#9:赫龍
数分後、僕たちは赫龍ソルアドがいる洞窟の前にいた。
アルフレイドの事前調査によって中にソルアドがいることは分かっているし、戦闘が可能な広さであることも分かっている。
「いいか?大体事前に決めたとおりだ。正確な相手の戦力はわからない。各自臨機応変に対応してくれ」
洞窟の入り口でハンマーを構えたドゥリスさんが険しい顔で言う。
その視線の先の洞窟はまるで底なしの深淵に見える。
「大丈夫だ『夜目効』」
僕の思考を読んだのか、アルフレイドが一言呟いて全員に暗視魔法をかけていく。
目の前に広がっていた闇が一気に晴れていく。それと同時に僕の不安も少し和らいだ。
「よっしゃ!行くぞ!」
ドゥリスさんの掛け声と同時に僕たちは一斉に洞窟内へ走りこんでいく。
「いた!」
テリアさんの叫び声とほぼ同時に目標が姿を現した。
それはおおむね事前に聞いていた通りの容姿だったが、実際に見るのでは随分と印象が違った。
鋭い爪に、枯れ木のような退化した翼、普通の竜よりも細い胴体や以上に悪い血色のせいで、竜というにはかなり不気味な見た目をしていた。
「こっちだデカブツ!!」
グリークさんが怒号とともに左手のメイスでシールドを激しくたたく。
ソルアドが洞窟内に響き渡った金属質の音に唸りながら振り返ったすきに、僕とドゥリスさんは足元に勢いよく駆け込む。
「坊主!何をしてくるかわからない!常に逃げる準備はしておけ!」
「わかってます!」
「よし!お前はあっちだ!」
ソルアドの足元で僕とドゥリスさんは左右に分かれる。僕が右足、ドゥリスさんが左足の攻撃担当だ。
大きな魔獣を討伐したいならまず足を奪うというのは定石だし、ソルアドは高い機動性も持っていることが事前情報で知らされていた。
少し高い位置にある踵に向かって全力で地面を蹴って飛び上がる。
そのまま、両手で大剣をソルアドの踵に向かって振り下ろした。
着地した後確認すると、切断まではできなかったが、半ばまで断ち切ることができていて、傷口からはどす黒い血が滝のように流れ出ていた。
これで右足は使い物にならないだろうと思った矢先、急激にソルアドの体が左側に傾き始めた。
急いで距離を取りながら、左足側に視線を向けると、ハンマーを振り下ろしたドゥリスさんが、テリアさんに合図を送るところだった。
「テリア!やれ!」
その声とほぼ同時に緑色に光る矢が倒れこんだソルアドの左足の踵を正確に撃ちぬいた。
『ギィァアアアア!!!』
ソルアドの断末魔のような咆哮が洞窟に響き渡る。
「各自攻撃だ!どこでもいい!」
その声を受けて手近にあった尾に大剣を振り下ろす。
しかし、表皮は意外に硬く、斬撃では満足にダメージを与えられなさそうだった。
頭のほうならば通るかと思い、勢いよく体を回転させたところで・・・
「うおわッ!?」
視界の先でグリークさんが地面から勢いよく生えた岩槍に跳ね飛ばされるのが見えた。
対応が間に合ったのか重さの所為か倒れこむようなことはなく、しっかりと足から着地したのでケガはないだろうが、問題は岩槍のほうだ。
「魔法だ!魔法を使うぞ!気をつけろ!」
見上げると、退化した枯れ枝のような羽に紫色に光る線が幾本もひかれていた。
おそらくあれが魔力線だろう。ということは羽を両方とも切断すれば魔法が使えなくなるはずだが、ちょっと位置が高すぎる。
魔法を封じるのは諦めて地面から勢いよく生えてきた蔦を根元から切断しながら、頭に向かって走り出す。
それから大体10ミニュトほど戦い続けたが未だに決定打は与えられていない。
しかし、だいぶ見境なしに攻撃したので、ソルアドの全身には大小さまざまな傷がついており、血もかなりな量漏れ出ている。
「ハァ・・・結構しぶとい、なッ!」
頭上から降ってきた氷の槍を大剣の腹で打ち落として、前に踏み込む。
地面に落ちて砕けた氷を踏み砕いて、飛び込むような勢いで剣を突き立てる。
「ふッ!」
流石に10ミニュト以上戦い続けているのでこちらも疲労をぬぐい切れない。
その所為か、地面から生えてきた岩槍に頬を浅く斬られた。
なおも追従してくる岩槍を右足で蹴り崩して後ろに飛び退る。
魔法による形成の影響なのか、普通の岩よりも幾分か岩槍は脆かったので、流石に手で殴り崩すのは無理だが、足で蹴り崩すくらいはできる。
戦闘開始のときよりもソルアドが魔法を打つ頻度はかなり上がっていて、こちらでも少なからず傷を負っている。
まだ離脱者は出ていないが、ソルアドの体力の底が見えないのもあって精神的疲労もかなり積もっている。
「ぐあッ!クッソ!」
着地を狙って降る氷の槍に右手首を貫かれて、苦悶の声が漏れる。
剣を左手に持ち替えて腰のポーションの瓶を握りつぶす。アルフレイドが作戦前に渡してきたやつだが、案の定アルフレイド作らしく、傷がすごい勢いで塞がっていく。
貫通はしていなかったというのもあるのだろうが、さすがにここまでの回復力は市販のポーションにはないだろう。
「しょうがないか!」
そう呟いて、腰のポーチから魔封結晶を二つ取り出す。
ソルアドの目の前に向けてそのうちの片方をたたきつけるように投げつけると、割れると同時に激しい光を放った。
『発光』─指定位置に強い光を一瞬だけ発する光源を出現させる魔法だ。基本的にはこのように目くらましに使われる。
それと同時に一瞬前に僕が立っていた場所に大量のとげが生えるが、僕はすでにソルアドの顔めがけて走り出している。
ソルアドが目をつぶされている間に上あごを少しだけ持ち上げて中にもう一つの魔封結晶を放り込む。
本来、魔封結晶の発動には魔封結晶をきずつける必要があるのだが、アルフレイド謹製の魔封結晶にはもう一つ起動方法がある。
「『爆ぜろ』!」
それぞれに設定された起句の発声だ。ある程度の距離にいれば発声による起動もできる。
その声の一瞬後に、爆裂音とともに大量の煙がソルアドの口から吐き出された。
『爆炎』。例の強すぎる魔封結晶だ。
だがその強すぎる魔封結晶をしてもソルアドの顎を吹き飛ばすほどはなかったようだ。
しかし確実にダメージは蓄積しているようで、ソルアドは少し前よりも幾分か弱々しい声で一鳴きすると、上体を起こした。
「なッ!?」
予想外の行動に驚いている僕たちには一切構わず、ソルアドはすでに腱の断たれているはずの足で立ち上がった。
『グギャァァアア!!!』
その鳴き声に呼応するかのように羽の魔力回路がまばゆく光りだす。それとほぼ同時に、羽の根元からソルアドの体表の色が黒く変色していった。いや、正確には“黒いものに覆われていった”。
そして、その変化が顔まで完全に覆うと、ソルアドは顎をいっぱいに開いて自分の足元に向けた。
その大きくあいた口の奥から、真っ黒い泥のような流動性の液体が勢いよく地面に滝のように降り注いだ。
「ヤバッ!」
ソルアドを中心として円状に一気に広がる液体を見て、危機を感じ僕は懐からあるものを取り出した。
「『盾よ』!」
『起盾』の封じられた魔封結晶。勿論アルフレイド謹製だ。
その魔法によって生成された光の盾は、僕を囲むようにドーム状に形成されている。
その外側を黒い泥が駆け抜けていく。盾はびくともしないが、何とも言えない不安を感じる。
大量の黒い泥はしばらくすると逆流するように元の場所に戻っていって、一つの大きな球体を形作った。
「あれは・・・なんだ・・・?」
それで攻撃でもするのかと思ったが、ソルアドは予想に反してその球体を吸収していく。
「あっ!しまったそういうことか・・・」
球体を吸収していくにつれて、ソルアドの体の節々についた傷が塞がっていく。
球体をすべて吸収するころには僕たちがつけた傷の半分くらいが塞がってしまっていた。
流石に完治というわけではないのだが、問題は・・・
「ダメか・・・惨いなぁクッソ」
僕が視線を向けた先ではグリークさんの持っていた盾が半分以上溶け崩れた状態で地面に立っていた。
ソルアドが吐き出した泥はすべて吸収されたわけではなく、地面にところどころ残ってしまっている。
どうやら、先ほどの黒い泥は普通の泥というわけではなく、酸。しかも色からして浸食酸だろう。
その証拠に僕の足元以外の地面は少し沈んでいる。溶けたのだろう。
天井を見上げると、テリアさんがグリークさんの盾を見て固まっている。
「テリアさん!・・・テリアさん!」
「・・・っぁはぁ!な、何!?」
「そこから援護は可能ですか!?」
「・・・まぁできるけど、あんまり期待はしないで!地面には降りられないし、どこかに足場でもないと、ちゃんと狙えない!」
「わかりました!じゃあ退避してください!僕一人で大丈夫です!」
それだけ言うと、返事を聞かずに前に踏み出す。地面ではなく、空中に。
次の瞬間に地面に出現する半透明の青い足場を踏んで上に上昇する。
「『空駆』。適用者の足元に足場を連続生成することで空中を歩けるようにする中等魔法だ。
先ほど、盾の中にいる間にいつの間にか掛かっていた。アルフレイドだろう。本当に的確なことだ、こんな時でも少し呆れてしまう。
空中を走る間もいくつもの岩槍やら、氷の槍やら、蔦やらが襲い来るが、斬ったり叩き落したり避けたりでうまく捌いていく。
魔法という性質上、空駆の足場は完璧なタイミングに、完璧な場所に、完璧な角度で出現する。
いつもなら危なくてできないような動き方も体が付いてくる限りはできるということだ。
その利点を生かして、魔法やソルアドの腕での攻撃を避けながら、顔に近づく。
もちろん、丸呑みにされそうになるが、そこまでは予想内だし、それが目的だ。
下顎は空駆の足場に遮られるのでいいが、上顎は左手で受け止める。腕を牙が貫通するが、歯をくいしばって耐える。ここで動きを止めれば確実にやられてしまう。
大剣を右手から離し、そのまま腰の魔封結晶をいくつか掴み取りそのままソルアドの口の奥に投げつける。
そのまま、左手を牙から引き抜き右手であごを叩いて閉じ、そのまま後ろに全力で飛ぶ。
「『爆ぜろ』!」
爆音とともに目の前の顎が開いて、爆風に体が吹き飛ばされる。
何とか空中で姿勢を正し、足から地面に着地することができたが、衝撃までは殺せず、地面に膝をついてしまう。
一方、ソルアドの方はというと、下顎はだらんと垂れ下ってはいるが、それ以外には異常はなさそうだ。
「どんだけ・・・だよ・・・」
剣を支えにして体を持ちあげ、前に倒れる勢いも使って前に突進する。
正直、これ以上の策はないがまだ爆裂魔封結晶は残っているので、これでできるところまで削る。
そのあとは気合でやろうと、振り下ろされた腕に飛び乗って駆け上がる。
そのまま飛び上がり、迫ってきた蔦を切り落として・・・
「やべっ」
切り落としきれずに、一本が右足に絡んだ。
そのまま、引っ張られ地面に叩きつけられる。それに合わせるように横殴りに尾の一撃を食らう。
受け身をとる余裕もないまま、何とか頭だけは守ろうと丸くなるが、予想していた衝撃はいつまでたっても来なかった。
「まぁ、及第点か。最初だし、相手が悪かったな」
その声に目を開けると、目の前にはアルフレイドの顔があった。そこから、アルフレイドが受け止めてくれたのだと気づくまで少し時間がかかった。
要するに僕の現状は叩き飛ばされたところをアルフレイドに受け止められ、そのまま抱えられている状況だ。
「よし、あとは私がやろう。修行で死なれては困るからな」
そういうと、アルフレイドは僕を地面に降ろすと、刀の柄に手をかけた。
そのまま、左足を引きソルアドに右足のつま先を向ける。姿勢を低くし・・・
「ぬん」
一気に抜き去った。
もちろん、アルフレイドとソルアドの間には決して刀では届かないような広さの空間がある。
それは僕とアルフレイドが初めて遭遇した時と同じだった。いや、あの時よりもソルアドとの距離は長いだろう。
しかし、あの時と違うのは、アルフレイドの刀が淡い紫色に光っていたこと。
アルフレイドが一瞬で抜き去った刀を追うかのように、紫色の軌跡が空間をソルアドごと、薙いだ。
少しの間、アルフレイドもソルアドも微動だにしなかった。しかし、アルフレイドが細く息を吐くと同時に、ソルアドの体に一本の朱線が滑らかに入り、そこから大量の血が溢れだした。
その勢いに押されるように、上側が滑り落ち、地面に血だまりを作りながら落下した。
それが終わってから、アルフレイドは静かに刀を鞘に納めて、立ち上がった。
「よし、今回はこれで良し。素材取って帰るぞ」
そういってアルフレイドは僕の肩に手を回し、立たせると解体用のナイフを押し付けてきた。
「・・・マジ?」
その後に分かったことだが、黒い泥のあたりで退場してしまったドゥリスさんとグリークさんは、泥にのまれたわけではなく、アルフレイドによって回収されていた。
グリークさんの盾は回収のときに誤って落としてしまったようだ。アルフレイドがいつの間にか新しい盾を渡していた。
その後僕たちは洞窟の外で狼煙を焚き、討伐完了を知らせた。
アルフレイド程の実力者がいながら、ほかのメンバーが割とボロボロなのに少し疑問を持たれたらしいが、そこはうまくごまかしたらしい。
僕はというと、疲労のせいで帰路の間ずっとアルフレイドの背中で寝ていてしまったようなので、詳しい話は知らない。
「そうしてるとマジで親子みてぇだな」とドゥリスさんに言われたらしい。
かくして、赫龍ソルアドの討伐依頼は黒白と覇の迅雷が達成したことになり、僕のランクはDからCになった。
どうも、#FF9900です。
一章終わりました。まだまだ先は長いんですが、とりあえず一息ついた感じですね。
まさかここまで本当に書けるとは思いませんでした。
さて、今回は最後に思いっきりアルフパワー炸裂してますが、
本来こんな感じの人ですのであしからず。
二章からはもうちょっとあれこれ書けたらいいな。