花火大会
数日後。俺は花火大会の会場である土手に来ていた。
落ち着かない。その場をウロウロする。こんなTシャツにジーンズで大丈夫かなぁ?とか、顔色悪くないかなぁ?とか、とりとめも無い思考を巡らせていたが、止める。
「何とかなるさっ」
小声で喝を入れた。その時だった。
「何が何とかなるの?」
ドキリ。心臓が飛び上がった。声のした方を振り返る。
―――そこには、涼しげな蒼い朝顔色の浴衣に身を包んだ彼女の姿があった。
「おーい?どうしたの?」
ハッと我に返る。
…思わず見とれてた…。
「あ…あーいや~。とっても似合ってます」
彼女はクスリと笑うと、
「別に敬語使わなくて良いわよ、皇君」
そう彼女は言うと、会場の中心へと歩き始めた。
「あ…ハイ。って待ってっ」
とっさに彼女の腕を掴む。振り返った彼女に、この前のような拒絶の色は無かった。
「とっておきの場所があるんだ。行こう?」
彼女はフッ…と薄く笑うと、俺の掴んだ手を放す。そして、改めて、自分の手を添えた。
「デートなら手位繋がなくちゃね」
彼女は悪戯っぽい笑みを俺に向けると、道を促した。
顔から火が出る。とは正にこの事だった。幸い夕闇に紛れて顔色までは気取られる事は無かった。最も、緊張から来る手の震えまでは誤魔化せなかったが。
歩きながら、他愛の無い話をする。もっぱら話していたのは俺の事ばかりだったが。
「しっかし、ホント良く似合ってるよね。」
彼女は一瞬狼狽の色を浮かべる。
「あ…。べ、別に、アレよ?花火と言ったら浴衣に線香花火とか、良くあるでしょ??」
俺はそんな彼女がおかしくて。可愛くて。笑いながら、この道がずっと続けば良いのに…。そう思っていた。だが程無くして、俺の花火大会時専用スポットに到着した。
「ここだよ。ここからの花火の眺めが最高なんだ。」
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ひゅ~~~…ドオンッ!
色とりどりな花火が上がる。…ウム。今年もキレイな花火だ。
「…綺麗」
隣りで彼女、燈子さんがぽつりと呟いた。何気なく振り向く。
…花火の光に照らされて。心なしかこの前会った時よりも、燈子さんが可愛く見えた。
彼女は一体何者なのだろう。勢い余って下手な告白したり、花火大会に誘ったりしてしまった訳だが…。考えてみたら俺、名前以外の事何も知らない。彼女は全て忘れろ、と言うけれど…。探偵か何かだろうか?それなら理にかなっている気もするが…。
俺は花火そっちのけでずっと考え込んでいるのだった。
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最後の目玉、五尺玉が打ち上げられ、消えゆく火花と共に大会の終わりを告げられる。結局俺はほとんど思考に時間を費やし、花火を楽しむどころでは無かったのだが。
「すごかったわね。今日はありがとう」
その言葉に俺は照れ笑いを浮かべる。
「いやいや。こっちも付き合ってくれて嬉しかったっス」
「…フフ。さて、帰りましょう」
「あ…。」
「何かしら?」
言い淀む。もっと話をしたかった。しかし今、彼女を引き止める言葉が見当たらなかった。
それを見透かした様に彼女が言う。
「ダメよ。これで終わり。私の事は真夏の夜の夢と思って忘れなさい」
俺はうなだれる。…が続けて彼女はこう言った。
「…でももし、運命が繋がっていれば、また会う事もあるかもしれないわね」
その一言に、俺は満面の笑みを浮かべ、
「はいッ!その時を楽しみにしてますッ!」
彼女はじゃあね、と笑みを浮かべながら言うと、俺に背を向け歩き去っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、その運命を手繰り寄せてやる、そう思っていた。