オレがゴブリンになる・プロローグ
短編で載せてたのから、ちょっとカットして載せます。
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眼の前を一度、文字通り視界が塞がるほどに、大量のエラーメッセージと、警告が通り過ぎ。
オレは、ゴブリンになっていた。
眼の前に、横たわる、オレのキャラ。 本来のオレのキャラ、ヒューマン、ファイター、男、農家の三男坊。 無残にも馬車の車輪に轢き潰され、両断されている。
ブロックノイズに包まれきえゆく、それ――自分だった、という自覚はまだ薄かった――から、とっさに装備を剥ぎ取る。
ゴブリンでも紐を止めれば使える簡易な革鎧に、ゴブリンでも使える、片手剣。
盾は…、あとでなんとかする。 剥ぎ取ったベルトにくくりつけて、腰に。
どういうことかは、わからない。 だが、異常が起こったのだろう。
―――
選んだ「オープニング」はこのサーバーの世界観に合わせた初めての戦闘を行い、村を旅立つもの。 村に住み着いた戦士たちの一員になり、駆け出し冒険者になってはじめてのクエストを受けて、旅立ちを決めるもの……だった。
――ゴブリンを撃退して村の宝を守れ――
そのクエストで、オレは、何かにすべって転んでたまたま走ってた馬車――不思議な力で定期運行の乗り合い馬車――にひどく轢かれて、死んだ。
現代でいうと、こっちがトラック行き交う車道に飛び出して腹ばいのまま轢かれたことになるのだが……。
村から出て、数歩で、ゴブリンの前で、事故死。
それに加えて、その目の前で原始的な石斧を構えたゴブリンになってしまった。 なんのバグなのか、と考える前に、周囲のオレだった物への視線が痛い。 あまりにも、間抜けな死に様で、周りがあっけにとられているのだが。
これ、殺されるな。 このままだと、ゴブリンとして。
だから、オレは必死で逃げ出した。 身の丈に合わない剣を拾ったゴブリン一匹では、「はじめてのクエスト」ではあっても、集団で「迎え撃ってくる」冒険者には、とうてい勝てない。
―――
ログアウト、できない。 というか、サーバーとの通信が、切れない。
ゴブリンの天幕の中で、頭を抱える。
死んだニンゲンの装備を剥ぎ取って、装備して帰ってきた、その事には、なぜかゲーム内ではプレイヤーに理解し辛いはずのゴブリン語(※1)で、一通り祝いの言葉をかけられた。
だが、他の略奪品は少なく――荷車は「取り返された」し、自分の村を警備してる……はじめてのクエストでおたおたしてる村人が大した財宝を持ってるわけもなく――他のゴブリンは「シナリオ通り無事に」討伐されてしまったので、多少の叱責を受けた。
で、ゴブリン的などんぐりのパンやら丸焼きのうさぎで食事を済ませ……。
最初にSNSの公式アカウントに挙げられていた「オープニング用」のシナリオを読んだときから受けた印象とは大違いの、ずいぶん文化的なゴブリンの天幕で、頭を抱える。
「どうした、大丈夫か?」
どうも同年代と思しきゴブリンに心配されるが、「ちょっと頭が痛くて」とロールプレイして、とにかく、天幕の隅へ。 頭を抱えながら、サーバーとの通信が続いてるマークに目をやっても、変化なし。
本当に混乱した頭に頭痛を覚え始め、くらくらしながら、隅から眺めていると、本当にこう……、こいつら、設定細かすぎでは、みたいな気になる。
猿酒ならぬゴブ酒を酌み交わし、少しほつれた毛布をひっかぶって寝るゴブリン。
態度からすると美味そうな木の実をかけて、天を仰いで勝利を願いつつジャンケンするゴブリン。
木の枝に石と縄で武器を作るゴブリン。
吹口を工夫して、なにかの笛を作り、木の実と交換するゴブリン。
あまりに生き生きした「仲間たち」の姿に、混乱にますます拍車がかかりそうだが、とにかく、なぜか分かる。 ここは、若いゴブリンの「兵舎」のようなものなのだ。
おれたちは、新米ゴブリンだ。
そして、おれも、新米ゴブリンだ。
何が起こったのかわからないが、もうゴブリンなのだ。
いや、ちがう。 そういうことじゃない。
ログアウトできない、というのは、どういうことなのかわからないが、これは異常だ。
だが、なんら助けが呼べない。 メニューにあるのは、自分のキャラに置き換わったゴブリンのステータス。
もともとの、腕っぷしは強いがオツムはいまいち、という村人のちから自慢といったところのステータスに、ゴブリンの力がそのまま上乗せされたような、村人に負けそうにないステータス。
運営への緊急連絡のボタンが、真っ黒なブロックノイズに包まれて…、なんだこれ。
ログアウトできないだけでなく、サーバーとの通信が続いてるにもかかわらず、通報もできなければ、不気味に脈うつノイズのせいで、通信を切ってのタイトル画面への退出も不可能。
その日は、頭を抱えてるうちに、意識を失った。 そう、寝落ちであった。
―――
翌朝、わかったことがひとつ。 ゴブリンは、思ったより本当に文化的だ。
もうゴブリンになったので、「オレ」たちと書いてもいいか。
戦士階級のオレたちの上、騎士階級、貴族階級、族長階級、王族階級のゴブリンたちは、乗騎の世話から、朝は始まる。 戦士階級の中でも、騎士階級以上の子息は、それに付き合わされる。
そう、オレは、貴族階級のせがれらしい。 それも、三男。 上に二人は兄がいるらしいが、よくわからん。 父は今眼の前で飲み水の用意をして、ご褒美用の岩塩を砕いている。
ともあれ、世話することになる、ゴブリンの乗騎は、ゴブリンと心を通わせられる、ちょっとブサカワな、イノシシ型のモンスターだ。
ゴブリンが前を見て、指示し、イノシシたちは、より広い範囲を見て、それを補佐する。
突撃となれば、人騎そろって前に集中して一直線。
よくわからんが、そういうものだと、知っているようだオレは。
人間と馬の関係に似ているが、草食の馬に比べて有利な点も知っている。 ブサカワイノシシ、「スバン」と呼ばれるそれは、極めて雑食のようだ。
肉の残ったヤギだか羊だかの骨でも、森で採れた果物を吊るしていた枝でも、煮込んで脂を絞りきった獣の内蔵でも、なんでも噛み砕いて引きちぎって食べてしまう。 そう、オレたちゴブリンには食べれないものまで食べて血肉に変えられるほどに。 まあ、芋でもごぼうでも、原種の設定なのか不味そうな物体でも、こねて団子にしておけば、しっかり食べてるのを、朝から眺めてた。
こいつに乗りながら、人間の集落を襲い、狩りをして、皆の食料を得るのがゴブリンの生活を支える仕事、ということになるのか。 プレイヤー知識では豊かな、とは言い難い生活基盤を補う、略奪行為。
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自分が人間なら、「かわいそうなゴブリン」と言われるような、生きるために襲ってくる、立派なゴブリンたち――なんだろうが、自分がゴブリンとなってみると、同情される言われもないな。
飯を食って、略奪…、このゲームの年齢制限的に、ゴブリンが人間の女を拐かして子作りするかどうかは、NOだと思うけど、とりあえず、人類……いや、農家のみんなとか、村を守る新米冒険者どものの敵として、設定を練られた略奪者。
どれだけいきいきしてても、これを蹂躙するのが、手練の冒険者だと思う。
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ともかく、農村と違って、こっちでは、「農家の三男」でなく、「貴族の三男」のようだ。
おまけに、今日からはオレも、ただスバンの世話をしてるのではない。 昨日の生還の褒美に、スバンが一頭与えられた。
父親も友人たちから寿がれて、すごく誇らしげにしている。
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戦利品の剣を片手に、略奪に参加することになった。
正直言って、「剣」の方はいままでのプレイヤー経験と、このゴブリンの体の経験(習熟しているようだ)で補えているが、騎乗のほうは、まだ慣れていない気がする。 とりあえずは、今日のところは、「歩き」で、と思ったのだが、まとめて「車」で運ばれることになった。
なるほど、縄張りが大きく、これだけの若いゴブリンを抱えた集団だ。
おおきな群れ――村と呼ぶには、定住ではないようなので、集落と呼ぶか――はオレたちだけではないそうだが、縄張りが広いだけに、他のゴブリンの縄張りを避け、遠くまで狩りにいくのに、歩きでは能率が悪いというものだ。
人間に比べれば腹の辺りまでしかないゴブリンにとってはすごく大きい、馬を利用した馬車で戦闘員を運ぶらしい。
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昨日まで人間だったつもりとはいえ、今はゴブリンだから、ゴブリンの体でできる戦い方を、考えてみた。 人間は、ゴブリン――初心者なら一度は戦うたぐいの雑魚だからな。――と戦うのに、慣れてしまったがゆえに、慢心が見えるようだ。
そう、言い切るだけの、成果を得た。
ゲーム的には、お互いダメージを示す点滅で済んでいるようだが、致命的なダメージを与えるのは、簡単だった。 ゴブリンの体格は、小さい。 だからこそ、翻弄してやることにした。
自分の隊長と話し合い、取り囲んで人間を倒す方法をとったのだ。
隊長は、オレの装備を見て、羨ましかったのか、装備を剥ぎ取り、自分とその兄弟にわたすことを条件に、乗ってきた。
やったことは単純だ。 人間を囲むのに、木立を利用したのだ。
若く、小柄なゴブリンが多いオレの隊から、樹上で待機する兵を出し、地上と樹上の二重の囲いに追い込み、袋叩き。 木の枝を使った投擲具やら、その辺に落ちてた獣の糞を投げつけ、ひるんだところに攻撃。
鎧のすきま、「カメラ位置」である顔面、どこでも弱点を狙って攻撃。 隊長は「アタッカー」と「タンク」をひきつけ、棍棒で牽制し、そこに樹上やしげみの中から顔を出した俺たちが投擲を食らわせて、スキができれば、囲んでる仲間が畳み掛ける。
自分がやられたら卑怯とも罵るかも知れないが、相手がゴブリンに手加減はしてくれない。 まあ、それで気分がいい辺り…、オレは遠からずモンスターになるのかもな、とは思うが。
しかし…、戦果の方は、他の部隊にまだ叶わなかった、というのも、書いておこう。
オレたちが人間から装備を奪っている間に、他の部隊が、略奪した。
その分の取り分を、人間から奪った装備を……、他のゴブリンに売ることにした。
多少足元を見られた。 だが、結果は上々だった。 だが……長くは続かないな、これは。
まだゴブリン生活始まったばかりのオレは、掠奪したもの――けっこう羨ましがられてたので、こっちはそこそこ高く買ってもらえることになった剣――を、いったんほかのゴブリンに売り、まずは、メンテナンスが可能な装備(※2)へと変えることにしたのだった。
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※1
本来はモンスター語であり、ゴブリンを引き連れたオークやジャイアントも使う言語だが、GMがゴブリンの数も種類もを大量に用意しすぎて、ゴブリン語と通称されるようになった。
※2
このゲームでは、所属している集団が作れない武器は手入れも難しい。
逆にいえば、所属する集団が作れる武器はたとえ高性能で消耗しやすくてもプレイは楽になるわけだが。
ガルヴィの冒険が、はじまります。