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化物  作者: 天戸橋 省油
2/2

伝死屋

 その男、至って普通。


 かつて島内一を誇った軍港、廃れはしたが、それでも田舎というには余りにも賑わっていた。年中無休営業ではない為四六時中ではなかったが、大勢の観光客や鉄鋼船に心を奪われた変態どもで流れは絶えなかった。島の地名が刻まれたかつての鉄鋼船は、今も軍港の片隅でそれを見守っている。


 そこで生まれた男、幼少期より心臓の病を患い、短命の言伝を言い渡された。唯一の救いは、男の両親の生涯収入をはるかに超す、5つに1つの賭け。両親は勝負に出た。両親も、医師も、正に命賭け。二度の生物的死亡を乗り越え、彼らは、賭けに勝った。両親も、医師も、男の隣の部屋に居た変態も、涙腺どころか顔が崩壊するまで喜んだ。驚いた。

 若干の後遺症が残ったが、両親の献身的な介護の成果、日常生活にさほど支障をきたさない段階まで回復、順応。男は齢6にして、深く感謝の意を示すことができた。以後男は生涯を通じて両親を誇りとする。

 男は特別支援学級に通った。両親の意見もあるが、本人の意思もあった。日が昇り数時間も待たずに学校に向かい、図書室に入り浸る日々。最初は人懐っこい性格からか話し相手に困ることもなかった。日を重ねるにつれ趣味の教養が発達、『語り始めれば3時間』『うんちく王』なんてあだ名されるように。呼ばれる身は、まんざらでもなさそうだ。

 常とした黙読により鍛えられた知能は、常人の定規では計れないものとなった。齢10の誕生日プレゼントにはプレゼン発表レベルの英語力の承認通知が男の手元に渡ったり。中学の半ば、科学追及を題材にしたレポート、もとい論文を学会的なあれに提出。それの中身は、現役研究員の度肝を抜かすほどの精度と練度の凝結固体。驚きと一周回った達観でお腹が満たされた学生研究員によって『転生チーター』なんてあだ名がつけられた。本人は嬉々として受け入れた。男は転生物が得意なのである。『転生チーター』の件を晩御飯のおかずに持ち込んだ所、父親から「お前は転生チーターよりかは戦闘民族だな、ピンチを乗り越えただけ強くなるあれ」と言われ、首を12cm強縦に降る。次の日に男は納豆を100回練って食べた。


 大学進出を希望した男は偏差値70の都心の進学校へ入学。彼の問題用紙は赤丸だらけだったそう。長年の蓄積と隣人愛に近い余裕を持ち合わせている故、特筆して挙げるような問題点は無い。もし問題を挙げるとしたら、友人だろう。友人を一言で表すならば、知的探求心が暴発しtry&errorを繰り返すやんちゃ坊主。食の好みが同一な事を起点に船を出港させたが、やんちゃ坊主は自分で荒波を生成する始末、それを放っとけばいいものを、男は作り物の苦笑いで対応する。月が満ちるのを待たずして、波浪の楽しみ方をマスターする。さながらベテランの船乗りコンビ、台風の中40ノット快速を叩き出す船を、周囲は顎を外して傍観する他無かった。

 やんちゃ坊主と男は専科の違いから物理的接触の機会が極端に減るが、電子文通は日夜ほぼ欠かさず行った。男は会話でしきりにやんちゃ坊主を出してくる、それに付き合う同業が男の同性愛を疑ったりした。男は腐ってはいなかったため拒んだが、坊主は手遅れであった。男は電子暗号を一週間ほど送らなかった。いや、送れなかった、と言った方が正しい。


 その後経済学から文学に転換するという珍事を発生させながらも大学を卒業。子離れしない両親の資金力の援助がありながらも島の心臓にて起業、瞬く間にトップクラスのベンチャー企業へと成長させる。親が半狂いで振り込んだ新車1台分は、起業してから僅か半年でポルシェで帰ってきた。


 その男、至って普通の勝ち組。波乱万丈とはちょっと言い難い航路を同窓会にて暴露。ミリオタの同級生は「ルーデルの再来か···!?」と驚いた。


 その男、至って普通。


 やけに乾いたノック。二重の可動式ガラス壁の先には、島の循環器監視の方々。述べた言葉は、「生産に相応する血液補充がなされてない」。笑顔な男の弁解に聞く耳持たず、二言目には疑問の念が混じる。

 監視の方々が社内をまさぐる中、男もまた社内環境の復歴を閲覧する。坊主に救難信号を送る選択肢を作る間も無く、原因を発見した。数桁程の誤植、つまるところ、ケアレスミス。ファイルデータの最終更新が先週未明、男は一人で納得と反省を混ぜ合わせる。

 補充不全も微々たるもの、割合は10%にも満たなかった。また男は起業時より血液補充に超熱心、受動ではなく能動活動として捉えた労働を常欠かさなかった。

 証拠を紙媒体デジタル媒体共に用意し、コーヒーを一杯焙煎。準備は万端、すぐに終わると高をくくっているのだろう。モニタが映す偶像には、男の閲覧復歴と監視の方々の熱心な聞き取り調査。隙間風の音は、馬鹿に冷たい。


 モニタの偶像越しでも伝わる地獄絵図。証拠と弁解を包み隠さず述べる男と、精神論で罪を肥大化させる監視の方々。余りにも大きく、薄く、長い不協和音の演奏に、男のくまは濃く黒く変色する。地元在住の両親から半ば音信不通であったやんちゃ坊主に至るまで、この地獄に呑み込まれていった。居間で日夜鳴り響く電子音にヒステリックを起こし、面談そのものが精神的外傷の一歩手前まで来ていた。鬱の認定通知と重なった勧告は、何よりも男を傷つけた。男が重圧の余り暴走を起こさなかったのは、一重に両親と同業の支え、柳を想像する受け流しで何とか存続してきた企業のサポートがあったからこそだろう。


 満身創痍の中、季節は一巡した。その翌日、精神的外傷との何十回目かの向き合いの為、通勤ラッシュを迎えた電気駆動の運搬機に乗り込む。地獄絵図な三流お遊戯の為、薄型電子通話機器を右手で操作する。

 男の左腕を、何者かが強くつかむ。目線を向けた先には、男の左手を胸に乗せ、電子機器からアナログ風電子音を数回鳴らす制服姿の女性。男、一瞬の困惑。問答の余地も無かった。


 男の痴漢現行犯を半ば怯えで訴える女性。賛同する2·3人の傍観者。電子機器が写す現行犯の証拠を掲げる。男は必死に自身の無実を弁解するも、逆効果であった。


 男、戦意喪失。


 誰かが信号を発し、警察が数人駆けつける。目的地でもあった駅で、困惑する素振りを見せる女性以下4人と下ろされ、地獄の何丁目に直行。女性が保有する証拠が十分とされ、男が監視の方々と三流お遊戯する間に逮捕が確定した。


 同業からの、糾弾通知。


 『存続困難』を意味する企業からの、救難通知。


 両親からの、断縁通知。


 男は、もう限界であった。


 男の心が、音をたてて割れた。



 稀にできる余暇時間、やんちゃ坊主は男に向け電子通話を発信する。が、音信不通。やんちゃ坊主は不思議に思う。

 やんちゃ坊主に、1件の通知が届く。そこにはマスコミの取材許可を求める1文があった。やんちゃ坊主は無言で通知を削除しようと指を動かしたが、添えられた情報がその指を止めた。

 『男の脱税·痴漢容疑について』



部隊報告

『化物』個体数 約800

『化物』殺傷数 252

『化物』予備軍 約90万

以上

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