47、竜の国から獣人の国
行ったり来たりするので確認しておきます。
イレーネ、アリス、キュラスは同一人物でそれぞれ、本名(ミラルーシェでの呼ばれ方)、偽名(学園の時から本名として使っていた)、賢者名です。
昼食を食べて店を出てからはゆったりと街を見て回った。
最近はみな仕事が立て込んでいてゆっくりする時間がなかったため良かったとも言えるだろう。
四人の顔はまさに学園にいた時のように気が抜けリラックスしていた。
賢者とはいえ一人の人間…この場合は獣人か…なのだ。こういった時間が必要だと分かっていてもなかなか取れないし、国民の目というものがどうしても気になってしまう。
ミラルーシェという、自分たちがほとんど知られていない土地で遊べるのは四人にとって何より楽しいことだった。
その日の夜、人知れず城をたつ者がいた。
その人物は一頭の竜となり、夜空に飛び立つ。
城から飛んで少しすると、その竜は見晴らしのいい崖のような場所に人型になり降り立った。
降り立った人物…イレーネは二つの墓石の前で立ち止まる。
「ご無沙汰しております。お父様、お母様。本日はご報告にまいりました。」
イレーネは懐から何かを取り出し地面に撒いた。
そして、樹と水属性の魔法を使う。すると、墓石を囲むように綺麗な花が咲いた。今は夜なので花は咲かないはずだがその花は綺麗に咲き誇っている。それだけでは無い。淡い光を放っているのだ。青白い光、とても優しい光だ。
「他国で見つけた珍しい花です。夜はこのように淡く光ります。夜が明けてみれば分かりますが、日があるうちは光りませんが白い美しい花であることは変わりません。枯れても直ぐに種ができるので直ぐに次の花が咲きますきっと一年中花が咲いていると思いますよ。ここは夜空が綺麗に見えますがそれだけでは寂しいでしょう?」
そこまで言うとイレーネは膝をつき、これまでどうしていたか、今はしていること、大事な友達ができたことを順番に話していく。
「お父様、お母様。私には今大切にすべき仲間が出来ました。また、居場所も出来ました。あの当時では考えられなかったことです。私は今、幸せですよ」
イレーネは心からの笑みを浮かべる。
すると、優しい風がイレーネを撫でた。それを目を閉じて受け入れる。まるで、両親に撫でられているような、声をかけて貰っているような気がした。
風が収まるとイレーネは立ち上がる。
「これからはこちらにも来やすくなりました。ときどき報告に来ることが出来そうです。不肖の娘ですが、これからも見守っていてください」
最後に微笑むとイレーネは振り返って歩いていく。イレーネが振り返ることはなかったので気づかなかったが、淡く光る花の中に二人の男女が立っていた。どちらも黒い髪と目をしていてイレーネの面影がある。
寄り添って立つ二人は優しい笑顔を浮かべている。その二人はイレーネが竜となり姿が見えなくなるまで見送っていた。
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「では、友好の件、よろしくお願いします」
「はい、もちろんです!長居をさせて頂きありがとうございました。おかげで楽しかったです。」
シャルロッテの言葉に見送りに来ている国王、王妃、王太后そして宰相は笑顔になる。
「それは良かったです。私達も色んなお話を聞くことが出来て嬉しかったですよ」
「ええ、長く生きているけど知らないことも多いですからね。いい機会になりました」
女性陣二人もそう言って頷いてくれた。
「クラール宰相、これからもシュバルツを支えてやってください」
見守るように 一歩引いた位置にいたクラールにイレーネが声をかける。
「はい、もちろんにございます」
「姉上、私をそんなに信用できませんか?」
シュバルツが苦笑いをするがイレーネは首を振る。
「いえ、そういうわけではありませんが…」
そこで一度言葉を切り優しげな目でシュバルツを見る。
「王とは孤独なものです。いつでも責任が付きまとう。まして、あなたは若いうちから私に王位を押し付けられてその座についている」
「押し付けたという自覚はあるのですね…姉上」
シュバルツはジトッとした目をイレーネに向ける。大してイレーネは肩を竦めただけだった。
「私はね、シュバルツ。あの時の判断は間違っていなかったと思っていますよ?私が想像していたよりずっといい結果を残してくれた。あなたは王の器を持っている、そのことに胸をはりなさい」
イレーネはポンっとシュバルツの肩に手を置いた。
「よく、頑張りましたね。シュバルツ」
その言葉にみな目を見張る。
イレーネは滅多に人を褒めない。『いい』くらいしか言わないのだ。まして、面と向かってはないに等しい。
「あ、ねうえ」
「お前はもう、あの時の、子供のままのシュバルツでは無い。立派なミラルーシェの王です。お前の姉としても、『漆黒の竜』としても誇りに思います」
みな完璧に固まってしまった。シャルロッテ、リザイナ、ローゼは特にその傾向が激しい。口を開けて唖然としている。
イレーネはその様子に気づいているのだろうが、ただ笑っている。
「遅くなりました…皆様、どうされたのですか?」
クレナが来ることでやっと硬直が解けた。たが、まだ誰も口は開かなかった。いや、正確には開けなかった。
「やっと来ましたね、クレナ。用意などは大丈夫なのですか?」
「はい、済ませてまいりました。イレーネ伯母様何をしたんですか?」
イレーネは無言で肩をすくめる。
「父上?母上?お祖母様に賢者様方、恭珠までどうしたのですか?」
「あ、ああ。いや、なんでもないよ。うん、なんでもない」
やっと口が開けるようになり口々に何かを呟いている。状況が分からないクレナはただ首を傾げていたが、話を遮らないよう何も言わなかった。
「えっとクレナはまだこっちにいるの?」
「ええ、今までは大々的に身分を明かしていなかったんだけど、友好を結ぶからその関係で王族として学園に行くことになったの。その準備ができるまではこっちにいるよ」
「そっかー、いない間は寂しいな…」
とても残念そうにする恭珠にクレナが笑う。
「恭珠、たった一週間くらいだよ?まあ、もっと短くなりそうだしそんなに寂しがらなくてもすぐ会えるって」
「え、そうなの?」
本当に知らなかった恭珠は説明を求めるようにシャルロッテとリザイナの方を向く。
「友好を結ぶから王族だって明らかにするだけで特段今までの待遇が変わるわけじゃないからね。別に大々的にクレナを国民に見せる訳でもないし」
「やることといったら、国王陛下に拝謁するくらい?改めて学園に入ることの許可を貰って、学園長にも挨拶するかな?そのくらい」
初耳なことばかりで恭珠は頷くしか出来なかった。
「そういうこと。一番時間がかかる移動も魔法陣があるからどうってことないしね」
「そっか、直ぐに行き来できるんだもんね。なーんだ、一ヶ月くらいは会えないかと…」
「ううん、直ぐに会えるよ。その時はまた、今まで通りよろしくね」
「うん、もちろんだよ!クレナも私への態度変えちゃやだよ?私は私なんだから」
「大丈夫。それはいつまでも変わらないよ」
二人は楽しそうに笑う。そして、それを闇竜側の四人は微笑ましそうに見ている。クレナの年相応の姿が見れて嬉しいのだろう。
「じゃ、いい加減行こう。あっちに帰ったら多分やること山積みだよ?」
「有り得る…まあ、仕方ないでしょ」
「直ぐ終わる、多分」
三人は一つため息をついた。
四人は改めて簡単なあいさつをして、魔法陣を通りテンバールに帰った。
見送りに来ていた五人も最後まで手を振ってくれていた。
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テンバールに帰ってから一番最初にやったことは国王への報告だった。
直ぐに伝令が来て賢者、宰相、大臣、騎士団長、将軍が一室に集められた。恭珠は呼ばれていなかったのだが、三人に連れられて部屋に行く。
本当はとても行きたくなかったけど…
「無事に使命を達成したようだな、何よりだ」
濃い金髪に少し白髪が入った国王が第一声を発した。遠くから見たことがあったけど直に見るとそれよりもだいぶ威厳がある。
「始める前に、その方はどうしたのですか?説明をお願い致します」
宰相が怪訝そうな顔で問うたがそれは他の面々も同様で視線が集まる。
「この者は私たちの客人?というか連れよ。後で報告があるから連れてきたの。今後のことに関わるから」
「責任は私たちが負う。重要なことだから。陛下、同席の許可を頂いてもよろしいですか?」
リザイナの言葉に国王が頷く。
「お前たちが連れて来たのだ。相応の理由があったのだろう」
「ありがとうございます」
本来、賢者と国王は立場が対等であり敬語や敬称を付ける必要は無いのだが賢者たちは一様に国王には敬語、敬称を付ける。
それによって得をすることもあるのだが…
その後はとりあえずミラルーシェの様子や友好を受け入れた件について話をする。直ぐに行き来ができる魔法陣を設置したことについては少し反対もあったがキュラスが一言『もしそれで何かあった場合は私が全て責任を負う』と言ったことにより、しぶしぶだが了承された。
結局友好に関しては改めてあちらから使者、というか代表を招いて詳しいことを決めることになった。だが、テンバール王国とミラルーシェ王国が友好を結ぶという大前提は満場一致で決まっている。
「じゃ、これで友好の件は終わりね。とりあえず陛下と宰相と賢者以外は席を立ってもらっていいかな?これ以上話し合うことはないよね?」
「ええ、本日決めることはもうありません」
宰相の返答にそれぞれは立ち上がると一礼して次々に部屋を後にする。
「それで、どうした?」
今まで黙っていた陛下が口を開く。
「陛下、そんなに固くならなくていいですよ」
「む、そういう訳にはいかんだろう」
国王が渋い顔をする。
すると賢者三人はため息をついた。
「まあ、それならそれでいいですけど。とりあえず本題入りますね」
リザイナはそういうとキュラスの方を見る。
キュラスは一つ頷くと目を閉じる。すると、髪が紫から黒に変わる。ひと房だけ白が入っている、イレーネの姿だ。
目の色も黒に変わっていた。
「陛下、自己紹介を。私の名はイレーネ。イレーネ・ルデアスト・ミラルーシェ。
ミラルーシェ王国の王姉、また闇竜の『最強の竜』である『漆黒の竜』の肩書きを持つ者です」
キュラスの言葉に国王と宰相はただただ驚いていた。
国の根幹を担う二人ならばすぐにその意味に気づいたのだろう。
どれほどの重要人物がこの国にいたのか、また、賢者になった時に言った言葉の意味もわかったのだろう。
「だからミラルーシェの味方をすると言ったのだな…」
「ええ、そうです。私だって祖国や家族が大事ですからね」
国王は一つため息をつくと改めてイレーネに向き直った。
「イレーネ殿だな。私はテンバール王国の国王ガールギウス・ラル・テンバールだ。そなたの祖国とは今後とも友好を結びたいと思ってる」
「宰相のユーイン・ファーディナンドです。これまでの御無礼をどうか、お許しください」
国王も宰相も改まって挨拶をする。
友好を結んだとは言えさすがに他国の王族なのだ。こうもなるだろう。
「私が王族としてこの国に来たのはこれが初めてです。無礼も何もありません。ですよね?ガールギウス殿」
「そうか…そうだな。ではイレーネ殿、今後ともよき関係を」
「ええ、もちろんです。…では戻りますね」
キュラスはまた目を閉じる。すると、先程とは反対に髪と目が紫に戻っていく。
「 陛下、黙っていて申し訳ありませんでした」
さっきとはうって変わって少し頭を下げる。
「いや、気にするな…私としても謎が一つと解けたのだ」
国王は少し疲れたように返答する。
「しっかし、陛下。よくイレーネの地位が分かりましたねー。普通は王族だからあんな態度は取らないはずですよ?」
シャルロッテが軽い口調で問う。
その指摘にみなが頷いた。
「なに、友好を結ぶ以上、相手の国のことを知っておかなければならないだろう?その一環で知ったことだ。ぜひ、『最強の竜』に会ってみたいと思っていたが、こんなに近くにいるとはなー」
国王はさっきとは違いあっけらかんと笑う。
その様子に恭珠は驚く。
今までの国王の様子を見ていれば分かるが、想像できないのだ。
「陛下…」
宰相がそっと声をかける。
「うん、ああ、そうだな…」
宰相に言われ直ぐにまた、威厳ある国王に戻る。
恭珠は不思議そうに周りをキョロキョロしていたがまだ、話は続いていく。
「まあ、私の話はこれでいいでしょう?ここからが本当に大事な話です。恭珠に自己紹介をさせても?」
国王は直ぐに頷く。そして、視線が恭珠にあつまる。
恭珠が周りを見渡すとリザイナ、シャルロッテ、キュラスが頷く。
そして、そな意図を汲み取った恭珠は意を決して口を開いた。




