8、シャルロッテの仕事
「初め!」
その声が響いた直後、騎士たちが一斉にキュラスさんに向かっていく。だが当の本人には全く驚いた様子はない。真後ろにいた一人が剣を振り上げて襲いかかっていくがサッと横に避ける。横からの剣も難なく受け流しているため今のところ有効打に繋がっていないようだった。キュラスさんの死角からまた二人が向かっていく。私がマズイ...と思ったが戦っていた一人の剣を強めに払い蹴った後、横に避けた。軽快な動きで交戦する様子はまるで舞を舞っているように軽やかだ。
すると今度は五人が素早い動きで一斉にキュラスさんを取り囲んだ。キュラスさんは真ん中にいて、取り囲まれているのに慌てた様子は一切無く「ほぉう」と感心したように笑っている。その言葉と同時に五人が一気に距離をつめキュラスさんに襲いかかっていく。危ない!と思って思わず目を閉じそうになったが目の前で起こったことに驚き唖然とした…。
キュラスさんが後ろに宙返りをして包囲を抜け騎士達の後ろに降り立ったのだ。そして5人の剣を、恐ろしい早さで叩き落とした。
「そこまで!勝者キュラス!」
王弟殿下の声が響く。だがこの状況で平然としていたのは王弟殿下と剣を鞘に納めて五人の方へ振り返ったキュラスさんだけだった。戦った騎士も見ていた騎士も呆然としている。
「ふふ、結構いい感じだった。相手が私より弱かったら勝ってたね。でも私と同等か私より強かったらあの時点で全員死んでたよ」
「え!?」と王弟殿下以外の全員が驚いていた。
「本当の戦闘では相手がどんな行動を取るか分からない。貴方たちの敗因はそこ。あそこで貴方たちは完全に『勝てる』と思って油断した。敵は貴方たちの誰かに向かっていくかもしれないし、今みたいに上から逃れるかもしれない。最後の最後まで気を抜いたらそこで死ぬと思って戦いに挑みなさい」
「「「「「は、はい!」」」」」
私はキュラスさんがどれだけ強いのかわかった気がする。とはいっても私は剣に関して何も分からないので詳しいことは何も言えない。でもキュラスさんの強さが圧倒的だという事だけははっきりしている。
「はっはっは!お主らも結構いいところまでいったと思うぞ」
王弟殿下が笑いながら騎士達に向けて言う。しかし五人の騎士達はどういうことか分かっていないようで首をかしげていた。
「どういうことですか?」
「おお。囲まれた時キュラスは騎士に立ち向かわず、後ろに宙返りをして避けただろう?キュラスほどの実力者ならあのまま五人を倒すことだってできたのだよ。それをせずに予想を裏切るような行動に出た。キュラスにそれをさせたのだよ。お主らがもっと弱く考えが浅はかだったら強行突破をしていただろうな」
「やはりグラディウス様にはお見通しでしたか。確かに避けずに強行突破もできましたがこれも訓練ですからね」
そう言って笑う王弟殿下とキュラスさんを見て冷や汗が出た。冗談でも誇張でも何でもなくきっとキュラスさんには出来てしまうのだろう。おそらく王弟殿下にも。
「あ、あははは」
力無く笑う私に王弟殿下が声をかけてきた。
「そうだ。ついでにシャルロッテ殿たちのところにも行ったらどうだ?」
「そうですね。ありがとうございました!」
頭を下げる私に王弟殿下は寛容に笑う。最初に会った時よりもずいぶん優しく見えた。
「いつでも来るといい。待っておるぞ」
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キュラスさんはあの後騎士達に稽古を付けることになったようで苦笑いを浮かべていた。忙しそうだったのでシャルさんの居場所を教えてもらい、その通りに城の中を歩く。行き着いた先には『文化魔術局』と書いてあった。全く聞いたことがないので首をかしげる。一体何をしている場所なのだろう。扉の周りには誰もおらず、そのまま扉を開けていいものかと迷っていると不意に後ろから声がした。
「あれ?恭珠じゃん!」
聞き慣れた声に嬉しくなって後ろを向くと本を持ったシャルさんが驚いた顔をしている。どうしてここに?という声が聞こえてきそうな様子だったので騎士団に行ってキュラスさんと話したこと、模擬戦を見せてもらったこと、シャルさんのところにも行ってみたらいいのではないかという話になったことを伝える。するとシャルさんは納得したように頷いていた。
「へー。キュラスが模擬戦ね。珍しい物が見れて良かったね」
「え?珍しいんですか?」
「ん?聞かなかった?キュラスって基本的には書類仕事してるし、剣を振ることもあるけど騎士達と模擬戦したなんて話聞いたこと無いよ?アドバイスくらいはしてると思うけどね」
違うのかな?と首をかしげているシャルさんの言葉を聞いて私は先程の騎士達の様子を思い出し、納得する。だからあんなにそわそわしていたんだ。そりゃあ滅多に見られないキュラスさんの模擬戦なんて次にいつあるか分からないし、対戦相手に選ばれた騎士達は相当嬉しかっただろう。私でも嬉しいと思うことくらい想像できた。
「ほんとはあんまり部外者には見せないんだけど、まぁせっかくここまで来てくれた訳だし軽く見せてあげるよ。入ろっか」
「え!?いいんですか?後で怒られたりしません?」
「全然大丈夫!ここの局長私だし」
シャルさんはあっさり扉を開ける。局長!?と頭の中は大混乱だったが、中に入るとその驚きも吹っ飛んだ。中は机が至るところにあって本が積み上げられ、資料も至る所に散乱している。様々な人がいるが、魔法陣が書かれた大きな紙の回りに一際人が集まっていた。
なんとなくそれを見ているとシャルさんに声をかけられる。
「ここが文化魔術局っていう場所。簡単に言うと魔法陣とかの研究をしてるところかな。複雑な魔法だと自分一人で発動できる人が限られるし、継続的に効果を発揮する時とかは魔法陣の方が都合がいいんだ」
「街の街灯とかですか?」
「そうそう。よく気づいたね。あれは魔石と魔法陣を組み合わせて半永久的に使えるようにしてるんだ。今も定期的に点検してるけど問題なく稼働してるんだよー。魔石もうちでつくったり研究したりしてるよ」
あれとかね。と指さされた先を見ると数人の人が宝石のような物を調べているのが見えた。遠目だからあまり良くは分からないがあれが魔石なのだろう。
へー、と思わず感嘆の声を漏らすとシャルさんがクスクスと笑っていた。
「これから新人が作った魔法陣のチェックをするんだけど来る?」
「はい!」
魔法陣がどのような物かはよく分からなかったので実際に見ることが出来るのは願ってもないことだった。シャルさんについてきてと言われたので大人しく後を追うと少し大きめの部屋にたどり着く。その部屋には机が無く、広々としている。中にはすでに何人かの人がいた。その人達はシャルさんと一緒に入ってきた私に訝しげな視線を向けてくる。シャルさんは軽く手を挙げてその人たちに声をかけた。
「遅くなってごめんね。この子は私の知り合い。見学しに来ただけだから気にしないでー。じゃあ早速始めようか。事前に言っていた通りここで発動してもらうよ」
そう言うとその人達は私から興味を失ったように視線を外す。そして何かの準備をし始めた。一人一人何かが書かれた紙を持って並ぶ。シャルさんが頷くと一人が前に出てきて紙を下に置く。よく見るとそれには魔法陣が描かれているようだった。そしてその人が魔力を通すと魔法陣が展開する。その魔法陣からは木が生えてきた。不思議なのはその木の枝と葉が透けていて青色に輝いていること。見たことのない木に見とれていると、その葉が落ちて風に吹かれるように舞う。木の下にいる人は何の影響も受けていないようだった。その人が外側に数枚の紙をばらまく。すると瞬時に葉がそちらに飛んでいき、その紙を切り刻んだ。見た目はきれいだが、思ったより怖い魔法かもしれない。
「風属性と樹属性を組み合わせた物です。魔法陣の中にいる者には何の危険もありませんが外から近づく者を切り刻みます」
「範囲はどれくらい?」
「だいたい大人一人分くらいです」
シャルさんの質問にもよどみなく答える様子はさすがだった。シャルさんはそれに頷くとそのまま魔法陣に近づいていく。周りはぎょっとしていたが本人はすいすいと進んでいく。そのまま魔法陣に近づいていくと、先程と同じように葉が襲いかかる。しかしシャルさんは氷で受け流しながら気にせず進む。そしてあっさりと魔法陣の中に入った。
「威力はまずまずだね。魔物には効果がありそうだけど人間にはまあまあかな。武器持ちの人間くらいなら問題ないけど、魔法で盾を作ったり一瞬で距離を詰めて来たりしたらあんまり効果無いかもね。それは魔物も一緒か。まだまだ改良の余地ありだけど、いい感じじゃない?」
もう魔法陣解いていいよと言われたことで木が消える。シャルさんは魔法陣を見ながら少し話すと私の所に戻ってきた。何かをメモしているシャルさんはとてもかっこよく見えた。その後も同じように魔法陣を披露していくのだが私が一番気になったのは幻術を出す魔法陣だ。
その人が魔法陣を発動させると炎の鳥が現れる。綺麗、と思っているとどんどん形を変えていく。狼、猫、獅子、そして最後に龍になり火を吹くと術が終わった。私はそれに見とれて思わず感嘆のため息を漏らす。シャルさんも満足そうに頷いている。そして魔法陣を見に行って話をしに行っていた。返ってきたシャルさんは私を見て小さく笑う。
「気に入った?」
「はい!ほんとにすごかったです。こういうきれいな物とかも出来るんですね」
「そうだよ。どういう模様を描くかによって効果が変わるからね。今回の出来ならまだ改善点はあるけど、将来に期待できるかもね♪」
シャルさんも嬉しそうに笑っていた。新人と言っていたしやっぱりいい人材が来てくれるのは嬉しいんだろうな。
披露は次々に進み、いよいよ最後の人の番になった。この人はどんな魔法陣を見せてくれるんだろう?と思っていると水が出てきていろんな形を作っていった。この人もさっきの人みたいな感じかな?そんな風に思っていると急に水が膨らみ始めた。私は何が起こるのか分からず、只それを眺めていた。
「避けろ!」
シャルさんの鋭い声にとっさに横に動く。次の瞬間、その水がビュッと飛んできた。間一髪で避けたからよかったけど私がさっきいたところを見るとへこみが出来ていた。頑丈そうなつくりなのに。
はっとして水に目を向けるとその後も私に向かって水が連続で飛んで来る。何で私ばっか襲われてんの!?余計なことを考えていたからか、躓いて転んでしまった。
ああこれはまずい。そう思った時、水が私めがけて飛んでくる。とっさに頭を守る。するとパキパキという音が聞こえてきた。恐る恐る目を開けてみると私の前まで飛んできた水は凍りついており、氷の球体から大きなつららが生えているようになっていた。
「恭珠大丈夫?」
シャルさんの方を見るとしゃがみ込んで魔法陣に手を当てていた。一体どういうことか事態が飲み込めずにいると、シャルさん魔法陣を消す。同時に凍り付いた球体とつららが消えたことを確認すると私の所に駆け寄ってきた。
「水に当たった?氷には触ってない?」
「ギリギリよけられたのでどっちも大丈夫です」
シャルさんの手を借りて立ち上がるが特に痛いところも怪我もなかった。それを確認するとシャルさんは安堵のため息をついていた。
「あーよかった。最初は矛先ずらそうと思ってたんだけど恭珠の火の魔力が強すぎたみたいで私には見向きもしなかったんだよね。ちょっと悲しい。しょうがないから凍らせて魔法陣を上書きしたんだけど間に合って良かった」
なんともなさそうに言っていたがやっていることは相当すごいと思う。あの一瞬で魔法陣を読み解いて上書きするのは相当の技量が必要になるし、瞬時に水を凍らせるのだってコントロールがうまくなければ出来ない。
「さ、さすがですね。シャルさん。ありがとうございます」
シャルさんは一体何の事かと首をかしげていたが、周りも呆然としていたのでたぶんシャルさんがすごすぎるだけだと思う。