08 日本語じゃん
ミーシャと桶をいくつか湯船に浮かせて、互いにぶつけたりしてゆったりと体の芯まで温まる。
そして、1、2、3…、と32までーーミーシャがこう数えるといっていたーー数えてから、お湯からあがる。
(取り敢えず、ミーシャの年齢については放って置いといて)
俺は1歳だという、先刻ミーシャのいった言葉が信じられず、これについて放置することにする。
(聞き間違いかも、だが。もっかい聞いて認められちゃ怖いしな)
風呂場から出ると、脱衣所には俺ら2人の脱いだ服の他に新たな服があった。
「これを着ろってことか?」
まずは体を拭こうとするが、ない。
探すがやっぱり、ない。
「タオルがぬぁ~い」
(どうしよ、マジで)
この世界の常識を知らない俺は、もしかして体は拭かないのかとも思ったが、多分そんなことはないだろう。
ミーシャはコテンと首を傾けている。
(着ていた服で拭いても………)
俺は着ていた服を見て、ため息を吐いた。
どうしようかと思っているとミーシャが普段通りって感じで、壁にあった透明な石に触れる。
「おー」
何処からか心地よい風が吹く。
ミーシャの長い桜色は水滴を散らしながら、風になびく。
(かわゆい)
ミーシャに服を着せーーサイズが全然あっていなくてぶかぶかしてしまっているがーー俺もラフなその服に着替える。
ちょうど、俺が着替え終わった頃、脱衣所のドアがノック無しに開かれる。
「***。**、******」
目の前には厳ついバルトの男……じゃなかった、厳つい男がいた。
(もしかして、こいつも20歳だとか言わないよな。こんな、おっさんみたいな奴)
相手が自分に失礼なことを考えていることを知らないバルトはつむじのあたりを手で掻きながら続ける。
「**、*****。***」
ミーシャが翻訳してくれる。
「よう、は、なに? だって」
そういえば、とバルトさんに自分たちの状況とかを一切いってないことを思い出す。
(う~ん。森でいきなり目覚めて、自分は日本というココではないところからきて、えっと、この子、ミーシャとは森で出会ったんだけど………あっそうだ)
俺はバルトのところに来た理由を思い出し、籠からミーシャの手紙を発掘してバルトに渡す。
「これ、読んでください」
俺の適当な言葉を聞いてかどうかは知らないが、バルトはフムフムと読み始めると、口と手でーー
(口と手でってなんか響きがエロいよね)
ーー付いてこいと言った。
バルトはいくつかの扉が並んだ廊下を歩き、ある扉の前で立ち止まると、ドンッ、という音を立てながら派手に扉を開いた。ノック無しだ。
「………」
バルトは部屋にいたそいつに気が付くと怒鳴り声をあげた。
「*****! ***!」
「**? **! **」
中には金髪君がいて、突然のバルトにびっくりしたのだろう。
そして、2度目の土下座だった。それはそれは、見事な、無駄に洗練された動きだった。
(もしかして、この世界では土下座は挨拶程度のことなのか)
少年がそう勘違いしても仕方のない程、金髪の土下座は見事に躊躇いの『た』の字の無かった。
バルトは金髪君をーー
(そういえば、金髪君の名前知らないな………まぁ、いいか)
ーー部屋から外に出し、物を放り出し始めた。
「**、**、********」
(何だ? その、「どうだ、キレイになったろ」みたいな顔は)
金髪君は「**、******!」と何やら捨て台詞的なことを言って自ら出て行ったのでここにはいない。
「**、***。********」
ミーシャが翻訳してくれる。
「ここ、つかう。いいって」
(おー、なんでか分からんけど拠点ゲットだぜー。なんでか理由分からんけど)
ミーシャとバルトは話し合っている。
しかし、ミーシャは少し怖いのか、俺のゆったりとした上着を握っている。
(マジで、ミーシャ居なかったら……)
俺はそのことを考えて、ぞくり、と身震いするのだった。
ミーシャ曰く、バルトはミーシャの父との知り合いで、部屋や食事その他の面倒は、そのよしみで何とかしてくれるらしい。
そして、俺に自分たちの言葉が通じないことが分かると、ジンも同じような感じだったとも。
俺は、異世界での拠点を手に入れ、食い物の確保ができたことに安堵する。
(まあ、俺の働きは一切ないけどね! だって、仕方ないじゃん。言葉わかんないから、流されるしか………じゃあ、その俺と同じ奴、ジンはどうしたんだ?)
そう疑問に思い、思ったままを口にすると、「めも、とって、がんばってた、って」ということらしい。
バルトは一度部屋から出ると、茶黒の紙を持ってきた。
それを受け取り、中身を見るとーー
(日本語じゃねぇか)
--ミミズの這った字とその発音がカタカナ、意味が漢字交じりの日本語で書かれていた。
俺はこのまま何もなしからやっていくのか、と考えていたがこれでもう大丈夫だろう。
しかし、紙は1枚だけだ。
(まさか)
そう思い、ミーシャを経由してバルトに聞くとーー
「これ、は、わすりぇもの。これだけ、って」
ーー帰ってきた返答は予想通りの期待を裏切った答えだった。
(くっそおおおおお。安直だと思いましたよ。上手く行き過ぎだと思ってましたよ。でも、それはないでしょ。この上げるだけあげて一気に落とす感じ。ないわー、マジないわー)
紙に載っているのは、挨拶やハイやイイエ。あと、簡単な『買い物』の会話例などだった。
『買い物』と言っても『商品の名前』とかはあんまり載っていないため、これって使えるのか? とこの時の俺は甘く考えていた。
しかし、本当に0からやっていくよりも、0.1とか少しでも何かあったらそれは本当に心強い。
(ジンさんを見習って、俺も頑張ってやっていかないとな)
異世界召喚をなめていた少年は、これから大変さ、困難がありそうなことを感じて、頑張ろうと思うのであった。
(それにしても、バルトさんって何歳なんだろう?)
タケルが『異世界語』を覚えてくれないとなかなか設定を説明できない事件………