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賢者と魔法が下手なポメラニアン  作者: 霧丈來逗
3章 帝国との戦争
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55、戦闘開始

だいぶ間が書いてしまって申し訳ないです。







 上から見ているわけではないので全体の戦況はよく分からないが形勢はこちらに傾いているようだった。元々相手は人間でこちらは獣人なので基礎的な身体能力はこちらの方が上だ。とはいえ人間にも優れた人物はいるので油断はできない。


 メライに運んでもらいながら敵を無力化していく。今回の戦争にあたり、騎士団長直々に作戦が伝えられたということを後からキュラスに聞いた。こちらとしては宣戦布告された側であり、相手側に対して特に恨みや野心もない。よって、出来るだけ犠牲を出さないように対処するとの事らしい。しかし、あくまでこちらに降伏の姿勢を見せた者たちに限るので、攻撃の手をゆるめることはしない。味方が甚大な被害を受けてしまうのは本末転倒だからだ。

 出撃前にキュラスに言われた言葉が脳裏を過ぎる。


「『殺らなければこちらが殺られる。情けは無用』か。らしいな」


「それ隊長に言われたんですか?」


「うんそうだよ」


 特に隠す必要も無いので素直にそう伝えるとメライはため息を着いた。


「隊長も甘いというかなんというか。わざわざ忠告するほど心配だったんですかねー」


「それどういうこと?」



 メライの不服そうな様子に違和感を覚え、思わず眉間にシワが寄ってしまう。声にももちろん出ていただろうがメライはそのまま言葉を続けた。


「隊長ってあなたが思ってるより冷たいですよ。物事の優先順位をはっきりさせてるから必要なら俺たちのことだって容赦なく切り捨てるし、使えない新人にまで気を割くことはないですしね」


「そう思ってるんなら君は一体、キュラスの何を見てきたんだろうね」



 恭珠も不快感を露わにしているため言葉に棘が多い。今までとは一転して険悪なムードが漂う中、遠くの方で爆発が起こる。最初は魔法を発動しているのかと思ったがどうやら違うようだった。最初の爆発を皮切りに次々と爆発が巻き起こるが、ここからでは何が原因かまでは分からない。



「新しい兵器ですかね?」


「魔法の気配はないよ。新しい兵器だとしたら元を潰さないといけないけど」



 とりあえず原因を探ろうとメライに抱えられて空中に舞いあがる。爆発が起こった方へ向かうと、怪我をした自国の騎士たちが数多く見受けられた。そのまわりに目立った兵器は見つからない。



「結構被害は受けてるみたいだね」


「あれだけの爆発なら仕方ないですよ。にしても特に何か原因になりそうなものは見つからないですね」


 旋回しながら様子を伺っていると不意に一人の人間が目に入った。理由は明白で、同じタイミングでメライもそれに気づいたようだった。



「あれは…敵の騎士じゃないよね?」


「チッ、あいつら奴隷を使ってるのか!」



 メライの言葉に耳を疑っていると、その奴隷は助けを求める声を上げながらこちら側の騎士に向かって走っていく。騎士はその様子に困惑し思わず武器を下ろしかけていた。しかしそのまま近づいてきた奴隷が騎士の間合いに入った瞬間、爆発に巻き込まれる。煙が晴れると奴隷はもう原型を留めておらず、巻き込まれた騎士も重症を負っていた。

 恭珠はその光景に絶句してしまうが、その間にもあちこちで爆発が巻き起こる。


「恭珠、メライ」



 突然聞こえた落ち着いた声に意識を引き戻される。ハッとして目を向けると案の定キュラスがいた。いつもは仕舞っている翼を広げており、真っ黒な騎士服に身を包んでいるのでよりいつもより威圧感がある。


「奴隷が使われてるね」

「隊長も見てましたか。あいつらいよいよ手段を選ばなくなってきています。今すぐ殺すべきでしょう」

「早まるなメライ。奴隷に罪は無い。彼らは助けを求めているんだ」

「しかし…」


 食い下がるメライを手で制しキュラスは恭珠を見る。



「原理わかる?」

「なんとなくは。多分感知式の魔法が刻まれててある程度の範囲に入ると爆発する」

「やっぱりか。無効化できそう?」

「半々だね。詳しく見ないとわかんない」

「わかった。じゃあ急いで解析を進めて。メライは恭珠の護衛を。奴隷達は他の九番隊で隔離する」

「了解」

「まかせて!」



 キュラスはその返事に頷くとすぐさま飛び去っていった。姿が見えなくなったと同時にどこからかキュラスの声が聞こえる。



『九番隊に命じる。奴隷達を結界で隔離することを最優先事項に設定。間合いに入ると爆発するから近づくな』


 その声が響くと同時に所々から真っ黒な服を着た騎士達が飛び出してきた。ほかの騎士達とは違い二人ほどでペアを組んで戦場を駆け回っていく。次々と走ってくる奴隷達を結界に閉じ込めていくので上から見ていると次々と隔離されていく様子がよくわかった。それと同時に上空に黒い影がいるのに気づく。一瞬敵かと身構えたがよく見るとそれがキュラスであるとわかった。大きな翼を広げて滞空している。


 そのまま様子を見ているとキュラスの右手に魔力が集まるのがわかった。次第に球体になり頭ほどの大きさになるとキュラスはそれを戦場に向ける。すると幾筋もの紫色の光が放たれた。光が降り注いだ先では驚いて一瞬動きを止める騎士たちが多く見受けられる。一体何が起こったのか理解できない者が多くいる中でそれはすぐに起こった。



「奴隷達が…倒れていく?」


 メライが呆然としたまま呟く。その言葉通り、光は奴隷だけを狙って降り注いでおり、騎士たちには全く影響を及ぼさない。これほど広い戦場に散らばっている以上、よほど技量がなければそんなことは不可能だ。それを可能にするのは一重に賢者に選ばれた者の能力の高さだった。



 思わずその様子をぼーっと見ていたが自分の役割を思い出してハッとする。


「メライ!どこでもいいから奴隷の所に連れてって!」

「え、分かりました」



 メライも同じような状態だったが恭珠の声で我に返り、すぐさま戦場に降下する。地面に足が着いた瞬間に恭珠は奴隷を囲う結界に近づいた。


「恭珠様!危険ですから近づきすぎないでください!」

「近づかなきゃわからないでしょ!それよりもメライは周りを警戒しておいて!」


 メライはまだ納得しきれてはいないようだったがひとまず指示には従い、油断なく周りに目を配る。その傍らで恭珠は意識を失っている奴隷たちを詳しく観察し始めた。


 直接見える部分には何も無いし服以外に特に何かを身につけている様子もない。となると服の下に魔法陣でも刻まれてる?

 安全のための結界だが、これがあっては何も出来ないので光魔法で相殺する。


「メライ!奴隷の服だけ切れる?とりあえず背中側」

「出来なくはないけど傷つけちゃっても責任は取れないよ」



 そう言いながらもメライはこちらに来ると手に持った剣を一閃した。すると綺麗に奴隷の服だけが切れる。奴隷の体制も相まって服がはだけたことにより背中に刻まれた魔法陣が顕になった。


「ありがとう!これで分かる」


 恭珠はしゃがみこみ、近づきすぎないようにしながらできるだけ魔法陣に顔を近づけて書かれた内容を必死に読み取る。


「こっちが感知系でそれが爆発の魔法に作用してるからここの接続を切ればバラバラになってあとはそれぞれを解除すればっと」


 独り言を呟きながら魔法を組み立てる。普通ならば紙に書いて新たに魔法陣を作るところだが、生憎そんな暇は無い。頭の中で組み立てた魔法に魔力を流して魔法陣を展開する。対象はとりあえず目の前の奴隷だ。この魔法陣が正常に作用していれば感知系も爆発も一気に解除できているはず。背中にあった魔法陣は消えていた。



 確証を得るためには近づくのが一番なので迷いなく一歩前に足を踏み出す。特に何も起こらない。そのまま慎重に歩みを進めるがなんの問題もない。最後に手を伸ばして奴隷に触れた。数秒経つが何も起こらないことを確認した後、他に何か刻まれていないか魔法を使って調べる。



「よし。これで大丈夫だね。メライ!解除の魔法作ったから私のこと上に連れてって!」

「!?何勝手に触って…とりあえず分かりました!」


 メライはすぐさまこちらに飛んで来ると私を掴んで一気に舞い上がる。最初に様子見していた程度の高度まで上がると戦場の様子がよく見えた。


「イメージはキュラスみたいに広範囲に狙って打てる魔法」


 呟きながら手を挙げ頭上に魔法陣を展開する。広範囲に届かせる必要があるので大きさはできるだけ大きく。そして同時に確実に魔法が届くように探知と追跡の魔法陣を重ねて展開する。このふたつがあれば奴隷達に狙いを定めて魔法を使える。



「これほどの大きさを一人で…」


 恭珠は集中しているためメライの呟きも耳に入らない。順調に範囲を広げていき、ついに魔法陣が完成した。


 恭珠はひとつ深呼吸をすると手を振り下ろす。それと同時に魔法陣が強い光を放ち、白い光があちこちに降り注いだ。狙い通り奴隷達に向けて飛んでいく光は結界を通り抜けてその体に降り注ぐ。光がやんだ頃に恭珠は魔法陣を消した。



「ふうー。久しぶりの大規模魔法は疲れるわ。でも上手くいってよかった」

「さすが…恭珠様は本当に賢者候補様なのですね」



 しみじみと呟くメライにそれはどういう意味かと尋ねようとした時、殺気を感じる。咄嗟に防ごうと魔法を展開するが、強度が足りず地面に叩きつけられた。それなりの高度があったはずだが思ったより衝撃が少ない。ハッとしてメライを見ると翼を使って自分を守ってくれていた。意識を失っているようで反応がない。


 メライを何とかしなくてはいけない。しかし先程、何に攻撃されたのか分からなかった。敵はどこに行った。辺りを見回していると、背後に気配を感じる。勢いよく振り返りそこに立っていた人物たちが目に入った時、恭珠は驚きに目を見開いた。



「せ、んぱい。どうして…」



 恭珠の前にはやや不満げな表情を浮かべる金色に黒が入りまじる長い髪をポニーテールにした緑色の目をもつ女性と獰猛な笑みを浮かべた短い黒髪に深い赤の目を持つ眼鏡の女性が立っていた。それぞれ虎の耳と尻尾、豹の耳と尻尾が出ているので獣人であることは明らかだ。動けないままでいる恭珠の前でひとりが呑気に欠伸をする。


「なんでわざわざ私たちが行かなきゃいけないんだか。しかもちょっと外しちゃったし」


 その言葉に思わず背筋が凍る。先程メライと私をたたき落としたのは先輩だったのだ。これはまずいことになった。


「リアが外すなんて腕なまってんじゃないの?」


「は?ディオはなんもしてないでしょ」


 二人は目の前で喧嘩を始める。戦場だというのに相変わらずだなという感想が現実逃避のように浮かんできた。このままでは事態は悪化するばかりだ。恭珠は意を決して口を開く。



「グローリア先輩、タディオン先輩、お久しぶりです。こんな場所で何をしているんですか?」


 恐る恐るといったふうに問いかけると二人は喧嘩をやめてこちらを見る。すると金髪の女性、グローリアが笑顔で手を上げた。


「恭珠だっけ?私たちと会うのは初めてじゃない?なんで知ってるの?」


 口調は柔らかいが眼光は鋭い。もう一人の女性、タディオンもじっとこちらを見つめている。その圧に飲まれそうになりながらも恭珠は笑顔を作った。


「最近記憶が戻ったんですけど私、ローゼなんです。シャルロッテやキュラス、リザイナと同じ代のオパールの賢者候補なんですけど覚えてませんか?」


 二人は少し考え込んだがタディオンが思い出したように小さく声を上げる。


「ああ、確かにいたわ。就任式当日にいなくなった子ね。でもローゼは大人だったはずで君は子供でしょ?そうは言われても信じられないね」


「確かにローゼって子はいた!というかディオ、本物だろうが偽物だろうがどっちでもいいでしょ?にしても君…なんか変な術がかかってるね。よく見せて欲しいけどそんな時間もないしなー」



 あまり話に興味を持っていない様子に恭珠は焦りを滲ませる。私一人ではメライを連れて逃げることは出来ない。必死に頭を回転させているとタディオンが炎を構えた。あれはまずい…。



「じゃ、私たちは急いでるから大人しくしててね」



 本気で殺す気だと伝わるほどに強い炎。とりあえず守らねばと思い光の盾を展開する。最初はそれで守れていたが途中で雷が加わり、炎に闇が混じったことで負荷が大きくなった。盾にヒビが入り始め、もう無理かもしれないと思ったとき突然攻撃が止んだ。


 突然のことに呆然としていると壊れかけた光の盾の向こうに黒い服に身を包んだ人物が立っていた。紫色の長い髪が風に揺れる。



「キュラス?」


「耐えてくれてよかった。まさかとは思ったけどほんとに来てるとはね」



 キュラスはグローリアとタディオンを見つめたままそう呟く。


「隊長!メライは意識を失ってるだけだから心配ない!」


 ハッとしてメライの方を見ると九番隊の面々が集まっていた。メライの様子を確認し、抱き起こしている。


「なら良かった。マクシミリアンとメナリアで救護まで連れて行って。あと宝石の虎と豹が出たって報告も。ほかの九番隊は邪魔が入らないように援護。ここからはマクシミリアンが戻ってき次第、指揮下に入ること。クレナはいる?」


「ここにいます!」


「ここからは守り切れるか分からないから自分の身は自分で守ること。上空から援護して。ただし自分の身の安全が最優先。いいね?」


「はい!」


「恭珠は動ける?」


「問題ないよ」


「じゃあ合図したらとりあえず私と二人を囲うように光の柵を作って。余裕があるなら私の援護も。クレナに乗せてもらって」


「わかった」



 各々に手早く指示を出すとキュラスはひとつ深呼吸をする。


「では各自、散れ」



 その言葉を皮切りにいっせいに行動を開始する。恭珠は直ぐに魔法で三人を囲う高い柵を作り出し、竜の姿になっていたクレナの背に飛び乗った。自分は戦い慣れていない上にこの体だ。なら、できることをするまで。







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