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賢者と魔法が下手なポメラニアン  作者: 霧丈來逗
3章 帝国との戦争
57/62

50、様々な動き

後半、線から下は拷問とかあるので残酷描写注意です。





「はああ」

「どうしたの恭珠、そんなに大きなため息なんかついて」



 机に突っ伏している恭珠にクレナが声をかける。クレナも理由はなんとなくわかっているためその行為自体を咎めたりはしなかった。



「だってさー、こんな状況なのに私は何にもできないまま学園にいるわけでしょ?ほんっとにつまらないし、忙しいんだよね」




 髪の毛先をくるくるといじりながら恭珠はすねたように言う。それを見たクレナは苦笑する。



「まあ、それは私も同じじゃない。私だって相変わらず学園にいるだけよ。それで?忙しいっていうのは?」



 今度は恭珠が顔を上げてクレナにジトっとした目を向ける。




「あの三人私にあれこれ相談持ち掛けてくんの。意見が聞きたいとか何とか言ってしゃべっちゃいけなそうなことまでベラベラと…それを聞かされるこっちの身にもなって欲しいよ」

「え?そんなにいろんなこと恭珠は知らされてるの?」



 少し考えて首を振る。




「騎士団の団員よりちょっと知ってる程度、いや、むしろ知らないのかな?」



 あいまいな様子にクレナは呆れたようだった。




「自分でもわかってないの?相談されてるのに?」

「いや、わかってはいるんだけど全てを教えてくれるわけじゃなくて、断片的にだけ教えられてそこからアドバイスを…って感じだから比べようがないかな」




 ふーんと微妙そうな返事を返すクレナに今度は恭珠が苦笑いを浮かべる。



「別に私もいらされてない事の方が多いからそんなにすねないでよ、クレナ」

「え?すねる?」



 



 どうやら本人は無自覚だったようだ。



「さっきから言葉にちょっととげがあるし、気になってるみたいじゃん?」

「そんなことないよ。それに気になってるのはみんな同じことでしょ?」



 



 ほら、とでもいうように向けられた手につられて周りを見渡す。




 そこかしこでクラスメイト達が和気あいあいと団らんしている。それだけならいつもと変わらないのだが、話している内容はもっぱら今回の戦争に関して。相手が帝国ということもあってか、いつもより興味が集まっているようだ。













「みんな勝つことは疑ってないんだね」

「え?」





 クレナが思わず恭珠の方を向く。




「いやだって、帝国ってだいぶ大きい敵なはずでしょ?なのにみんなこんなに和気あいあいとしてられるんだーって思ってね」

「…そうでもないよ」




 今度は恭珠がクレナの方を向く。



「もし、ここで負けるなんて口にしたら自分の父や兄弟を死地に送ると言っているようなものだもの。内心はどう思っているのかわからないよ?建前で言ってるか、本心から言ってるかはわからないけどね」

「そっか、それもそうだね…」






 恭珠はそこまで見ているクレナをまぶしく思った。寿命が長い竜で王女とはいえまだまだ少女と言って差し支えない年齢だ。それで記憶が戻った自分を堂々と諭してくれる。思わず優しい笑みがこぼれる。







「ちなみに()()()()はなんて?」

「どういうこと?」





 クレナは大きく口を動かしはっきりと言葉にする。


()()()と思ってるの?」

「ああ、そういう事」




 言外にクレナは本気で勝利を確信しているのかを聞いていた。心配する気持ちもあったのだろう。しかし、恭珠は変わらず笑う。





「みんな意外と馬鹿だからねー。それに自信家なんだよ」

「そんなことを言えるのなんて恭珠ぐらいだよ」






 クレナは安心したように笑い、恭珠も穏やかな表情でクラスメイトを眺めていた。


















__________________________












 誰もいない暗い廊下にコツコツと足音が響く。

 石で囲まれているためここは年中肌寒い。それに何か良くない雰囲気があるためここにはあまり来たくなかった。紫髪のやつに聞いたら『ああ、私が定期的に抑えてるけど()()()()()はいるよ?なんとなく不安を煽るし精神的に弱ってくれたら助かるからちょうどいいんじゃない?』なんて軽く返されてしまった。

 正直()()()()()は苦手なのだが、原因がわかっているなら対処の仕方もわかっているためとりあえずはおとなしくしている。








 歩いていくうちに両脇が鉄格子に変わっていく。使われていないものがほとんどだが血の跡や鎖が生々しく残っているためあまりいいものではない。

 牢の中にいる者たちには目もくれず通り過ぎていき、もう一つ階段を下りる。時折聞こえてくる悲鳴は気のせいではないのだろう。だんだん近づくその声に顔をしかめながら歩みを進め、やっと目的の場所へたどり着く。




 鉄格子がはめられた扉を開けて中に入ると椅子に拘束され、虚空を見つめ叫び声をあげている男性とその正面に足を組んで座り何かを読んでいる女性がいた。

 女性の方は叫び声など一切気にした様子もなく、むしろゆったりしているように見えた。








 最近増えた趣味の悪い光景にため息をついて声をかける。





「キュラス、進展はどう?」




 その声が聞こえたらしい紫髪の女性は顔を上げてこちらを向く。



「ああ、シャルか。まあまあかな」





 絶えず聞こえる叫び声が邪魔になったらしく、キュラスが手をひと振りする。すると虚空を見つめていた男の目が閉じられ首がだらんとしたに下がった。







 改めて周りを見渡す。



「ほんと悪趣味だねー…」

「別に私の趣味でも何でもないんだけど?」


 嫌そうなキュラスに追い打ちをかける。



「こんな拷問器具いっぱいある部屋で叫び声聞きながらリラックスできるのに?」

「いや、べつにリラックスはしてないけど…慣れ」




 改めて顔を顰める。


「私はそうはなりたくないね」



 キュラスは苦笑していた。そして読んでいた紙を差し出す。

 私はおとなしくそれを受け取り目を通す。



 


「さすがに訓練された密偵でも()()には耐えられないみたい」

「そりゃあ連日ひどい悪夢とか恐れてるものとか幻覚なんて見せられたら正気を保ってられないでしょ?」

「ああ、たまにいるよ?異様に精神力が強い人」

「いるの!?」




 驚きのあまり大声で叫んでしまった。私も軽くどんなものを見せられているのか第三者視点で見せてもらったけどあれはきつい。きついなんて言葉では言い表せないほどの地獄だ。さすがに肉体が鍛えられていてもあれを前にしては無意味としか言いようがなかった。

 例としては、大量の巨大な虫が体を食い破って皮膚の下で蠢いていたり、半ば怨霊と化している幽霊(ゴースト)がまとわりついてきて恨み言をずっと言ってきたり、オークやゴブリンに犯されたり、あとはその人の苦手なものが絶えず出てきたりする。








「まあ、数人くらいだけどね」

「で、その人たちはどうしたの?」

「私が直接精神の中をのぞいた」




 なんでもない事のように答えるキュラスにさすがに引いた。



「精神崩壊してなかった?」

「やりすぎた人以外は…」



 ますます引いた。というかそんな危ないことをしていたことにも引いた。

 



 精神を除く魔法はあるが下手をすれば術者まで精神崩壊してしまう。そこに関してはキュラスだし心配はしていないが、あれはかけられた方にも相当な負担がかかってしまう。この国でこれが安全に使えるのは片手で数えられる範囲の人だけだろう。







「普通の拷問じゃダメなの?」

「訓練されてるような人たちもいるし、殺さないように治療するのが面倒だし、だんだんやることが限られてくるでしょ?それよりだったら調節すればいつまでも続けられるこっちの方が楽でしょ」





 密偵に関してキュラスは全く拷問をしないわけではない。最初に相手の様子を見ながら少しづつ肉体的な拷問…例えば爪をはいだり骨を折ったり…する場合も多い。だが、その後は精神的な拷問を行う。理由はその方が楽だからという簡素なもの。肉体的な拷問をせずに精神的な拷問を行うことも多い。






「まあ、やれる人がいないんだけどね」

「ほんとだよ。仮にできたとしてもすぐ精神やんじゃうからなー…」




 キュラスは優し気な笑みを浮かべる。



「なあに?私の神経が図太いって言いたいの?」

「いや、そんなことはないです。はい!」




 冗談だとわかっていても怖いものは怖い。キュラスはくすくすと笑っていた。




「もう、そんなだから一部で『悪魔様』なんて呼ばれるんだよ」




 さすがにキュラスも笑顔が固まった。


「なんでそれ…」

「知ってるかって?結構聞くよ?まあ、言ってることも分からなくないしねー。尋問してるときなんか笑みまで浮かべちゃって…あれはもう『悪魔』でもしょうがないでしょ」




 キュラスが目元を押さえる。


「あくまで()()()()()()()()()()そんなことしてるんだけど?」

「まあ、よかったんじゃない?尊敬も含めてるみたいだし?」

「尋問官から、ね?」






 キュラスのこの様子を見ていると言い負かせたようで少しうれしかった。()()で揶揄えるのは私だけだ。ほかの者達はここに近づきもしない。リザイナがかろうじて牢まで連れてきてくれる程度だ。一度連れてきたことはあったけど、皆総じて『こんな悪趣味なところ二度と来ない』と言っていた。適材適所らしい…




 まあ、間違ってはいない。確かに私たちが裏の仕事を請け負っている。が、さすがに失礼だし人手は足りない。戦争ともなると多くの情報を聞き出さなくてはいけないし、そもそもの人数も増える。大変なのだ。









「じゃあ、私はそろそろ行くよ」


 キュラスに紙を返す。


「わかった。私は続きといこうかな」




 伸びをするキュラスを見る顔はどうしても複雑な表情になってしまった。




「あんまり根を詰めすぎないで大概にしときなよー」




 キュラスははいはいとばかりに手を振る。そして立ち上がると椅子に拘束された男性の様子を確かめていた。







 その様子をしり目に部屋を出て階段を上がったくらいでまた叫び声が上がり始めた。


 さすがにキュラスには休んでもらいたいがそうもいかず、やれやれと首を振りながら私も自分の仕事に戻った。

















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