33、貴族会議
翌日、ミラルーシェ王国のいたるところに紙が貼られた。内容は『クレナ王女とテンバール王国から来た学友の火丸恭珠が連れ去られた』ということだった。
そして最後にはどうか無事に戻ってくるように協力してくれという国王の言葉が書かれていた。
その知らせは貴族たちにも知らされた。そして今、緊急の貴族会議が開かれることとなり各家の当主たちが続々と王城に集まりつつある。
そのころ王城の一室で三人が集まって話をしていた。
「まったく、貴族会議なんて開いてよかったのか?うるさい奴らもたくさんいるだろう」
「それは私も同意見です。それに国中に知らせるなどあってよかったのですか?」
「確かにおっしゃる通りです。ですが、何か嫌な予感がするのです。この選択がよかったのか悪かったのかはわかりませんがこれが最適だと思ったのでシュバルツと相談して決めました。」
イレーネの毅然とした態度にスペルディア大将軍とオルワイズ騎士団長補佐は苦笑した。
「まあ、お前たちがそれでいいんならいいんじゃないか?王太后様にも言ってあるんだろ?」
「いいえ、私たちの独断です。クレナと恭珠がいなくなったこと自体今までわかっていたかどうか…」
「イレーネ殿下、それは非常にまずいと思いますが…」
オルワイズ騎士団長補佐の言葉にイレーネは首を傾げた。
「どうしてです?王の決めたことです。異存は唱えられませんが?」
「いや、そういう問題じゃねえ。現役時代から政治に一役買ってたんだぞ。絶対すねるって」
「あのお母様がすねるのですか?」
「ええ、たぶん今回でしたら『どうせ私は老いぼれで表からいなくなった身です。ですが、相談位してくれてもいいじゃないですか?』というのではないでしょうか?」
「ああ、あのお方なら言うぞ。先王陛下の時代にもあってな困らされた……」
「それは……後で何とかします。」
「頑張れよ」
「成功を願っています。」
そんな話をしていると扉がノックされた。
「イレーネ殿下、スペルディア大将軍、オルワイズ卿そろそろ会議が始まります。会場に移動なさってください。それと、イレーネ殿下、陛下がお呼びです。」
「陛下は心細くなったんじゃないか?」
「これ、陛下に無礼であろう!」
「案外そうかもしれませんよ。では、あとでまた…」
そう言ってスペルディア大将軍とオルワイズ卿は会場へイレーネは国王のもとへ向かった。
「シュバルツ呼びましたか?」
ノックをしてそう声をかけながら中に入ると騎士たちが一瞬ぎょっとしたが私の顔を見てもとに戻った。
私が王のことをこう呼んでいられるのは王姉であるからだけではない。『漆黒の竜』と国王の権力は同じくらいなのだ。だからこそ、公の場でもこうしていてもいいのだが勘違いする輩がいるためわざと『陛下』にしている。
「ああ、姉上来てくれましたか。いや、私の近くで会議に出席して欲しいんです。たぶん、荒れますから…私と姉上の威圧に耐えられるものはそう相そう居ないでしょう。」
「別に私がいる必要はないと思いますがねぇ。途中でシリウスが戻ってくるかもしれませんのでその時は迷いなく報告優先にしますからね。」
「シリウスを使っていたのですか?まあ、内容は知りませんけど別にいいですよ。一応賢者達にも知らせはしましたけど…断られました。」
「あたりまえでしょう?ミラルーシェの貴族会議ですから。他国の者が参加するなど聞いたことがありませんから」
「それはありますね。.....まあ、協力してもらうことを知らせる必要はありますね。」
「ここで、貴族たちが関係しているなら尻尾を出すと思いますが……」
「関係していない場合もありますから、わかりませんね。まあ、全体的には宰相がやってくれるので何とかなるでしょう」
「陛下、イレーネ殿下お時間です。」
「それでは、行きますか?」
「ええ、騒がなければいいんですが…」
大きな会議室の中に爵位を持っている貴族の当主たちが集まっている。爵位順に並んでいるが落ち着いている者、おろおろと落ち着かない者、下心がにじみ出ている笑いを浮かべている者、様々だ。
そこに陛下とイレーネ殿下、クラール宰相が入ってくると一気に静まり返った。
「さて、ではこれより貴族会議を始める。クラール」
「はい、それでは今回のことについて説明をさせていただきます。
シュバルツの声を受けてクラール宰相が一礼して前に出る。
「皆、御存じの通り、この王城にはテンバール王国より賢者二…失礼、三名とクレナ殿下、そして学友である火丸恭珠殿がおりました。ですが、クレナ殿下と火丸恭珠殿がこの城から消えてしまったためお知らせしました。
捜索を行っていますがなにしろ証拠がほとんどないため報告するべき進展はありません。」
「なんだと」
「クレナ殿下が…」
「なぜさらわれるような…」
「....静まれ」
一度騒がしくなった会場が静まり返った。イレーネ相変わらず座ったまま目を閉じている。一切動じていないようだ。
「クレナ殿下と恭珠殿の捜索には、テンバール王国の賢者達にも参加していただきたいと思います。」
「陛下、発言することをお許しください。宰相閣下、賢者殿たちが参加する必要性が感じられないのですが…どうでしょう?」
伯爵の当主の一人が発言した。
「連れ去られた火丸恭珠殿はテンバール王国の王立学院に通っていました。そして賢者たちに保護された身です。懇意にしていることもありその人物のことをよく知っています。」
「ですが、それだけ…」
「……二つ目は、賢者たちが薬学研究所と文化科学研究所のトップに上り詰めたからです。」
今まで黙っていたイレーネが言った。決して大きくない声なのによく通った。
「実力は折り紙付きですよ。テンバール王国の賢者たる私が言うのです。間違いはありません。それと、話は最後まで聞きなさい。」
発言した伯爵は少し苦い顔をしていた。
「いま、直接は関係ないことだが言わせてもらいます。ディラ・オルワイズ騎士団長は先日団長ではなくなりました。現在は軍に所属しています。 騎士団長の後任はジーエラ・オルワイズ卿が選びます。」
「なぜ、地位がはく奪された」
「まあ、あのものはなぁ」
「だが、親が選ぶのはおかしくないか?」
「陛下、発言の許可を」
オルワイズ騎士団長補佐が立ち上がった。
「許可する」
「感謝します。ディラ・オルワイズはイレーネ殿下が騎士団の視察に訪れた際共にいた陛下の護衛騎士と殿下に許されざる無礼をした。本来ならば処刑となるがイレーネ殿下がお許しになり軍に入ることを命令された。
その際に私を騎士団長補佐にして後任を選ぶ大役を任された。後任は私の独断で決めるつもりはない。同じく騎士団長補佐になったイレーネ殿下や陛下と相談して決めようと思っている」
そこまで言ってオルワイズ卿は座った。
まだざわざわしているようだったがそこでスペルディア大将軍が立ち上がった。
「陛下、発言させていただきます。イレーネ殿下はテンバール王国の将軍でもあった。その経験を生かしてもらうためわが軍の将軍にしてもらった。それも、踏まえてこれからも協力していただきたいと思う。」
そういってスペルディア大将軍も座った。
会場はより一層騒がしくなった。
「オルワイズ騎士団長補佐の件も私が将軍になった件も文句があるなら私が聞きましょう。すべての責任は私にあります。」
イレーネのその言葉で一気に静まり返った。この国で王姉であり『漆黒の竜』であるイレーネに貴族たちが意見できるわけがないのだ。皆、恐れている人物といったところだろう。
そうこうしているうちに一羽の黒に一筋だけ白が入っているイレーネのような梟がどこからともなく飛んできた。その梟は持っていた手紙をイレーネの手元に落とすと背もたれの部分に止まった。
イレーネはそこで初めて目を開き中身を確認した。だんだんと重くなっていく空気に青ざめながら皆無言でイレーネを見つめていた。しばらくすると
「....失礼、急用ができたためここで抜けさせてもらいます。皆様、あまり時間がございませんの有意義な時間を」
最後に笑顔で嫌味を言うとイレーネは立ち上がって出て行った。手紙を運んできた梟もイレーネの肩に止まっていた。
そして、すぐに賢者たちのもとへ向かった。
その後の会議が有意義なものになったかは言うまでもない……