出逢い
ミーンミンミンミンミ~…。
…暑い…。
茹る様な暑さ。歩いているアスファルトも今に溶け出しそうだ。
「あぢぃぃぃ~」
俺はシャツを汗まみれにしながら、坂道を登っていた。好きでこんな事をしてるわけじゃない。
199X年。俺、皇 武は大学の下見に出ていた。勿論入学する為だ。
「チクショ~。アイスでも買ってくりゃ良かったぜ」
いい年?した男子高校生のセリフかなぁ、とふと考える。
…アホらし。
俺は余計な考えを振り払うと、一歩一歩歩き出した。
行く手には校舎がそびえ立っているのが見える。なんだってこんな山のてっぺんにこんな馬鹿でかい大学作るんだ…。ひぃひぃ。
俺はじーさんの様に腰を折りながら坂を登っていった。
ようやくたどり着くと、正門にいた守衛に見学をしにきたと伝える。すんなり手続きは終わり、後はフリーパス。自由に学内を見て良い、という事になった。
「デケェな…これが大学か…。近付くと更にデケェ」
間抜けな感想を漏らしつつ、俺はすぐ側の校舎に入っていった。
自動ドアを潜ると、ヒンヤリとした空気に晒される。空調が利いているのだろう。
「これは…記念ホールってヤツか」
左右に通路が広がり、右手には突き当たりに扉がある。左手奥には一面窓が広がっていて、焼け付く様な日差しが差し込んできていた。
「………。」
そっと、窓に近付く。外は相変わらず灼熱の日光に晒されているようだ。外から漏れ聞こえてくる蝉の鳴き声。大学も今は夏休みらしい。人の気配がない。
差し込む日差しを避ける様に、奥へ引っ込む。そのまま側にあった扉を開ける。目の前には階段。今までいた廊下とは違い、無味乾燥な階段だ。
「裏方の階段かなぁ?」
好奇心に駆られて階段を登ると、一つの鉄扉が。表示は何も無い。ドアノブを回す。
ガチャッ。
鍵は掛かっていない様で、すんなり開いた。そっと、中を伺う。…中には誰もいない。
「お邪魔します…」忍び足で内部に入ると、後手でドアを閉めた。
ここはどうやら放送室の様だった。様々な機材やマイク等が設置されている。眼前のガラス越しには、一度に4、500人は入れるだろうか。それ程の広さのホールが広がっている。
「ひ、広いな…」
皇が眼前に広がる光景に惚けていた時だった。
ガチャッッ!
突然ドアが開き誰かがなだれ込んできた!
女の人…?
俺が声を掛ける間も無く、女性が肩を引っ掴む。
「隠れてッ!」
俺を引っ張りながら小声で言うと、機材の影へ身を潜める。
「一体何…」
「静かに!」
鬼気迫る表情で黙らされ、大人しく言葉を引っ込める。その時だった。
がちゃ。
ドアの開く音。俺とこの人が入ってきたドアからだ。
ヒタ、ヒタ…
慎重な足音。彼女が身を強張らせるのが伝わってきた。
ドクンドクンドクン…。
心臓が早鐘を打つ。訳の分からない状況に焦る。分かるのは今、身動ぎ一つしてはいけないという事。
がちゃ。ばたん。
慎重な足音の主はしばらく様子を伺っていたが、俺達に気付かず反対側にあるであろうドアから出ていった。
…彼女はしばらく様子を伺っていたが、もう気配がしない事を悟ると立ち上がった。
「早くここを出た方が良いわ。死ぬわよ」
彼女は俺に背を向けながら言った。
「いやいやいや。ちょっと待ってよ。今の何なの?」
「何も知らない方が幸せ。って知らないの?この事は全て忘れなさい」
彼女はそのまま、入ってきたドアから出ていった。
やりきれない気持ちを抱えながら俺は立ち尽くしていた。
…早鐘はまだ続いている。さっきのヤツが戻ってこないうちに逃げよう…。
俺は辺りを気にしながら、ドアを開け元の場所へと走っていった。