53、賭け
「シュバルツ…今なんと?」
「ですから、姉上にクレナを連れて行って欲しいんです」
「戦争ですよ」
「もちろんわかっています。でも姉上が出陣なさる戦争だからこそ、行かせたいのです」
まさかの言葉に眉間に皺を寄せる。闇竜の国にいる間は本来の姿に戻っており、いつもと違って無表情で冷たい物言いになるキュラスだったがさすがに看過できなかった。
「クレナがどうなってもいいと?」
「良くないから姉上にお願いしているのです。クレナのことを守ってくださるでしょう?」
「守る守らないの話ではありません。あの子を連れていく必要性が感じられません」
「クレナが私も跡継ぎだからですよ。ぬくぬくとした温室で育ったような王では話にならない。戦いに身を置けとは言いませんが、現実を知るべきです」
シュバルツの言うことは理にかなっている。経験を積ませるために比較的安全だと思われるキュラスがいる戦争に行かせたい。それは理解出来ていた。だがキュラスにも事情がある。
「お断りです。普通の戦争ならまだ許せますが、今回はいけません」
「どうしてです?人間の帝国は強いとはいえ、王国の敵ではないはずですが?」
「あまり人間を舐めてはいけませんよ。強大な力を持つものは一定数います」
「では帝国にはそのような人間がいると?」
「…人間ではありません。私も戦いたくはありませんから」
歯切れの悪い言葉に何かを察したのだろう。それ以上のことを聞いてくることは無かった。しかし諦めるつもりも感じられない。
「クレナは王族としてではなく、単純に力添えとして連れて行ってもらって構いません。戦闘に参加させる、させないは姉上に任せます。それでも納得していただけないなら…」
シュバルツはおもむろに立ち上がり、引き出しから何かを取り出す。それを見てキュラスは片眉を上げた。
「チェスで勝負しましょう。忙しい身なのでブレットの1戦のみでいかがですか?」
「シュバルツ…私が苦手なの分かって言ってますね?」
「さあなんのことでしょう?」
あくまで知らぬふりを通すシュバルツにため息を着く。勝負に勝つしかないか…
「分かりました…。あなたが勝ったらクレナを連れていく、私が勝ったからクレナは連れていかない。それでいいですね?」
「もちろんです。じゃあはじめましょうか。先手は譲ります」
有利な先手を譲るシュバルツに対しキュラスは少し眉間に皺を寄せる。勝負を持ちかけたのだから有利な方は譲ると取れなくはないが、それよりも馬鹿にされているような感覚が拭えなかったためだ。
しかしキュラスは何も言わない。少しでも勝率をあげたかったということもあるので小さなことには目をつぶるつもりだった。もちろん自分が苦手だということも加味しての結論だ。
「では白はもらいます。ブレットなので急ぎましょうか」
******
キュラスに呼び出されたクレナは一人で執務室に向かっていた。言われた通りにシュバルツに話はしたものの、自分に任せろと言われたためどうなったのか全くわからない。信じられないわけではないが、自分が無理を言っている自覚はあるのでダメでも責められない。不安でしかなかった。
ぐるぐると考えていると直ぐに執務室に着く。深呼吸をして扉をノックした。
「どうぞ、お入りください」
名乗る暇もなく扉が開けられ、マクシミリアンに迎えられた。キュラスはというといつものように書類に目を通していた。
「クレナ様がいらっしゃったんですから、一度休憩にされては?」
「仕事が溜まってるの。ブレットなんかするんじゃなかった…」
後半は小さすぎて聞こえなかったが何か悪態をついているような雰囲気が感じられた。それを裏付けるようにマクシミリアンが咳払いをする。
するとようやくキュラスが顔を上げクレナの方に目を向ける。
「来てもらって早々に悪いけど私も色々仕事があるから要件に入らせてもらうよ。クレナも何となく察しはついてるでしょ?」
「私の考えてることが間違いでなければお願いに関して、ですよね?」
少し表情を固くするクレナにキュラスは淡々と続ける。
「結論から言うとクレナを戦争に連れていくことになった」
悪い方の返事だと思っていたクレナはすぐには言葉が出なかった。キュラスは若干嫌そうな表情を浮かべている。
「ただしいくつか条件がある。クレナのことは王族としてじゃなく、一戦力として連れていくからそのつもりで。あとは流石に怖いから私か九番隊の近くにいること。もしかしたら人選は変わるかもだけどそれは追々」
「条件はもちろん飲みます。でも私のためにそんなに戦力を割いていいんですか?」
予想外の言葉にキュラスはじっとクレナを見据える。後ろに控えているマクシミリアンも少なからず驚いていた。
「九番隊には他に多くの仕事がありますよね?よろしいのですか?」
「別に大丈夫。全員が常に着く訳でもないし。代わりにクレナが戦力になってくれれば問題ない」
戦場に連れていく決定について確認するのではなく、戦力を割くことについての確認をする辺りがクレナらしくてキュラスは内心笑っていた。訂正する隙を与えないようにしているのが伝わってくるあたり、相当行きたかったのだろう。一体なぜこんな願いをしたのか甚だ疑問だったが理由がわかった気がする。
「騎士団所属ではないけど一応それなりの服装とか装備はするべきだと思うからシュバルツに相談しておいた。詳しい日程とか動きについては明確になり次第伝える。それでいいね?」
「ええ。一つだけお聞きしたいのですが…」
「答えられる範囲ならいいよ」
「恭珠も…行くんでしょうか?」
予想していなくはなかったが、それが真っ先に出てくるとは思わずキュラスは少し驚く。
「賢者候補だから連れていくよ。今は戦力が惜しいから使えるものは全部使わないと」
「芳しくなさそうなのですか?」
「さあ、なんとも言えないわ。でも、犠牲を少なくするためには注意を払わないと。侮ってて負けました、なんて話にならない」
真顔で言った言葉には重みがある。クレナは改めて目の前の伯母が兵を率い、国を守る賢者だということを実感させられた。そして、それはクレナ自身も背負わなければならない責任。当たり前だが、キュラスとクレナでは月とすっぽん。クレナ自身もわかっていたつもりが、どうやら甘かったようだ。
「とりあえずクレナにも働いてもらうわけだけど、覚悟はいい?」
「はい。もとより私が望んだことです」
真剣なクレナの表情にキュラスは満足気な笑みを浮かべる。一瞬だけ後ろに立つマクシミリアンに視線を向けると呆れた顔でこちらを見ていた。マクシミリアン自身はクレナを連れていくことにもとより反対していた。それに彼は人を殺してトラウマに苦しむ者がいること、非情になりきれずに死んで行った者がいることも知っている。実際に何人も見てきた。それなのにクレナに許可を出したキュラスに対して呆れていた。
「よし。じゃあもう行っていいよ。そんなに時間があるわけじゃないしね」
「分かりました。それでは失礼します」
少し嬉しそうな様子が垣間見えるクレナが部屋を出るとマクシミリアンはため息をつく。
「あんたも甘いな」
「そう?チャンスは誰にでも平等に与えられるべきだと思わない?」
「どうせろくでもないこと考えてるんだろ」
「バレてたか」
キュラスは頬杖を着きながらニコッと笑う。
「どんな事態でも冷静でいられなくちゃ、王たる資格を有さない」
「だから何も知らせずに行かせるってことか」
「それに戦争で戦うってことを実感してもらう」
「…本気で人を殺させるのか?」
キュラスは何も言わずにただ笑った。無言から意志を読み取ったマクシミリアンは遠い目をする。それと同時に昔のことを思い出してしまった。
「…あんた、俺のこともそうやってつれてったよな」
「ああ、そんなこともあったね。でもマクシミリアンの場合は人のこと殺せるって知ってたから別の理由だったけど」
「ああそうかよ。あの王女様も乗り越えられるといいな」
ぶっきらぼうながら心配する優しさを含んだ言葉だったがキュラスは何も言わず肩をすくめる。ただしマクシミリアンにはキュラスが笑っているようにみえた。




