09 おいしい
バルトに食事がまだだということを伝えると、入ってきたところに3人は戻った。
俺は服の入った籠は脱衣所に置いたままなので、バルトに貰ったジンの辞書を無くしたら怖いので取り敢えず机に置いて来た。
(あっち行ったり、こっち行ったり。マジすみません)
バルトはこの店を経営している人だそうだ。店の名前は「**、******、*って」とミーシャに言われたので分からないが……。
(まあ、店名とか、曲名とか。そういうのって訳せないこと多いからな)
バルトが料理を持ってくるまで、しばらくミーシャと椅子に座って待つ。
隣に座ったミーシャはこちらからも見える、キッチンの様子が気になるのか、椅子に座ったまま背筋を伸ばすことでどうにか見ようとしていた。
(うん、かわゆい)
バルトが持ってきた皿は3つで2つが俺の前に、1つがミーシャの前に置かれた。
3つの内、2つはスープが入っていて、俺の前のもう一つの皿には揚げた芋らしきものが乗っけられていた。
この世界の食べ物に詳しくない俺なりに、出されたそのスープに目を凝らしてみるとーー
(なんだろ。分からんけど、めっちゃいい匂いするし、見栄えもいいし)
--俺には、分からなかった。
その時、「くぅぅ」と可愛らしい腹の虫が鳴いた。
もちろん、ミーシャのものだ。
バルトに聞くと「食べてもいい。無料にしておく」という返答があった。
ミーシャはそれを、自ら翻訳したのでわかっている筈なのだが、俺に「食べてもいいのかな」という戸惑いを感じる目を向けてきたので、俺はミーシャの頭をさわさわ触ってから、スプーンでそのスープを食べ始めた。
「うめぇぇぇ」
思わず歓声を上げた俺の姿を見て、バルトは「そうだろ、そうだろ」のような顔をする。
(言葉はなくても通じるってこんな感じなのかね……)
そして、ミーシャも食べ始めるが、熱かったのかびっくと手からスプーンを落としそうになったが空腹には逆らえないのか、パクパクと食べ始めた。
彼女の表情はどこか真剣なものだったが、彼にとってはそれもまたーー
(いと、かわゆす)
--であった。
食べてみて、スープは細かく四角に切られた野菜や豆が沢山使われーー日本でいうと人参やジャガイモ、グリーンピースに近いと思うーー、そこに団子ーーこれは食感はつくねに近い感じーーがいくつか入っていたことが分かった。
もう一つの皿の芋は見た目通り、味もフライドポテトそのものだった。しかし、味は塩ではなく、ピリ辛に仕上がっていた。
芋はさておきスープは消化によさそうなものだった。
ミーシャは俺より、出された量がすごく少なかったので心配したが、ミーシャはそれでおなか一杯なんだそうだ(本人曰く)。
バルトに頭を下げ、『感謝』を伝える。
すると、バルトは何故か噴出した。
「***、****。**」
(相変わらず何言っているか分からんから、笑った理由も一切合切わからん)
けれど、俺はバルトのその笑いが『暖かい』ものだったので、俺も思わず笑ってしまうのだった。
その後、食器を運ぼうとしたら、またもやバルトに笑われたがそんなことはさて置き、俺とミーシャは部屋に戻ってきた。
(学ランとかは洗っといてくれるらしいしな)
食事のあとにミーシャを経由して聞くとバルトはもうそうするつもりだった、とのことだった。
俺はスマホとイヤホンを取り出して、あとはバルトに預けた。
閉じられていたカーテンを開けるとーー食堂でもうわかっていたことだがーー日は落ち始め、夕暮れ時だった。
俺はスマホを取り出すとーー
(やっぱりそうだよな)
ーー圏外の画面を確認したら電源を落とした。
(音楽聞いてる状況じゃねぇし、もしかしたら使うときがくるかもな)
もしもの時、懐中電灯として使うことも視野に入れて、バッテリーの節約を実行したのだ。
そのため、他にすることもなく、外に行って見たいがーー
(疲れたし、足も休めたいからな)
ーー俺は自分の膿んだ右足を思って、暫らくの間、此処でじっと休むことにする。
俺は小さな相棒の方を見ると、垂れた目で船をこぎ始めていた。
(そりゃ、森の中で一人でいたんだもんな。安心できたのかな)
部屋にあった一人用のベットの布団をめくりミーシャを滑りこませる。
ぐっすりと眠るミーシャの寝顔はどこかかたいもので、俺が優しくおでこをさすると、柔らかく笑顔のようになった、気がした。。
自身の表情が緩みきっていることを自覚しながら、ミーシャに布団を上から優しく掛けた。
(この子の為にも頑張んないとな)
しばらくの間、もしくはこれからずっと一緒にいることになるかも知れない少女の顔を少年は優しく見て、少年は気持ちのスイッチーー古い言い方をすればYARUKI/SWITCHーーを押した。
俺は先刻バルトが渡してきたジンの辞書を見る
(えっと、挨拶関連はっと。『おはよう』とか『こんばんわ』とかの区別は殆んどなく『こんにちは』だけでオーケーっと。発音が)
「(*※*か? *:*・? **+;*でいいのか?)」
取り敢えずイントネーションが分からないので、なんとなくで発音練習というよりは、とにかく、カタカナの発音でもいいから覚える。それを、意識して俺はミーシャを起こさないように、ボソボソと小声で練習をする。
向こうからしたら、カタコトみたいに聞こえるかもしれないが伝われば万々歳だ、と。
少年は肉体と精神の疲れから、体が強制的に自身を寝させる、つまるところ、気絶するまで『勉強』を続けた。