたやつだ。
つまりガンディー＝無言の抗議＝俺で俺はガンディーであると証明され、故に俺はノーベル平和賞を与えられるべきなほど正しくて、あいつらは間違っているのだ。
なので、あいつらが退去するまでこの戦いは続くのである。
最後に正義は勝ーつ！
そう、勝つのだが……お腹が空いていては戦はできないんだよなぁ……。
あーあ。
女神でも空から舞い降りてきて、俺に手作り弁当でも渡してくれないかなぁ……。
そんなしょうもないことを考えていると、教室の扉が急にガラランと勢いよく開き、お淑やかな黒上ロングのアラサー女性が男子高校生を一発で精神崩壊させられそうなぼよよんでたわわんな胸部の凶器を弾ませながら飛び込んできた。
「隼人ちゃん！ またお弁当一緒に食べましょ！」
下の名前でクッソカジュアルに俺を名指しにしている女は、あろうことか隣のクラスの担任、天堂だ。
神よ、俺が頼んだのは女神だったよな？
これはちょっと違うどころか正反対。
俺を誘惑して、悩ませて、苦悶させる悪魔の化身である。
ただでさえ不安定な基盤の上に成り立っている俺の日常を試すように揺さぶる。
全く悪い人じゃないのがもっともタチが悪い。
善意でしか動いていないから拒否しにくいのだ。
「天堂先生！ 学校なんですから、もっと先生っぽく振舞ってくださいよ！ 困ります！」
「ええぇ、どうしてですか？ 生徒と良い関係を築くのも先生の仕事ですよ？」
俺が拒否すると、先生はすごくショックを受けたようにしょんぼりと肩を落とす。
やめてくれ。可愛くて叱りづらい。
「いや、でもこれは明らかに度が過ぎますよね？ 先生と生徒の普通の距離感って言うのは、もっと節度を保って……」
先生は俺の話を全く聞いておらず、机までやってきてぎゅーっと抱きついてきた。
胸が、顔に胸がむぎゅーっとなって押しつぶされる。
圧迫されて窒息するぞ。
誰か、お助け……。
横目で助けをすがるようにクラスの連中を眺めてみると、無言のまま鼻の下をぬーんと伸ばしてこちらを凝視している男子生徒ばかりだった。
金髪ヤンキーに至っては鼻血まで出している。
「わかりました！ わかりましたから、やめてください！ もう少し復習したら、屋上へ行きますから、そこで待っててください。お願いします」
「先生ずっと待ってますからねー！」
トドメにぎゅっともう一度強く抱きしめてから、先生はスキップしながら教室から去っていった。
ククク……。
羨ましそうに俺を見ている男子どもの羨望の眼差しが気持ちいい……が、女子連中からは刺刺しい視線しか感じない。
先生よ、ぼっちな俺の限りなく少ない青春の可能性を、その豊満な胸で見事に押しつぶしておるぞ。
まあ、彼女とかもう諦めてたんで、どうでもいいような気もするが。
「なあ茨城、俺のこと先生に紹介してくれない？」
どのツラ下げてそんなこと言ってるんだ、このゴールデン性欲モンキーめ。
「……殺すぞ？」
流石にイラっときたので言い返してやった。
