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賢者と魔法が下手なポメラニアン  作者: 霧丈來逗
2章 キュラスの過去
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46、名付け親



「さーて、客足も途切れたしちょうどいい時間だ。もう上がっていいぞ」


「あ、ほんと?じゃあこれだけ配達したらもう上がりにするね。お疲れ様でーす」



店番をしていた女性がいくつかの料理を持って店を出ていく。残っていたのは店主だけになった。


「全く、あいつも騒がしいんだからよー。そのおかげで助かってるなんてことは言わねーけどさ」





独り言を呟きながら片付けをしていると不意にドアベルがなった。



「いらっしゃい」


そう言いながら振り向くとそこには1人の少女がいた。真っ黒な髪に目をしている。闇竜でもここまで黒いのは珍しい。また、その少女は明らかに仕立てが良さそうな服を着ていた。その少女を見て店主は少し気が引けていた。



(この小娘だけか?身なりだけ見れば結構いいとこの嬢ちゃんなんだろうけどな)





だが店主の気が引けているのは別の理由からだった。



(俺、ガキどもに怖がられるんだよな。なんで今日に限ってアイツを早く上がらせたんだ)




数分前の自分を恨みながら店主は少女に声を掛ける。





「いらっしゃい、嬢ちゃん1人だけか?」


少女は小さく頷く。

「ここは、食堂?」



小さいがハッキリした声で聞き返した来たことに店主は驚く。

今までの子供の態度は自分を見た途端に怖がるか、泣き出すかだ。だが、この少女は泣きもしないし、怯えてもいない。ビックリだ。




「ああ、そうだ。腹は減ってるか?」


「うん」


「じゃあ、そこに座っとけ。なにか作ってきてやる」




店主は厨房へ向かう。幸い食材はまだある。だが、あの少女がどのくらい食べられるのかがわからず、少し困っていた。



(ま、食えなかったら俺が食えばいいしな)




店主はあまり考えないようにして、料理を作る。

時々、少女の方を向くと周りをキョロキョロと見回すだけで何かする訳でもなく、ただ座っていた。




(こんな店来たことないんだろうが、いやに落ち着いてんな。それになんか、独特の空気感みたいのも感じる。あんな小娘なのにな)




一人で色んなことを考えながら店主はただ料理を作る。






皿に盛り付けて持っていくと少女はこちらに目を向ける。相変わらず座っていたようだった。





「ほら、俺の店の名物のミートパイだ。それとスープもある。食っていいぞ」



店主がそう言うと少女はスープに手を付けた。スプーンを使って食べる姿は上品で育ちの良さを感じさせた。



ある程度スープを食べると少女は店主の方をむく。


「これは、どうやって食べるの?」



少女はミートパイを見てそういう。



「どうやってって…ああ、そういうとこか」



店主はナイフを持ってくるとミートパイを少し小さめに切り分ける。そして、一切れ皿に盛り付けてフォークと一緒に少女の前に置いた。



すると、少女はフォークを手にとりミートパイを口に運んだ。すると、僅かに少女の目が輝く。



近くで見守っていた店主もそれに気づき笑った。


「美味いか?」


「うん」


言葉少なく返す少女の手は止まらない。どんどん切り分けた分を食べ進めるとまた店主の方を向いた。



「おかわり」





言葉少なく自分に言ってくる姿に少し呆れながらも店主はもう一切れ皿に乗せて差し出す。




少女はまたそれを食べる。しばらくはその繰り返しで三、四切れ食べたところで少女がフォークを置いた。



「ご馳走様」


「ああ、美味そうに食べてもらって何よりだが、礼のひとつくらい言ったらどうだ?金も取らねーんだしよ」



店主が呆れながら言った言葉に少女は首を傾げる。


「お金?お金ならあるよ?」



(こんな小娘が持ってるはずがないだろ)



店主はそう思いながらも何も言わず見ていると少女は懐から金貨を数枚取り出す。



「はい。これで足りる?」



少女はなんでもない事のように数枚の金貨を渡してくる。




「おまっ…あのなあ」




店主は驚いたあと、呆れながら少女にお金について教えた。



「いいか、お前が出してんのは金貨だ。それに対して今お前に出した料理の値段は高く見積っても銀貨一枚くらい。この差はとてつもなく大きい」


「そうなの?」



本当に少女は知らなかったようで無邪気に首を傾げている。



「『お前、これで足りるか』って言ったな?答えは足りる。だがな、お釣りは大量の銀貨になる。お前には持てないくらいのな」


「じゃあ、お釣りはいらないよ?」



その言葉に店主はやれやれと言わんばかりに首を振る。


「お前さんは分かってないな。ただちょっとした料理をご馳走してやっただけなのに金貨を貰う。それじゃ割にあうはずがないだろ」


「じゃあ、どうしたら?」


「今回は俺の奢りだ。だから金は払わなくていい」



少女は少し不満そうな顔をした。



「なんだよ。俺がこう言ってるんだからいいだろう?なにか不満でもあんのか?」


「お父様に貸しを作ろうとしてくる奴はなにか企んでるから気をつけろって言われたもの」


「だから俺がなにか企んでるってか?」




店主は大声で笑う。




「全く、いいお父様だな。だが、俺は別に何も企んでないぞ?お前と会ったのだってついさっきが初めてだろ。」



少女はまだ不満そうな顔をする。



「ったく、可愛くねー小娘だな。そんなに嫌ならツケにしといてやる。」


「ツケ?」


「ああ、後でまとめて払うってことだ。お前が大人になったら返しに来い。それまでだったらいくらでも食べさせてやる。」




少女はまだ少し不満そうだったがしぶしぶといったように頷いた。






「よし、じゃあお前はもう帰れ。多分心配してんだろ?いろんな人がよ。それに、これ以上は商売の邪魔だ」


店主のぶっきらぼうな物言いに少女は笑みをこぼした。


それは店主が初めて見た少女の笑顔だった。


「じゃあ、また来る」



少女はそれだけ言うと店を出ていった。




(なんだ、年相応に笑えんじゃねえか)



少女がいなくなったあとの店では店主が小さく笑っていた。











______________________


















「そっからだな、こいつが来るようになったのは」


「初めての時ってそんな感じだった?」


「ああ、そうだよ。最初は無口だったのに来るうちに注文を付けるようになったんだよ。デザートがないとか、紅茶は?とか…あと、愛想もないって言われたな!」



店主の言葉にみんな吹き出しそうになる。


「なんか、そんときのアリス想像出来る」


「小さいのに物怖じしてないよね。多分」


「はっきり言ってるのが目に浮かぶ」



そんな、様子を見て店主は優しく笑う。そしてそれに気づいたアリスがジトッとした視線を店主に送る。



「何笑ってるの?」


「いや、名前も教えなかったあの小娘が成長したなと思ってな」


「え、アリス。名前言わなかったの?なんで!」




バツが悪そうに顔を背けるアリスの代わりに店主が答える。




「『お父様の教え』だそうだ。しまいには俺が何か考えろって言って来たんだよ」


「え、名前をってこと?アリス…」


「さすがにさ……」


「あのねー……」




三人の視線にアリスは仕方なさそうに答える。



「まだ、子供だったから。それに、その名前はちゃんと大事に使ってるよ」


「ほんとだよ。未だにお前が『()()()()』なんて名前使ってるとは思わなかったぞ。」




店主の言葉に三人は一気に視線を向ける。



「「「アトリスって名前店主さんがつけたの?!」」」


「ああ、そうだが」


「「「ほんと!?」」」



「ああ、っていうかお前どんだけその名前使ってんだよ」




アリスは焦った様子もなく平然と店主に答える。



「え、ミラルーシェ出てからずっと使ってるよ?学園の時もそうだったし、みんなに本名として名乗ってたもん。そういう面では名付け親だね」


「お前なー、俺が適当に考えた名前を使うなよ」




店主はそう言ったけど照れ隠しなのだろう。見ていてそれが伝わってきた。





「まあ、この際です。今更ですが自己紹介をしましょうか。今度は本名で」




アリスの口調が変わったことでその言葉が本当だと伝わってくる。


店主もそれを感じ取ったのか、アリスの方へ向き直った。





「私の名はイレーネ。イレーネ・ルデアスト・ミラルーシェです。今はテンバール王国で闇の賢者をしている『漆黒の竜』です。」




そう名乗りを受けた店主はどこか納得したかのように頷いた。



「何となくいいとこの小娘だとは思っていたが、ほんとに()()()()だな。イレーネ殿下?そこまでだったとは思わなかったよ」


「そんな呼び方しなくても今まで通りでいいよ?()()()()のつもりでここに来たことなんて一度もないから。あくまでここにいる間はただの『アトリス』だから」


「そうか……そうだな。お前は昔から変なとこに気が回るから面倒だ、()()()()




店主の呼び方を受けてアリスは満足げに微笑んだ。


その笑みは店主が初めて見た笑みと変わらぬ、心からのものだった。











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