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賢者と魔法が下手なポメラニアン  作者: 霧丈來逗
3章 帝国との戦争
59/62

52、お願い





 正直言って忙しい。ほんとに色んなところに手が回らなくなりそうだ。だがそうなってしまえばどこかにしわ寄せが来て誤算が生まれる。今の状況で大きな誤算が生まれてしまえばそれはどう転ぶか分からないため非常にまずい。


 さすがに目が疲れてきたので書類から手を離し、伸びをする。



「いい加減、休憩しろよ」



 紅茶を置きながら呆れたような視線を向けている人物を無感動に見つめる。



「マクシミリアンって紅茶淹れられたの?」


「失礼だな!このくらいできる!!」



 肩を竦めながら恐る恐る紅茶に口をつける。香りもいいし美味しい。いったいいつの間に…



「練習したの?前はできなかったよね?」


「そりゃー親愛なる隊長に休んで欲しかったですから」



 やけに親愛なるを強調して、ずっと休みを取らない私へ嫌味を言ってくる。特に気にしないので聞き流して軽く肩をすくめた。また不満そうにマクシミリアンがため息を着く。



「あのさー、そんだけ仕事すんのはいいけど倒れたらいちばん困るのは副隊長の俺なの。分かってる?九番隊の副隊長兼あんたの秘書みたいになってる俺!」


「確かにそうねー。マクシミリアンっていつから私の秘書みたいなことしてるんだっけ?」



 まるで話を聞いていないような私にマクシミリアンが顔をひきつらせる。



「知らないし俺が聞きたいね!!だいたいなんで俺なの!?もっといい人材いるでしょ?」


「まあ向いてるってだけ取ればいるけど、騎士団に繋がってる方がいいし、気心知れてる方が私が無理言いやすい」


「あんた自分が無理言ってる自覚はあるんだ?だったら俺の要求聞いてくれても良くない?」



 私は目の前で荒々しく処理済みの書類を整理する人物に視線を向ける。



「なに?なんか要求したいことでもあるの?」


「あるわ!!もうちょっと休みをくれ!俺にもあんたにもだ!!あと俺を騎士団の方に行かせてくれ。ここだと貴族共と鉢合わせするんだよ」


「マクシミリアン嫌いだったねー」


「あいつら腹に一物も二物も抱えてるからめんどくせぇ」



 正直すぎる言葉に思わず笑いがこぼれる。



「さすがに不敬だと思うけど?」


「別にいい。こっちには闇の賢者様がいるんだ。大抵の事はなんとかなる」



 またしても笑いがこぼれる。全くこいつは…


「頼みの綱の私にそんな態度とってることに関してはいいの?」


「だいたい隊長はこんなことじゃ怒らねえだろ。そうじゃなきゃ俺はここにいない」



 意外と真っ当なことを言うようになったと感心しているとマクシミリアンが悪い顔をする。



「それに…外ズラはバッチリだし、そう簡単にバレる猫は被らねえよ」


 せっかく感心したのにそれは無駄だったようだ。思わず呆れまじりのため息を着く。



「ため息つくと幸せが逃げるぞ」


「幸せを吸い込む準備をしてるからいい。全く…誰に似たらそんな猫かぶりになるの?」


「お?自覚なし?ガキは近くにいる人の影響を受けるんだ」


「つまり私と言いたいんだ?」



 目を細めてマクシミリアンを見れば小馬鹿にしたような笑みが返ってくる。ほんとにこいつはいらないとこばっかり私に似てくる。



「さあ?誰とは言ってなかったからな」



 不遜な笑みをうかべるマクシミリアンにはさすがに頭痛がしてくる。対して私に不利益はないがこうなるなんて思わなかった。もう一悶着起きそうだったところで扉がノックされる。



「はい」


「失礼します」



 入ってきたのはマクシミリアンが言うような腹に一物も二物も抱えている貴族…ではなく、クレナだった。後ろには恭珠もいる。



「クレナ?急にどうしたの?」



 さすがに驚いたので、紅茶と目を通そうと思っていた書類を置く。滅多にここには来ないはずなのに…。それに恭珠まで連れてくるなんてなにかあったの?



「急にごめんなさい。キュラス伯母様にお話したいことがあって来たのですが…」



 クレナが一瞬マクシミリアンに視線を向け、当のマクシミリアンは伯母さんってどういうこと?と私に視線で訴えかけてくる。

 恭珠はこれは誰だ?と私に目と表情で示している。気を使ってるんだろうけどみんな直接言わないので面倒。でもいい機会だ。今後は関わる機会が増えるだろうからここで一度紹介しておくべきか。



「クレナ、話に入る前に一度紹介だけさせて。みんなもいいね?」



 全員が同意だとばかりに頷く。それを見て私はマクシミリアンを指さす。



「九番隊の副隊長兼私の秘書みたいなことしてるマクシミリアン」


「ご紹介に預かりました。マクシミリアンと申します」



 マクシミリアンが外行きの猫をかぶり丁寧に一礼する。



「キュラス直属の部下?」


「だいたいあってる」



 恭珠が私に確認する。だいたいそれであってるので詳しくは言わない。余計なことは言わない方がいい。恭珠は納得したようで一礼を返していた。

 今度はマクシミリアンが私のことを呼び捨てにした恭珠が気になったようで少しまゆが上がった。さすがにポーカーフェイスが鍛えられているのであからさまではないがそのくらいは分かる。まあいくらクレナと一緒にいるとはいえ私のことを呼び捨てにできる人なんてたかが知れてる。


 私が視線で恭珠に次を促す。



「えーと火丸恭珠です。一応キュラス達と同い年なんだけど、色々あってこうなってるんだよね…一応光の賢者候補で、そっちだとローゼって名前になってるのかな?」


「…失礼ですが、もしや以前も賢者候補だったのではありませんか?」



 私はついマクシミリアンの方を見てしまった。まさか覚えてるなんて思わなかったしよく気づいた。何も言わなかったがたぶん私の行動から察したのだろうマクシミリアンは心外だと言わんばかりの表情で私を見る。



「あれ?知ってたかー。そうそうそれが私。今更だけど戻ってきたんだよね。改めてよろしくねマクシミリアンさん」


「呼び捨てで構いませんよ。恭珠様」



 いまだに様付けに慣れていない恭珠が顔をひきつらせる。昔賢者候補だった時も散々呼ばれただろうに…。



「恭珠、慣れるしかない。賢者候補もだし賢者になったらずっとこれだから」


「じゃ、じゃあ公の場以外は?別にいいでしょ?」



 どれだけ嫌なんだか…

 さすがにこれ以上は酷なので強要はしない。それに公の場以外で周りに対応を変えることを許しているのは私がいい例だ。ばれなければ問題ない。



「別にいいよ。親しい人だけの時って制約はつけるけど」


「…よく耐えられるよね?」


「何が?」


「様付けで敬われるの」



 私は特に気にしたことはなかったのであいまいに笑う。クレナも同じような心境らしく首を傾げている。まあ環境のせいとしか言えない。忘れてそうだけど私もクレナも王族だから。



「王族って常にこれだから嫌でも慣れるの。生まれた時からなんだから別になんとも思わないかなー」



 私もクレナの言葉に頷く。恭珠はそうだったとばかりにため息をついていたが嫌そうに顔をしかめている。確かに恭珠こういうの嫌いだし仕方ないか。

 一方のマクシミリアンは面白いものを見るように笑っている。



「…マクシミリアン、でいいんだよね?私が呼び捨てにする代わりに私的な場では様付けやめてくれない?」



 本来ならば恭珠の方が立場が上なので呼び捨てをするのは当然だ。なので取引になる内容ではないのだが、まあ今回は多めに見よう。どうせマクシミリアンだし。



「かしこまりました。恭珠さん」



 まだ嫌そうだけどこれ以上は慣れてもらうしかない。マクシミリアンもわかっているからこれ以上の譲歩はしない。私としてはいい加減慣れてあきらめて欲しいものだ。



「次、クレナ」


「はい。クレナ・クラウロス・ミラルーシェです。伯母がお世話になっております」


「否定しないけど…伯母さんってよばれると一気に年取ったみたい」


「でも事実ですよね?」



 クレナは軽く会釈をする。王族としての教育の賜物かその所作は綺麗で隅々まで意識が行き届いている。私もそういう所作は未だに体に染み付いてる。



「お目に書かれて光栄ですクレナ殿下」

「今は私的な場ですので『殿下』は無くて結構ですよ。それに堅苦しいのはあまり好きでは無いので」

「ではそのように」

「あ!マクシミリアン私も!!」



 慌てて付け足す恭珠にマクシミリアンが笑顔を向けて頷く。こいつ絶対面白がってるな…。外ずら完璧だからたぶんわからないだろうけど。


「言っとくけど、マクシミリアンは見たままの性格じゃないから油断しない方がいい」


「閣下…否定はしませんが、失礼です」


「否定しないの!?」


 恭珠は思わずといった風に声を上げ私とマクシミリアンを交互に見る。

 私はただ肩をすくめ、クレナは苦笑いしていた。恭珠は腹芸に弱すぎるのが玉に瑕すぎる。若干呆れ交じりで恭珠を見つめていると何か言いたげな表情で固まる。



「恭珠なに?」


「いやー…上司と部下にしてはだいぶ気安いなーと思って。もしかしてだけど…番?」


「「は?」」



 思わず低いトーンの声が出てしまった。マクシミリアンも同様だ。どこをどう切り取ったらそうなるのかわからないがさすがに心外すぎる。


「いやー。別に確証とかはないんだけどお互い容赦ないし気心きいてそうな感じだったからさ。それになんか信頼感とか伝わるし。いやー別にばらしたりしないから…「ちょっと待った」」


 そのままつらつらと話す恭珠に一瞬あっけにとられたが慌てて止めに入る。昔から変に勘がいいのに肝心なとこ外すんだった。若干懐かしさを感じていたがちらっと見たマクシミリアンの表情が引きつっており、目が笑っていなかったのでおもわず笑ってしまった。

 笑ってる場合じゃないだろ、という抗議の視線が私に向けられて苦笑いをする。あなたポーカーフェイス保ててないし。



「マクシミリアン…」


「失礼しました。…あまりにも心外だったもので」



 恭珠は首を傾げている。さすがにこの反応で分かるでしょ。クレナも苦笑いしているんだから。



「え?違うの?」


「「さすがにありえない」」




 クレナが耐えきれずに吹き出す。にしてもなんでこんなに被るんだか…



「恭珠、そんなわけないじゃん。だって、どう考えても違う」


「え?そうかな?やけに仲良さそうだけどなー」


「マクシミリアンはどちらかというと家族。仕事なら優秀なビジネスパートナー」


「私も閣下と同じですね。恋愛対象ではないです」





 マクシミリアンと目が合う。絶対同じこと考えてる…。私もさすがにマクシミリアンを恋愛対象とは見れないわ…色んな意味で…






「ほらね。それにキュラス伯母さんの番はシヴァイゼル様でしょ?」


「クレナ何を言ってるの?」


「え?違ったの?」





 クレナも何を言ってるのか…マクシミリアンまで目を見開いてるし…



「全然違う。シヴァイゼルは確かに仲がいいけど、この前再会したばっかりでしょ?番なんて話はない」


「えー…シヴァイゼル様はそんなことなさそうだったけど…」


「クレナ何か言った?」


「何も!!」




 絶対余計なこと言ったと思うんだけど…まあ追求しないでおこう。だいたいなんでそんなに私の番に興味あるんだか…

 多分、一生私に番は()()()()と思うんだけど…まあ、教えて余計に突っ込まれるよりはいいか。








「この話はこのぐらいでいいでしょ。それで、どうしたの?」





 改めて要件を聞き直すとクレナはと恭珠が居住まいをただす。一体何を言い出すのか。






「キュラス伯母さん…帝国と戦争があるんでしょ?」


「そう。こっちも黙ってられない状況になったからね。それがどうしたの?」





 クレナの言いたいことが分からないので訝しむような表情になってしまう。





「私たちをそこに連れて行って欲しいの…」


「……は?」




 さすがに自分の耳を疑ってしまった。戦場に連れて行け…か。







「自分が何を言ってるかわかってるの?遊びじゃ済まないところなんだけど?」


「それは…わかってるつもり」


「そう…」





 とは言っても、そう簡単に決められることではない。急にどうしたのか…




「キュラス、私もお願い。光の賢者候補として、恭珠として、役に立ちたい…」


「とは言っても、戦場に行くのは初めてでしょ」


「それは、もちろんそう」





 多分だが、二人が急にこんなことを言い出した原因は焦りだ。クレナは闇竜の国の王女として、恭珠は今までいなかった間の負い目から、焦りを感じている。それがわかっていても、さすがに連れて行けない。戦場はそんなに甘いものでは無いし、今回は特にどうなるか分からない…






「あなた達が考えてるほど甘くない。あそこは直接的に命のやり取りが行われてる。怪我や死ぬなんて当たり前。それが敵かもしれないし、味方かもしれない。まして、顔見知りかもしれない…」


「分かってる…だからこそ行きたいの」


「その重さを、残酷さを、知りたい…」





 無茶なことを言う。恭珠はまだしも、クレナはどう考えてもダメだ。そうはっきりと断ってしまえばいいのは分かってる。





「マクシミリアン…あなたはどう思う?」


「私ですか?」




 急に話を振られて、驚いたようだがすぐに冷静になる。




「私は…反対です。その重さを、残酷さを経験しているからこそというのもありますが、いま一度あなたがたの立場と実力を省みた方がよろしいかと…。あそこは甘えが許される場所ではありません。誰もが命をかけている。そのような場に行くのは、騎士としても、私個人としても反対です」


「だ、そうだけど?」





 恭珠とクレナは悔しそうに下を向く。だがすぐに食い下がってきた。





「だからこそ、この立場にあるからこそ、お願いします。このまま無知のままでいたくない…」


「私も、お願いします。私でも役に立つことを証したいの…」




 強い意志のこもった目で見つめられてため息を着く。本当に頑固だ…





「あなた達、少し頭を冷やして。まずクレナ、あなたはシュバルツと話しなさい。あなただけの問題には出来ない。恭珠は主観じゃなく客観的に物事を見て、判断して」




 私の否定とも肯定とも取れる言葉に不満げにしていた二人だけど、ここで引く訳にはいかない。それがわかっているから大人しく出ていった。このくらいで引き下がるくらいなら、連れていく気は無い。







 二人が出ていった途端、マクシミリアンが私に責めるような視線を向ける。





「なんで断らなかったんだ。今回の状況的に連れていくのはリスクがデカすぎるだろう」


「それは私もわかってる…」




 耳が痛い言葉に思わず目元に手をやる。




「どっちの心情も理解出来てしまうからこそ、無下にはできない。それにあの子たちを連れていけば確かに戦力にならなくは無い」


「命を奪うことに耐えられるのか?」


「さあ?」





 素っ気ない返答にマクシミリアンは呆れたようだった。実際、私にもあんな時期があった…






「個人的には反対だけど、俺は隊長に従うよ。何より俺らを率いる隊長だし、今回の作戦の総責任者はあんただろ?」


「…知ってたんだ」


「なんとなくな…あんたが連れてくって言うならそれでいいし、連れてかないならそれでいい」


「そう…」






 これ以上はマクシミリアンは何も言わなかった。全く、優秀な部下を持つと助かるけど困る。

 




 どうするか…難しい選択を迫られたものだ。

 私は微かに苦笑いをうかべた。









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