#16:姉
領主の館で一つ目のカギを手に入れた僕たちはそのまま青銅色の不死動鎧─青銅さんと呼ぶことにした─の案内で夕暮れの港に向かっていた。
街の北西にあるという港に近づくにつれて、空の色が鮮やかな橙色に代わっていく。
領主の館にいるときには頭上にあった太陽もいつの間にか目の前の地平線に沈み込もうとしていた。
しかし、問題は・・・
「アルフ、どれくらい歩いたっけ?」
「領主の館からだろう?十分程度だ」
明らかに日が沈むのが早すぎる。
領主の館に向かうときには十分以上歩いたというのに太陽は頭上から大して動かなかった。
しかし、今は十分程度で頭上の太陽がかなり落ちている。推測だが十倍以上の時間の経過速度だ。
ということは・・・
『面白いものでしょう?この街は場所によって時間が定まっているようなのです。その場所に近づくにつれてその時間へと徐々に変わっていく』
「なるほど・・・それで『夕暮れの港』なんですね」
『ええ。ここは夕暮れの刻。そう決まっているようなのです。何故そうなのかは全く分かりませんが』
そんな会話をしながら道を進んでいくと目の前に海が見えてきた。
海に対して、気の桟橋が一つだけあるというとてもではないが、港とは呼べないような光景だが、見た目が重要なわけではない。
アルフレイドはというと、水平線上に浮かぶ真っ赤な太陽をどこか懐かしむように見つめていた。
アルフレイドはさっき「鍵は私の記憶」と言った。ということはここにも何かしらアルフレイドの記憶があるのだろう。
しばらくの間、太陽を眺めていたアルフレイドだったが、突然ゆっくりと右手を目の高さまで持ち上げて、太陽をつまむような仕草をした。
すると、太陽と同じ赤光の粒子がアルフレイドの指先に集まり、赤銅色の八面体を形成した。
小さなそれを目の前に持ってくると、
「小さな小さな太陽・・・か。確かにちっぽけだな・・・」
呆れたような、悲しむような声でつぶやいた。
少しするとその赤銅色の八面体は弱い光とともに同じ色の鍵へと姿を変えた。
***
「ね、どう?きれいでしょう?」
夕暮れ時の小さな桟橋に二人の少女が手をつないで水平線に沈まんとする太陽を見るようにたたずんでいた。
「そうだね、何で赤いの?」
「ふふ、何でだろうね。私にはちょっと難しいなぁ」
二人は姉妹だろうか。身長差は倍ほどもある。
唐突に妹の方が太陽に向かって手を伸ばす。
「ふふ、なに?ほしいの?」
姉の方はそれを見て微笑むとしゃがみ込んで妹の顔を覗き込んだ。
「ううん。でもすごく近くに見えるから・・・」
妹の方はそういいながら少し体を乗り出して尚も小さな手を太陽に伸ばし続ける。
「実は、太陽を取るにはちょっとコツがあるんだよ。やってあげるね」
そういうと、姉の方は太陽をつまむように手を伸ばして目を閉じた。
少しすると、姉の指先に赤銅色の粒が集まり同じ色の八面体を形作った。
「はい、太陽を全部取っちゃうと大変だから、欠片だけね」
姉は妹の両手に八面体を載せる。
八面体は赤銅色の光と粒を振りまいている。
「あったかい・・・」
「太陽の欠片だからね」
妹の方は食い入るように八面体を見つめていたが、ハッと姉の方を見ると、顔に満面の笑みを浮かべて
「ありがとう!大切にするね」
と言った。
***
最後の候補地である露濡れの森は夕暮れの港は正反対に朝の時刻が設定されているようだった。
森に生える木々の葉や植物には露が乗り、さわやかな空気が流れている。
「そういえば青銅さん、聞きたかったんですが、あなたたちは互いを正確に判別できているものなのですか?」
かねてから気になっていた疑問を目の前を草や木の枝をかき分けながら歩きにくそうに歩く背中に投げかける。
『ふむ、判別・・・ですか。まぁなんとなくはわかるものですよ。名前などのはないですから、そういう意味ではあまり正確ではないかもしれませんがな』
「間違えることもあると?」
『鎧が違っていればわかりますし、魔力の雰囲気が違っていても気付けますな。両方が似ている者同士というのは・・・私は見たことがありませんなぁ』
ゴンッ
僕たちのほうを振り向きながら歩いていたせいか、青銅さんの頭が木の枝にぶつかった。
『ぬぅ・・・申し訳ありませんが、これ以上は私はいけないようです。鎧が大きいというのも考え物ですな・・・』
申し訳なさそうな青銅さんに感謝を告げて奥へと進んだ。
少し進むと、開けた場所に出た。中心にひときわ大きな木が生えていて、なんとなく穴場のような気がする。
「ここか・・・」
アルフレイドはそう呟くと、大樹の根元に腰かけて目を閉じた。
僕もアルフレイドの隣に腰かけて頭上を見上げる。
大樹の枝が幾重にも重なり、太陽の光がその隙間を通り抜けて届くさまは神秘的でとてもきれいだった。
そんな様に見とれていると、隣から小さく歌が聞こえてきた。
アルフレイドが歌っているのだと気づくまでに少しだけ時間がかかったが、それに気づいた後もなぜか驚きはなかった。
それくらい、その歌はこの情景になじんでいて、心地よかった。
***
「早く早く!遅いよ!」
「もー、待ってよぉ・・・大きくなると大変だなぁ・・・」
妹を追いかけて姉が枝をかき分けながら広場に入ってくる。
妹は容易に通り抜けられた枝の間の隙間だったが、姉には少し大変なようだ。
体を草むらから引き抜くように広場に入ると、姉は細く息を吐いて妹に向かって歩き始めた。
「もう子供じゃないってことね・・・ふぅ、気持ちいいでしょ?」
姉は大きく息を吸い込みながら、妹に問いかける。
「うん。すごくきれいだし、空気もおいしい。ちょっと寒いけど」
「まぁ、朝だからね。仕方ないよ。ほら」
姉はそういうと上着を脱いで妹の肩にかける。
「お姉ちゃんは寒くないの?」
「ん?お姉ちゃんは大丈夫だよ。もう子供じゃないんだし」
そういうと力こぶを作るようなポーズをとる。
「お姉ちゃん全然筋肉無いじゃん」
「いいのよ無くて。お父さんみたいな人がたくさん持ってるものだもん」
そういうと、姉は広場の真ん中の大樹の根元に腰掛ける。
それを見て妹も姉のすぐ横に腰かけた。
「ねぇねぇ、あれ歌って」
「あれぇ?好きだねぇ。うーんどうしよっかなぁ」
姉は少し考えるそぶりを見せたが、妹が何も言わないのを見ると、静かに歌い始めた。
「~♪」
その歌はとても幻想的で、情景にとてもあっていた。
***
結局、鍵はアルフレイドが歌い終わると同時にアルフレイドの右手の中に出現したようだった。
僕は今領主の館の目の前で、アルフレイドから受け取った三つの鍵を眺めている。
「銀、赤銅、木・・・なんだろうね。この不揃い感」
「何でもいいさ。別に鍵の材質なんて。それで開くかどうかだろう?」
そう言うアルフレイドの顔は迷宮に入った直後よりも晴れやかだった。
「まぁ、そうだけどね・・・まぁいいや」
少し腑に落ちないが、無理やり納得することにした。
三つの鍵を左から順番に鍵穴に差し込んで回していく。
三つ目の木製の鍵を回したと同時に、錠前が砕け散った。
「うわぉ・・・びっくりした」
「迷宮らしいというかなんというか・・・」
アルフレイドは僕の後ろで謎の感嘆をしている。
青銅さんは領主の館の前までついたときに『もう私は必要ないでしょう。あとはお二人で行ってくるといい』と言って往来に消えてしまったので、この扉の先へは二人で行くことになる。
扉を押し開くと、前の階層からやはり少し荒廃した印象を受ける内装になっていた。
そのまま、同じルートを通って中庭の扉の前に着く。
なんとなく、頭の片隅で「中庭の扉にも錠前がついていたらどうしようか」と思っていたが、さすがにそこまでの鬼ではなかったようで、中庭の扉に錠前はついていなかった。
扉に手をかけて少し押し開くと、猛烈な光と風が漏れ出てくる。
「!」
その瞬間アルフレイドが弾かれたように後ろを振り返る。
しかし、険しい顔はすぐに笑顔に変わり、
「心配するな。私だってもう子供じゃあないさ」
と背後に向けて語り掛けるように、呟く。
つられて僕も後ろを振り向こうとしたが、扉から漏れ出た光と風に遮られて見えたのは、流れるような金髪だけだった。
前回短かったツケなのか、今回ちょっと長くなりました。
#FF9900です。
二章もうちょっとで終了です。短いですかね?
ネタバレになるので、詳しいことは言えませんが、アルフレイドさんは私が書いてきたキャラの中でダントツで過去が重いキャラだと思います。