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賢者と魔法が下手なポメラニアン  作者: 霧丈來逗
1章 賢者との生活
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11、ナイラとフィナの仕事



 キュラス先輩とシャル先輩が帰ってきた。

 二人の()()()()については賢者と王族の限られた者しか知らない。


 私が知っているのも賢者の一人だから。そちらの仕事に関しては心配はしていたけど私にはどうすることも出来ない。

 唐突に闇の部隊一人が来て、すぐに来て欲しいと伝えられたのはつい先程。裏門の近くまで来ているようなので、フィナと一緒に向かっている。大けがを負った者達が運び込まれることはあるが私たちが呼ばれるのはそう無い。



「ナイラ、私たちが呼ばれたってことは相当ひどい怪我なのかな?」


「わからない。少なくとも私を呼びに来た人は何も言ってなかった」



 フィナは表情を曇らせる。仕方のないことではあるが、私たちにも救えない命はある。心を痛めることも少なくないが患者は待ってくれないのだから私達は動き続けなければならない。今日もそうなってしまうかもしれない。そんな一抹の不安を抱きながらも裏門に向かうと、黒装束を身にまとった集団が目に入る。二人ほど黒装束ではない者達もいるがどちらもひどい怪我を負っている。いや、あれは怪我というより拷問を受けた跡のように見える。意識を失っているようだがそれよりも別のものに目を奪われた。



「大丈夫ですか!」


 フィナの声にハッと我に返る。急いで駆け寄った先にいたのは周りに支えられてかろうじて立っている血まみれの二人だった。黒なのであまり目立たないはずなのにはっきり分かるほどの出血量だ。すぐに怪我の状態を確認しないとまずい。そう思って顔を見ようとするが仮面をかぶっているせいで分からない。急いではずそうとすると周りに制される。邪魔をされたことに苛立ち、睨み付けると血まみれの一人が弱々しく手を挙げる。



「いい。二人は知ってる」


 その声にハッとして仮面を外すとキュラス先輩の顔が現れる。先輩は弱々しく笑っていた。同時にフィナがもう一人の仮面を外したようで悲痛な声が上がる。


「シャル先輩!」


 シャル先輩はすでに意識が朦朧としているようで声が聞こえているかもよく分からない。



「二人を治療棟へ運びます。できるだけ動かさないように運んでください!」


「そっちの二人も運んできて!後で治療する!」


 私たちの声に黒装束達は一つ頷き、すぐに行動を起こす。分担して四人を抱えると私とフィナに続いて治療棟まで走った。人を抱えているはずなのに素早いその動きから統率が取れていることと、各々の身体能力の高さが窺える。仮面を付けているので顔を見ることは出来ないが、騎士団などに所属しているのだろうか。



 急いで空いているベッドに寝かせて怪我の状態を確認する。ローブが邪魔だったので脱がせようとするがうまく脱がせない。すると黒装束の一人が隣にやってきてテキパキとローブを脱がせてくれた。感謝をする暇もなくローブを持って後ろに下がっていく。傷の状態を確認すると全身に傷を負っているようだった。致命傷になるような傷は無いが、浅くない上に数が多い。キュラス先輩の背中の方を確認して思わず息をのむ。斜めに大きく切り傷があり、ぱっと見でも分かるほど一番深い。



「ナイラ!ちょっと来て!」


 ただ事ではなさそうな声にシャル先輩の方に行くとこちらは足に大きな差し傷を受けていた。


「シャル先輩の傷が大きすぎる。しかも全身に傷を負ってるから余計にまずい」


「…ラス先輩も背中に大きな切り傷があった。同時並行でやるしかないね」



 フィナと顔を見合わせて頷き、急いで必要な薬や器具を集めに走る。夜中ということもあるし、裏の仕事による傷なのであまり多くの人を巻き込む訳にもいかない。必然的に私たち二人だけでの治療になるが時間との闘いだ。


 ラス先輩の傷の状態を見るに、このままでは跡が残ってしまう上に一回の治療で全てを治しきることは難しい。治療魔法の効果を高めるためにも薬が必要になるが欠点がある。


「ラス先輩。薬を使いますがおそらく今以上の痛みを感じるはずですが…できるだけ動かないようにお願いします」


「まあ…がんばるけど、暴れたらごめん」



 顔色も最悪なのにもかかわらず、ラス先輩は気丈に笑う。そんなところまで意地を張らなくていいのに…。



 できるだけ早く治療を終わらせる事がキュラス先輩のためだと、私は意を決して薬をかける。傷に比例して痛みは増加するはずなのでキュラス先輩の痛みは計り知れない。だというのにキュラス先輩はうめき声を漏らすだけで、叫ぶことも暴れることもない。表情を見れば必死に痛みに耐えていることは一目瞭然だった。私は急いで薬をかけて、治療魔法をかける。慎重に状態を確認しながら治癒魔法をかけ続け、背中の傷がある程度まで塞がったことを確認する。とりあえずここまで塞がればなんとかなる。次は全身にある傷の治療だ。一つ一つの状態を確認しながら治癒魔法をかける。次第に傷が塞がってきた頃、小さな声が聞こえてきた。



「ナイラ…シャルは、無事?」


「無事です。今フィナが治療してますから問題ありません。ですからラス先輩も後は任せてください」



 そう伝えるとキュラス先輩は薄く笑って目を閉じた。ここまで意識を保っていたことが不思議なくらいだ。竜は確かに頑丈ではあるがあの傷では余裕など無かっただろう。私は黙々と治療を続ける。夜明けが近づいてきた頃、ようやく治療が終わった。さすがに背中の怪我は傷が深すぎるので一回で治すのはやめておいたが、大方の傷は完治している。

 無事に治療が終わったことに安堵し一息付いた後。フィナの方を見に行く。どうやらあちらも治療は終わったようでフィナが椅子に体を預け、腕で目元を覆っていた。シャル先輩の様子を見ようと近づくと、フィナはそのまま口を開く。



「先輩がさ、すっごい痛がってた。治療が終わってからやっと眠ったの」


「そっか。ラス先輩も辛そうだった。竜だから多少は頑丈とはいえ、あの傷はきつかったと思うよ」



 先程の表情を思い出し、無意識に手を握りしめる。フィナはそう、と一言だけ呟いた。しばらく沈黙が続く。まだ朝日は昇っておらず、外は暗い。私たち以外起きていないこの空間には静寂だけがあった。

 音もなく空気が揺らぐ。振り向くと、先程の黒装束がたたずんでいた。一礼をして代表らしき一人が歩み出る。


 

「仮面を付けたまま正体を明かせぬ非礼をお許しください。改めて、このような時間にお呼び立てしてしまい申し訳ございませんでした。お二人のご容態はいかがでしょうか」


 ちらりとフィナの方を見るが動く気配はないので改めて黒装束達に向き直る。


「仮面のことも、時間のことも気にしないで。容態だけど、とりあえず治療は終わった。キュラス先輩の方は全身に傷を負ってたけど、特に背中の傷が深すぎる。その傷だけまだ完治してないからしばらく激しい動きはしない方がいいくらい。他は問題ないよ。シャル先輩の方は…」


「シャル先輩は左足の刺し傷以外大きな傷は無かった。数日は違和感が残るだろうけど問題はないよ。今は眠ってる」


 黒装束達は表情は見えないものの少し肩の力が抜けたように感じた。すこしためらいながらも私は疑問を口にする。


「先輩たちは今まで()()()()()()()()()()帰って来ました。それほどの実力者のはず。なにがあったの?」



 黒装束達は一様に押し黙る。少し様子を伺っているようにも感じたが、一人が口を開く。


「正直な事を申し上げれば私どもにも分かりません。一時的に別行動をとった後、合流したときには傷を負った状態でした。今回の詳細な経緯については一度陛下にご報告した後に、ご説明の機会をいただければと存じます」


「分かった。たぶん後で陛下に呼ばれそうだね。君たちもご苦労様。先輩達のことは任せてくれていいよ」


 黒装束達は最初と同じように一礼すると、どこかに消えてしまった。フィナを見るとまだ同じ態勢で椅子にもたれている。使った器具や薬を元の場所に戻していると、不意に呼び止められる。


「ねえフィナ。先輩達って強いよね」


「そうだね。間違いなく強いよ」


 私は手を止めることなく返事をする。フィナの声はさほど大きくもないのに自然と耳に入ってきた。


「先輩達でもこんなに大きな傷を負う事あるんだね」


「そりゃね。不老不死でも何でもないし」


「不老不死か。今までは無傷だったから、いつも死と隣り合わせの場所に身を置いてるのを忘れてたのかも」


 パタンと棚を閉じたまま動きが止まってしまう。その時ふいに自分の手が震えていることに気づいてしまった。


「私たちはさ、いつも安全な場所にいて、怪我をした人たちを治して、また送り出してる。先輩達みたいに前線で戦うこともないし、諜報に行く訳でもない」


 次第にフィナの声が震えているのに気づき、すぐに振り返る。


「ねえ、フィナ。私…先輩達が死んじゃうのが怖い。私たちって…本当に役に立ってるのかな」


 フィナは腕で目元を覆ったままだったが、その頬に雫が光っていた。フィナの言葉に一瞬息が詰まる。すぐには何も反応することが出来ずに床に目を落とす。フィナはその間特に何も言葉を発することはなかった。私が言葉を探していると、小さなため息の音と衣擦れの音が聞こえる。


「ごめん、こんなこと言って。困らせちゃったよね」


 眉を下げて申し訳なさそうなフィナを見て、不意に言葉が湧き出てきた。


「私もさ、そう思うんだよね。前線に出て戦うわけでもないし、直接的に国に貢献する事が出来てるわけでもない。存在価値って何だろうって」



 フィナは口を挟むことなく静かに聞いている。普段からは考えられない弱々しい姿に私も思わず眉を下げる。



「でもさ、いくら戦うことが出来たって怪我をしたらそれが治るまで動けないし、下手したらそのまま死んでしまう事だってある。それを防ぐのが私たちの役目。あんまり表には見えないけど、ちゃんと役に立ってるんだよ。もちろん助けられない命だってあるけど、同時に救える命もある。何もしなかったらどっちも失うしかない命に希望を見いだせるんだよ。自分で言うのもなんだけど私たちにしか出来ないことじゃん」


 丁度朝日が昇ってきたようで薄ぼんやりと窓から光が差し込んでくる。


「死ぬのは避けられないよ。それは私たちも先輩達も。だからその生きてる時間を精一杯楽しめるように支えるのが私たちの存在意義。私はそう思ってる。この考え方を強制するつもりも、共感してもらうつもりもない。だからこれは私のながーい独り言」



 棚に寄りかかりながらにこりと笑いかける。フィナは腕をどけて私を見ていた。何も言わずに視線を落とすと小さく何かを呟く。


「支える…か」


 そのまま何度か確かめるように頷くとぱっと顔を上げる。その顔は先程とは違い、いつものフィナに戻っていた。先程とは違い元気な笑顔を見せていたが、私にはそれがどこか危うく見えた。フィナに歩み寄り、おもむろに抱きしめる。


「ナイラどうしたの?」


「いや。ただしたくなっただけ」


「ふふ。あったかーい」



 私を抱きしめ返すフィナの手がわずかに震えていたことには気づかないふりをして、さらに強く抱きしめると抗議の声が上がる。


「ナイラ苦しい!」


「あ、ごめんやり過ぎた」


「もう!まあナイラなら許してあげる」













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