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このアルバイトに命の保障はない。  作者: しゅるるふしぃ
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第3話  ようこそ!

「――お、見えてきたよ」


 俺の目にもだんだんと見えてきた。

 それは、キャンプと呼ぶには随分と大きく、そして暗い闇夜の中で幻想的に光っていた。

 決して明るすぎないその光は、どこか一抹の寂しさを感じさせる。


 一体、どこの誰に対する寂しさなのだろうか。


「なんかあの建物を見て、ここが戦場だってことを改めて思い出しました」


「んー? なに忘れてたの? ダメだなー」


 誰のせいだと思ってるんだよ……。


 溜まりに溜まった文句を、声を大にして言おうとしたそのとき、


「止まれ!」


 木の裏から人が飛び出してきた。


 身長は俺と同じくらいで、体格はがっしりとしている。

 顔はキリッとしていて、いかにも出来そうなタイプの男だ。

 俺とは正反対だな。


「僕だよ、さっき連絡したでしょー」


「……なんだ班長か。すまない、まさか人を連れてるとは思わなくて」


「いいよー別に、暗いし仕方ないよ」


 話を聞いていると、どうやらモリモトの班員らしい。

 つまり俺の先輩にあたる男ということだ。


「それで? その人は誰?」


「ああ、新しく待機班に入る、えーと……そうフキタニくんだよ」


 違えよ。


「初めまして、トキタニです」


「初めまして。待機班副班長のクツイだ。よろしくトキタ……え? と、とき?」


「トキタニです」


「そ、そうか……よろしく」


 班長のおかげでクツイとはバッチリ気まずくなれそうだ。

 ありがとう班長!



 キャンプは中に入ってもやはり広かった。

 ここに住めと言われれば喜んで住んじゃうレベルだ。

 おっと、ここ戦場でした。


 そして今、こんなにも広い建物の中に居ると言うのに、我々待機班は「会議室」と呼ばれるたかだか十二畳程の部屋でギュウギュウ詰めになっていた。

 総勢六人。一人当たり二畳。そう聞くと何故か広いような気もするが、ホワイトボードや暖炉、ソファーなどが場所を取っているため、もう肘が当たるレベルの人口密度。


「あと何人居ない?」


 モリモトが一同に声をかける。

 一人だけホワイトボードのそば、つまり広々空間に立っている。

 ほんとずるい。


「六人全員居るじゃ無いか、班長」


「ああそーか。なんだか急に人数が減って、寂しくなっちゃったな」


 俺が新しく入ってきたというのに、寂しいとか言われると辛いのですが。


 人数が減ったということは、前はもっと居たということになる。

 もしやこのダラダラ班長に愛想が尽きて辞めていったのだろうか……。


 ……。

 まあ、流石にそこまでダメな人だと思っている訳ではない。

 人柄だって良い人だと思う。


 だがどうしてもこの人は、ここが戦場だということをあまり考えていないように見えてしまう。

 そのしゃべり方が。その態度が。

 まるで退屈な日常にどっぷりと浸かっているような生き方。

 そしてその彼について行くと、自分も一緒になって忘れてしまいそうになるのだ。

 今現在自分の置かれている境遇さえも。


 確かにこういったタイプの人間は人から選ばれやすい。

 自分のダメな部分を隠さない人間は警戒されないからだ。

 でも、命を預けられるかどうかは別である。

 俺の命さえも彼の弱さの一部となって、あまつさえそれが許されてしまうのだとしたら。

 

 極端な話ではあるが、そういう人間も居ないことは無いのだ。

 この男はどうだろうか。

 ……まあ副班長の出来を見ていると、大丈夫そうではあるのだが。


 班長が理由では無いとすると、はて、何故急に人が減ったというのか。

 その答えはすぐに知ることになった。


「ミヤケにお供えしてあげるピンク色のダリア、まだ生えてましたか?」


 班員の一人がここにきて初めて発言をした。

 彼女の名前はチグハ――そうそう、実に不思議なことにこの班の半分を女性が占めているのである。

 軍議に参加した時には周りに女性は一人も見かけなかったのだが、こんな端っこに三人も居たとは……。

 来てみるものである。

 まあ全然うまく話せないんだけど(笑)


「ああ生えてたよ。根を傷つけたらまずいから今日は取ってこなかったけど、明るくなったら取ってくるよ」


 これに答えたのはやはり班長だ。

 おそらく前に頼まれていたのだろう。

 俺もダリアならここに来るまでに何度か見た覚えがあるような無いような。

 

「ですね。その時は皆で行きましょう」


 今の会話だけでチグハさんの人の良さが身に染みた。

 いいなあ、チグハさん……。


 

 で、だ。

 彼女はさっき、「お供えしてあげる」と言っていた。

 お供えというのは、死んだ人の墓に食べ物や花を置くというアレで間違いないだろう。

 となると、ミヤケさんは死んでいるということになる。

 

 ミヤケさんとは誰なのか。

 たまたまこの近くのお墓に入っている誰かの親戚、というわけではあるまい……。


 まあ、戦死した人物、と考えるのが妥当であろう。

 ミヤケさんが待機班であったかどうかは分からないが、ここ近辺で亡くなったのは確かである。

 とすると、ここまで敵が来た、ということになる。

 端っこと言えども、ここは紛うことなき戦場である、ということだ。


 ……はぁ。生きて帰れる気がしないんだけど。


 ――いやいやダメだ。生きなきゃダメだ。

 死ぬの、メッ。ダメ絶対。


「皆聞いて。亡くなった四人に変わって、新しいメンバーが……」


「亡くなった四人!?」


 班長の言葉に耳を疑い、つい声に出してしまった。


「なに? まだ話してないの?」


 ジョカさんが少し強めにそう問いかける。

 彼女も待機班の仲間の一人だ。


「……ああ、トキタニくんにはまだ何も話していなかったね」


 本当にその通りだよ、俺はまだ何も知らない。

 戦争のことなんて、何も知りたくなかったのに。

 だからそういう話をされると、とても怖くなる。


「実は僕ら待機班は、二週間前に四人の仲間を失っているんだ」


「……二週間前ですか」


「うん。たった二週間前さ。正直僕も、受け止められてはないんだけどね」


 そりゃそうだ。

 受け止められる方がおかしい。


 二週間前に、四人。

 なるほど、ここに来る前に待機班の人数を聞いた時に、十人と答えそうになっていたのはこれのせいだった訳だ。

 班長は計算も出来ないのかと心の中で馬鹿にした自分が恥ずかしい。


 そう、たった二週間前のことなのだ。

 怖いなんてものじゃない。

 確率なんてものじゃない。

 確実に俺にも死の手は近づいているのだろう。


 ――それでも聞かないわけにはいかない。

 耳を塞いでいる暇なんて無い。


「……教えてもらえますか?」


「教えよう。でも大事なことから順を追って話すよ。――まずは」


 そう言って班長は両手を広げ、企むような笑みを浮かべた。

 これもきっと、班長の弱さ隠しのひとつなのだろう。


「歓迎するよ。ようこそ、地獄の待機班へ!」


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