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このアルバイトに命の保障はない。  作者: しゅるるふしぃ
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第1話  俺は今、戦場にいる

この話から小説です

 どこかで激しい爆発音がして、地面が大きく揺れた。

 あちこちでは火の手が上がり、その隙間で鉛玉が飛び交う。

 一瞬の気の緩みで命を落とし、一瞬の隙をついて命を奪う。


 そう、つまりは戦場である。


 決して生半可な覚悟では立つことさえ許されない、この世の地獄。

 その地獄に今、生まれて初めて向かわんとしている一人の男がいた。

 その名はトキタニ。歳は25。

 この度、新兵として国のために戦うことになった男だ。

 

 そのトキタニはというと、早速軍議に立ち会っていた。

 

「それでは、現在の戦況の確認と、これからの作戦の指示出しを行う!」

 

 会議室に伍長の声が響く。よく響く。

 あまりの音量に、トキタニはつい手で耳を覆いかけたが、なんとか思いとどまった。


「それでは戦況の確認を、二等兵!」

 

「はい!」

 

 今度は顎に髭を蓄えた、中年の男が前に進み出た。

 これまたデカい返事である。


「第一部隊、第二部隊、共に優勢! 第三部隊および医療班は明日の早朝に到着予定であり、これも順調であります! ただ、第四部隊および海軍は、予想以上に敵の増援が多く、やや押され気味であるとのことです!」


「二等兵、報告感謝する! 列に戻れ!」


 たかが二人の掛け合いだってのに、どうしてそこまで腹から声を出す必要があるんだよ……。


「続いて、今後の作戦を発表する! まず第一陣を率いるのは……」


 伍長が次々と兵士を振り分けていく。

 トキタニは面白い名前を聞き逃さないように耳を澄ませていた。

 学生の時からずっと続けてきたトキタニの趣味だ。

 

 と、そこへ、


「オマエさん、随分ひょろいじゃねーか」


 髭を生やした男が声をかけてきた。


「あなたは……確かさっきの……」


「そうだ、二等兵のイナバだ」


 声をかけて来たのは、今さっき報告をしていた二等兵だった。

 伍長が絶賛喋り中のため、先ほどとは打って変わって声のトーンが抑えめである。

 

「トキタニです。よろしくお願いします」 

 

「若えな」

 

 イナバはそう言うと、目を細めてトキタニを見つめた。


「オマエさんみたいに若くてひょろひょろでも、こんなとこに来ちまうんだもんな」

 

 トキタニは何も言わなかったが、イナバは気にした気配もなく続ける。


「なあオマエさん、どうしてここに居るんだい? 他にやることが無かったんかい?」


「まとまったお金が欲しくて……」


 しまった。ここは戦場。命を懸ける場所だ。お金が欲しいなど、言語道断だよな……。

 ひょっとして俺、今ここで撃たれちゃうのか……? 

 

 トキタニは恐る恐るイナバの顔をみた。

 すると、

「フハハハハ、フハハハハハハハ!」


 返ってきたのは笑い声だった。


「なるほど金か! 確かに今時軍人の給料はどの職よりも高いからな」


「おかしい……ですよね?」


「いやいや、それもまっとうな理由の一つさ。 ただ、若い命を懸ける理由がまとまった金だと聞いて、可笑しくて笑っちまった」


「そう……ですか」


 とりあえず殺されることは無さそうだ。トキタニはもう少しイナバに歩み寄ることにした。


「その髭、なんだかモップみたいですね」


「オマエさん、死にてえのか?」


 おっとこれはタブーだったようだ。

 

 そうこうしている内に、作戦会議が終了したようだった。

 最後に軍曹のかけ声で三本締めを行い、解散して出陣の時間となった。

 あちらこちらで兵士達が愛する妻に電話をかけている様子が見受けられた。


 トキタニは伍長の元に向かった。

 軍議後に来るようにと、事前に言われていたのだ。

 伍長も丁度トキタニが来るのを待っていたようだ。


「今日から入ったトキタニくんだね!」


 あー声がデカい。


 この人はどうやら自分の声量を制御出来ないらしい。

 

「はい。()()入ります、トキタニです」


「まずは来てくれてありがとう! 君の事情は上から聞いているよ! 無理はしなくていいから、やれることだけやりなさい!」


 言ってることは優しいのだが、声が優しくない。主に体に。


「分かりました。それで、自分は今日何をすればいいですか?」


「そう! そのことなんだが、君には待機班に入ってもらう!」


「待機班?」


「そうだ! 詳しいことは待機班を率いているモリモト二等兵に聞いてくれ!」


 伍長は教えてくれないらしい。だがまあ、名前からして楽そうではあったため、トキタニは何も言わずに引き受けることした。


「分かりました。……その――モリモト二等兵はどこに?」


「ここから一番近いキャンプか……それかまだこの辺にいるかもしれん、探してくれ!」


 探すのもトキタニの役目らしい。面倒くさいが、仕方が無い。


「は、はい。分かりました。ありがとうございます。それでは自分はこれで……」


「あなたの拳に武運を! 我らが国に栄光を!」


「――え? ああ、武運を……拳に、武運?」


「我が国の兵士達は、別れ際に互いを敬い、今の言葉を交換するのだ!」

 

「な、るほど……で、では。あなたの拳に武運を。我らが国に光栄を」


 トキタニはそう言うと、伍長に深くお辞儀をし、後ろに下がった。

 

 変な習慣だな……特に、「拳に武運を!」の部分がなんかパッとしないよな。何だよ、「拳に武運を!」って。

 

 そんなことを考えていると、


「オマエさん、新入りだったんだな」


 イナバだ。伍長の馬鹿でかいミュージカルボイスとは違い、落ち着いたいい声だ。

 やべ、惚れちゃいそう。


「はい。今日が初めてです」


「そうか。いや、あんまりに落ち着いてるから、場数を踏んでんのかと勘違いしちまったよ」


 それは『初めて戦場に向かう人にしては』、ということだろうか。

 そう言われると、確かにトキタニは今、落ち着いている――のかもしれない。


「そう、見えますか?」


「見えるもなにも、実際そうだろう。――新入り、怖くはないのか?」


 急に呼び方が変わった。個人的には前の呼び方の方が良かったのに。


「そんなの怖いに決まってますよ。だってこれ、本当に死ぬんですよね?」


「うむ。バッチリ死ぬぞ」


 言葉が出なかった。

 

 だんだん自覚が芽生えてきた。俺、これから死ににいくんだな……。確かに怖い。死ぬのはいやだ。メチャクチャ家に帰りたい――――でも、俺は。


 ――それでも俺は。

 

「ここでやらなきゃ、金が手に入らないんです」

 

イナバは黙っている。


「どうしても金が欲しいんです。金がないなら死んだ方がマシだ」


「……おい」

 

 イナバが声をかけるが、トキタニは止まらない。

 完全にスイッチが入ってしまった。


「誰になんと言われようと、これだけは譲らない。怠けるのはもうやめたんです。もうなにも、落っことしたく無いんです。たとえ今あなたが――」


「おいっつってんだろぉぉぉ!!」


 イナバはトキタニの言葉を遮り、語尾を荒げて叫んだ。


「いいか!! 俺はなぁ、新入りがどんな理由でここに来たんだとしても、それを責めるつもりなんざねぇよ! 国の為に戦うなんて、そんなこと心の底から考えてる奴なんか、一握りしかいねえんだから――」


 そう言うと、一度言葉を句切り、両腕でトキタニの肩を強く掴んだ。

 イナバは一度もトキタニの目から目を離さずに、言葉を続けた。


「でもよぉ! 死んだ方がマシだなんて言っちゃダメだ! 俺も多くの死を見てきたが、喜んで死んだ奴なんて、ひっっっっっとりも居なかった! そんな人間、ひっっっっっっっとりも居ちゃいけねえんだ! 新入り、オマエだって例外じゃねえ! それに新入りは若えんだから、 この先俺の倍生きてかなきゃいけねえ。……だからよぉ」


 トキタニの思いは、本気だった。

 それを知っているイナバも、本気で語りかける。

 熱い思いには、それ以上の熱を。

 だからこそその言葉は、トキタニに届く。

 

「ぜってえ生きて帰ってこい! 生きることだけ考えろ! 何かしようとしなくていい、新入りは新入りらしくビビってな! 新入りが死んで、いいことなんて何一つねえんだから……」

 

 この男が何も言わなかったとしても、臆病なトキタニが無理をすることは無かっただろう。

 ある意味この男の言葉は、身勝手な願望に過ぎないのかもしれない。

 世界はもっと残酷だから。


 それでも、トキタニは自分の中で何かが変わるのを感じた。

 そしてある感情が、トキタニを満たす。

 それは本来、ごくごく普通の感情であって。

 生まれつき人の体に染みついてるもので。


 それは、死への恐怖であった。


 トキタニは、この男の言葉によって、再び理解させられたのだ。

 死んだら終わりなのだ、ということを。


 死んでしまえば、背負ってるものから解放されると思っていた。

 確かにそうなのかもしれない。そうすればどれだけ楽だろうか。

 比べて生きるのは、辛いし、苦しい。


 けれど、トキタニは生きると決めたのだ。

 大きなものをいくつかなくして、それでも死ぬわけにはいかなかった。

 だから今ここに居る。


 今気づいた。

 死ぬこと。それは、今トキタニが背負っているもの全てを落っことすことと同じだと。

 そしてそれは、トキタニの望むことではない。

 落っことさないためにここに来たのに、ここで落としてしまったら、本末転倒だろう。


 イナバは静かに――いや少し鼻息を荒げながら、トキタニの言葉を待っていた。

 トキタニは、ゆっくりゆっくり、言葉を紡いだ。

 

「……自分は別に、ここに死にに来たわけではないです。ここに来れば、お金がもらえると聞いたから、だから来たんです。でも、どっかで死を受け入れていて。だって戦場ですから、ああ……俺死ぬんだなって。そう考えてたら、なんか、もう死んでも仕方ないやって思ったりして。――思ったりして……」

 

 「――――」

 

 死を受け入れるって、ある意味強くなることだと思う。

 

「でも、それは違いますよね」


「!!」


 でも、そんな強さは異常で。

 だからこそイナバが違和感を覚えたわけで。

 

「死ぬってことは背負ってるもの全部放り出すってことだ。それはいやだ。絶対いやだ」


 もう落っことさないと決めたから。

 落っことされることの辛さを、トキタニはもう知っているから。


「そして、なくすのがいやだって思っていたら、死ぬのが急に怖くなったんです」


「――――」


「自分は――死にたくない」


 死ぬのが怖いから死にたくない。

 トキタニは今、戦場でそんなことを言っているのだ。

 こんなわがまま、少し前のトキタニには言えなかっただろう。


 だが、今は言える。

 オマエは生きていいんだと、そう言ってくれる人がいたから。


「だから、自分死にません」


 保障なんてどこにもない。

 だからこそトキタニは宣言する。

 自分の意思こそが、一番信頼できるから。


「こんなわがままな自分ですが、よろしくお願いします!」


 深く、深く頭を下げる。

 二度目のジャッチだ。もしかしたら撃たれてしまうかもしれない。


 イナバは、ふぅー、とため息をついて、


「――顔を上げな」


 と言った。

 トキタニが顔を上げると、イナバはトキタニの目をじっと見つめ、


「……いい目だ」


 と、それだけ言った。

 どこか嬉しそうな、そんな顔をしていた。



「じゃ、俺は配置につくから」


「はい。分かりました」


 その時トキタニはふと思い出した。


「イナバさん! そういえば、あのフレーズは言うんですか?」


「ん? フレーズってなんだ?」


「えーと……我らの国に栄光あれ! みたいなやつ」

 

「ああ。あれ別に全員が言ってるわけじゃないぞ」


「あ、そうなんですか?」


「ああ。さっきも言ったが、別に国の為だけに戦ってる訳でもないからな。ばかばかしくて言わない奴も多いぞ」

 

「なんだ。てっきりそういう決まりなのかと……でもそうですよね。あれ、すごい変だと思うし」


「フハハハ! 誰しもそう思うだろ!」


「あはは、ですよね……」


 トキタニは二度とあの格好悪いフレーズを言うまいと心に決めた。

 ……相手が言ってきたらどうしよう。


「それじゃ、俺行くわ」


「はい! どうかお気をつけて!」


 この男だってこれから戦場に行くのだ。

 いつ死んでしまってもおかしくない。

 だが、不思議なことにトキタニはこの男にまたどこかで会えるような気がしてならなかった。


 イナバは鎧を着け終わると、こちらを向き言った。


「じゃあな新人! あなたの拳に武運を!」


 いやそっちは言うんかい!!


今回は記念すべき一話目と言うことで、少し気合いが入ってしまいシリアス気味になってしまいましたが、次回からはもっと緩く書きます。今後もよろしくお願いします。

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