51、知らない薬
「所長、上級ポーション三百本追加で用意できました」
「わかった。その他の進捗はどう?」
「はい。今のところポーションの用意は順調ですが数的にまだ中級ポーションと上級ポーションが怪しいですね…」
報告を聞きながら資料に目を通す。基本的には足りているもののまだ万全とは言えない。
「中級ポーションのほうに人員を追加して、上級は私が大釜でまとめて作るから。あと、医療側に回す薬も追加しておいて。それと…魔力ポーションも」
「薬草が足りなくなってきそうですね…」
「そうなりそうならギルドに依頼出すか何とかして対応する。影響が出そうなら報告して」
「はい。では失礼いたします」
部下が部屋を出ると同時に奥の部屋に報告書を読みながら向かう。
ある程度目を通して内容を頭に入れてから人が余裕で入れそうなほどの大釜を出してくる。火にかけてすぐに魔力を含んだ水をいれて壁の引き出しから薬草を取り出して次々に釜に放り込んでいく。少し高い台を持ってきてそこに上り通常より長いヘラで混ぜる。混ぜながら魔力を注いでいるため見かけより手間はかかるし難しい。
上級ポーションは通常より魔力を消費するため、通常の研究者たちは一日に何度もこれを作ることができない。だからこそ自分が作るのが一番効率がいい。
「あ、リザイナ先輩失礼しますねぇ~」
「うん?ああ、フィナか」
研究員とは違う白い修道服のようなものを着たフィナが入り口に立っていた。桜色の髪と目はかわいらしく、彼女の独特な間延び間にもあっている。彼女はふわふわとした笑みを浮かべたままこちらに近づいてきた。
「これは~上級ポーションですか~?」
「そうだよ。よく見ただけでわかったね」
「だって込めてある魔力の量でわかりますも~ん」
「そうか、フィナはその目だもんね」
フィナは何も言わずニコッと笑う。
「まあそうじゃなくても、様子的にわかりますよ~」
「そう?」
私は釜を混ぜながら首をかしげる。
「だって~こんな色の炎使ってるし~光の具合がすごいじゃないですか~」
私はいつもこんな感じだけどやっぱりそういうものか?
確かに炎の色は緑だし部屋には色とりどりの光が水の中のように揺らめいている。普通の研究員達はこんなことはしない。
「だって、めんどくさい。この方が効率いいし早くできる」
「だからと言ってエリクサーの作り方マネしなくてもいいじゃないですか~」
「まあ、真似はできないだろうね」
私は構わず釜を混ぜる。
これは本来であればエリクサー…それに準ずるポーションの作り方。しかし作り方を途中でわざと間違えることで性能が落ち、上級ポーションになる。しかしそれも諸刃の剣で少しの加減だけでダメになってしまう。だからこそこの方法を使う人は少ないしそもそもできない。
これがリザイナが薬学局局長たる所以だろう。
「それで…どうしてここに来たの?」
目も向けずにした問いにフィナがハッとした顔になる。
「そうでした~来た理由を言ってなかったですね~」
ふわふわと笑っているのが声だけでわかる。すると何やらごそごそとやっている音がした。
「あれ?どこにやっちゃったかな~?」
何やら探し物をしているようだがなかなか見つからなそうだ。
「あ、あった!これだ!」
フィナが近くに駆け寄ってくる。
「リザイナ先輩これ作れます?」
フィナが持っていたのは綺麗なポーション瓶で、通常の物とは違い側面にドラゴンのガラス細工がされている。上には栓がされており、そこにも丁寧な細工がされており三日月のモチーフになっていた。
私でも見たことがない装飾が妙に気になり、混ぜているヘラに魔法をかけて手を放しても混ぜ続けるようにする。そしてフィナから瓶を受け取って光に透かす。
「ちょっとリザイナ先輩!手放しちゃって大丈夫なんですか!?」
「んー大丈夫。もう混ぜてるだけでいいから」
フィナが珍しく焦っていて独特な伸ばしが無くなっていたがそんなことを気にしている場合ではない。光に透かすと中は黒や紫に見える。こんなものは見たことがない。
「フィナ、これどこから手に入れた?」
「いや~医療棟の私の机に置いてあったんですよね~これと一緒に~」
フィナがどこからか紙を一枚取り出す。
半ば奪い取るようにしてその紙を確認する。しかし内容はこれを二十ほど用意して欲しいという文だけだった。
裏を返しても何も書かれていない。たったそれだけ。しかし少し心当たりがあった。
「ねえフィナ?この瓶と紙が置いてあったのってだれか見てた?」
「いえ~私も確認したんですけど~誰も見ていないって言ってるんですよね~」
それで少し心当たりに確信が持てた。
紙に少し魔力を通す。するとすぐに紙が光り輝き文字が浮かび上がる。
「ほらビンゴ」
「え?そんな仕掛けがあるの?」
浮かび上がった文字はこの薬の材料、作り方が書かれていた。
「『竜の涙』?」
「って書いてありますよね…あっ」
紙は青い炎に包まれて跡形もなく燃えてしまう。紙があった形跡まで消し去られてしまったので中身を確かめるすべはない。
「うわ~消えちゃいましたよ!?どうしましょう!?」
「別に平気。さっきので覚えたから」
私は瓶を机に置いて材料が入った棚をあさる。
これも違う、これでもない…どこにあった?
夢中で探す私にフィナが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「リザイナ先輩~何探してるんです~?」
「ん、使う材料…でも、さすがに無いか…」
思わず髪をくしゃくしゃにしてしまう。それを見てフィナが余計に不思議そうな顔をした。
「あ、ここにいたんだー!!探したよ!!」
「シャル…ちょっと静かに」
「わ~シャル先輩じゃないですか~!リザイナ先輩に用事ですか~?」
それぞれ違った反応を示す。相変わらずリザイナは考え込んでいてフィナはふわふわとした笑顔を浮かべている。
「そうだよー!フィナも用事あったの?」
「はい~一応要件は終わったんですけど~リザイナ先輩がこんな感じになっちゃって~…」
さすがにこのままではいられないので一度思考を切ってシャルの方を向く。
「シャルはどうしたの?」
「んー大した用ではないんだけどさー…進捗を確かめにきたってのが正しいかな。あとは、様子を見にってところ?」
進捗…とりあえず報告書見せるのが早いかな?
報告書をシャルに渡す。定期的に部下に数をまとめた報告書を出させてるから確認しやすい。
「結構順調だね。この調子ならいけそうかなー」
「うん、今のところ問題はない。私も上級ポーション作ってるし」
私が指さした釜を見てシャルが納得したように頷く。
「これ上級ポーションね。だからこんな色になってるのか。というか、手放して大丈夫なの?」
「別に大丈夫。もう混ぜてるだけで出来るから」
怪しげなものを見るようにしてシャルが釜を見て中を覗き込む。しかしすぐに顔を顰めて戻ってきた。そんな顔になるものだろうか?
「そういえばリザイナは何を考えてたの?」
「ん、ああ…フィナが持ってきたんだけどさ、『竜の涙』って薬知ってる?これなんだけど」
さっきの瓶をシャルに渡す。シャルは私と同じように光に透かして見た後栓を開けて匂いをかぐ。
「ねえ、これ使ってみた?」
「いや、さすがに危なすぎるでしょ」
「じゃあやってないんだね」
シャルは何の迷いもなく中身を手に出してそれを舐めてしまった。
「シャル!」
「シャル先輩!?」
慌てて駆け寄ろうとしたけどシャルが大丈夫だとでもいうように手をひらひらする。そして瓶の中身を見つめたまま考え込んでしまった。
「…シャル?なんか大丈夫?」
「え?ああ、別に大丈夫だよ。毒だったとしても相当強くなきゃ私には効かないし、これはどっちかというと回復薬寄りかな?」
シャルは相変わらず瓶を回しているが、こちらは肩の力が抜けてしまった。フィナも同じようで安堵のため息をついている。
確かにシャルは大抵の毒に対する耐性を持っているから致死量でも簡単には死なないけど、これは私でもわからない類の薬だ。もし毒薬なら私でも対処法がわからず、最悪死んでしまうかもしれない。それをわかっているのだろうか。まったく、気が抜けない…
「残念だけど私もわかんない。これ『竜の涙』って名前なんでしょ?キュラスに聞いたら?」
「あ、それもそうですね~!なんか薬だったのでリザイナ先輩に相談しに来ましたけど、そのてがありました~!」
「でも最初はこの薬の名前すらわからなかったじゃん。私に来て正解」
そこまで言って紙に書いてあったことを思い出す。たしか、これを二十ほど作ってくれという内容だった。私に直接届ければいいのに医療棟のフィナのもとに届けた。それにわざわざあんな紙まで使って…
私はあることに思い当たった。もし私の考えが正しければこれはキュラスに相談しない方がいい。それどころか隠しておく必要がある。本人に聞きに行くこともできるけど、乗ってあげるのもいいか。
「何笑ってんのリザイナ。なんか気づいた?」
「うん、ちょっとね…」
私はシャルから薬を受け取り栓を締める。
「これはキュラスにいわない事にしよう。たぶんキュラスに聞いたらすぐわかっちゃいそうだし、それじゃあ面白くない」
「ふーん…で、本音は?」
「私の勘。たぶんこれはキュラスに秘密で作らなきゃいけないものだと思う」
「え?隠すんですか?わざわざ?」
フィナは分からないと首を傾げる。その一方でシャルは面白そうな顔をしている。
「なるほどねー…いいよ?私も協力する」
「え?そんな軽い感じでいいんですか?だってキュラス先輩ですよ?」
「えー別にキュラスが相手だって隠し事が出来ないわけじゃないよ?」
フィナは嫌そうな顔をしている。
「まあ、面倒であることには違いない」
「でも今忙しいからいつもより簡単だと思うけどねー」
シャルが苦笑いで言った言葉に二人は首を傾げる。
「ほら、これだよ」
シャルはそのまま人差し指で頭をトントンする。
それを見て二人は途端に嫌そうな顔をする。
「だから大丈夫だよ」
あっけらかんと言い切るシャルにため息をつき改めて瓶を見る。
「ねえシャル、黒花って知ってる?」
「え?ああ、夜に咲くやつ?」
「そうそう。あれ結構量いるんだけど…」
シャルは心当たりを探るように考え込む。
「いくつくらい?」
「ざっと五十くらい?」
「五十!?そんなにいるの!?」
シャルは飛び上がるような勢いでこちらを向く。まあ、だいぶ貴重な薬草だしそうなるのも仕方ないか…
「どう?他はこっちで何とかなりそうだけど」
「…はあ、わかったよ。二、三日中には用意しとく」
「お、ありがと。じゃあいけそう。ばれないように隠しといて」
「私は強制ですか…」
ノリノリな二人の中でフィナだけが頭を抱えていた。
その頃のキュラス
「ハックシュン!…こんなとことで風邪ひくとか最悪なんだけど。噂してるだけならいいけど…」




