第2章【貧乏姉妹の自宅トイレ◆4】
年頃の思春期。春といっても中途半端な時期に転校。(まったく親は何をやってるんだ)家での存在感はなきに等しく、父親がするのはトイレの電球を取り替えるぐらい。母親代わりのお姉ちゃんは鈍感すぎて気付いた素振りもなかった。それどころか春休み突入と同時にバイトの帰りは遅くなるわ、外泊する日も珍しくなく、家にいる時間そのものが激減していた。挙句、とうとう携帯電話を買い換えたらしく、トイレに陣取っているときも肌身離さず待受画面を見つめている始末。「お小遣いの範囲内よ、半分は会社持ちだけどこっちのほうが何かと都合良くてさ」というのが言い分で、マオは納得したのか放任したのか諦めたのか「ふうん、そう」あまり取り合ったりはしなかった。
(むろん、それはそれ)
仮に生活保護を受給していたとしても、携帯電話ひとつで問題はなかろう。今時、家電3Cなどという概念は古い。普及率の高い電化製品に関して、平均より高額であれば社会福祉士に指導されるものの、社会的インフラや必要性に応じて生活保護の費用として認められている。例えば東京都が熱中症対策として、生保世帯にエアコンの購入設置費用を出すといった記事を読んだような記憶も僕にはあった。
「こんなところでお姉ちゃん、何やってるの?」
鍵も掛けずにトイレに籠もっていた姉に向けて、バケツと歯磨きセットを持った妹マオは小首を傾げた。僕の『序破急』を延期した翌日の昼下がり。
「何って、何よ」
「掃除の邪魔なんだけど」
「ああ」
「無駄に難しい顔して、選挙に立候補でもするの?あんまり眉間に皺寄せてるとチャームポイントの眼鏡ずれ落ちちゃうよ」
「大丈夫、フタしてるから」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど。でも、便器に落ちても熱湯で殺菌しちゃえば問題ないか」
「うわあ、私でもそんな度胸ないわ」
「冗談だよ」
「……あんたの冗談は毎回わかりにくのよ」
「よく言われる。冗談と本音って難しいよね」
「ああ、やっぱここいい感じね」
「だから何の話?」
「ここが電波一番入るみたいなの、ほら」
「……ふうん、なんだ、拾い癖直せとか言ってたのどこのお姉さまだったかしら。しかもラジカセって年代物じゃない」
棒読みで驚愕しながら、マオはバケツを置いた。僕が耳を欹てるまでもなく、途中砂嵐から明朗なモノラル音源へ、室内には新譜の洋楽らしき調べが響いている。
「拾ったんじゃないわ。ふふ、勘違いしないでくれる?ヤフオクで競り勝った掘り出し物と呼んでほしいな」
「送料だけ無駄に掛かったんじゃないの。というか、今時ラジコで聴けるよ」
「そりゃ知ってるわ。でも、移動中に電波の届かないとこ行ったら意味ないじゃん。おまけに電池だって減り早いのね。あたし的にはJUNKの帯は毎週録音しなきゃだし、スケジュール組むのだって大変なんだから。あ、それよか、アルコって知ってる?超面白いわよ、これでサンドリもネットしてたら完璧なのに」
「ふうん」
「マオも少しは見習ったらどう?」
「……いや、なんで私が」
「色々と勉強になるわよ。1円に泣く者は1円にナックル、能ある餓鬼は脛をかじる。塵も積もれば大和撫子」
「何それ」
「これが判らないなんて、マオはまだまだお子様ね」
「だったら、大人になんかなりたくない」
「人間、何事も精進が大切よ」
「でも、だからそれのどこが勉強になってるの。全然面白くないし、全部ただダジャレで語呂合わせてるだけ。少子高齢化の波は思った以上に深刻なようだね、としか言えない。そんな鳩が豆鉄砲食らったような中堅芸人が増えるにつれ、気取った親父ギャグが蔓延しちゃうんだから」
「うるさいわね、ボキャブラ文化と呼んでほしいぞ」
「ブスは喰わねど高須クリニック」
「……う。即席にしてはやるじゃないマオ、あんた、ハガキ職人になんなさい」
「興味ない」
「ノベルティ貰ってもあげないわよ」
「いいよ別に。それより、そこにラジオ置いてもいいけど、電池はお小遣いで買ってくださいね。タイマー録音するなら音量はゼロにするのも忘れずに」
僕の教養も大概、偏っているらしい。姉の趣味がお笑い芸人とはアニメ以上にハードルが高かった。恥ずかしい限り。以前、あれはカンヌかヴェネツィアかの国際映画祭のニュースで、日本映画では数十年ぶりに受賞した金獅子賞作品の監督が、確かにお笑い出身の芸能人だったという程度の記憶である。
さておき、1つの疑問点が氷解した。
スポーツ紙の切り抜きらしき虫食い。
あれも姉の趣味関連だろう。
知ってしまえばそんなもの。
そして、それは同時に、一度知ってしまったら、世界は残酷にも逆転する。
空元気で笑うマオは却って痛々しかった。
僕がなんとかしなければ。
(でも、いったい何を?どうやって?)
姉妹の会話を遠巻きに見守りつつ、僕は隅に積み上げられたスポーツ紙の一面に注目していた。新3億円事件に関する特ダネとして『事件解決にオカルト探偵の影あり?』という見出し。どこかで聞いたことのある称号だ。奪われた紙幣の一部がATMで見つかって、『独自に鑑定調査』と書かれているが詳細は読めなかった。警察当局が民間に捜査を委託していたとあっては沽券に関わるという意味合いとは少々異なる。超常現象に精通した探偵『美都里』と名乗る人物。オカルト探偵と呼ばれている通り、高名な彼になら僕のことが知覚できるかもしれない。
見守ってわかった、現実。
僕が脱出計画を延期しようと強行しようと、マオの人生に影響は与えられない。仮に、万が一、このトイレで換気扇とドアの隙間にガムテープを張って密閉して、しめやかに練炭自殺を企てたとしても、僕には阻止する術がない。何も語れず、何も抗えず、何も伝えられず、ただ黙って傍観者を続ける他ない。そして、そんな順延の日取りは代走選手の在庫が尽きるまでの数日であり、最終締切日は突然だった。
デパートの紙袋が折り畳まれ、パンッと小気味良い破裂音と共にティッシュの袋が開封されると、その最後の1個が僕の頭上、ホルダーの上に置かれたのだ。
(……結局、こうなるか)
そして次に便座に腰掛けたのは姉である。
3月26日、火曜日。
貧乏揺すりが伝播して小刻みにブレつつも、最新の高機能携帯はディスプレイが大きくて助かった。統計で自殺率が最も高い『3月の月曜日』は回避されたけれど。
いつも何かと行儀が悪い姉は、珍しく座って沈思黙考。裏向きに戻されて直視は適わなかったけれど、吐息ひとつ、雰囲気だけでも充分想像がついた。昼間からパジャマのまま、第二次性徴を終えた胸もとが露わになるのも厭わぬ自然体でうな垂れている。生理でもきたのかと無用な邪推に耽っていると「はあーあ」何度目かの深い溜息。バイト先で上司と揉めたのか。ひとり物思いに耽りながらも、指先だけは忙しい指押しでメール中。
「もしもし、何よ、メール読んでくれましたよね?」
携帯電話の着信が鳴った。
「……ええ、そう。今はまだタクシー」
敬語を使っていても対応はおざなり。相手は仕事仲間か?学校の友達ではなさそうだ。後ろ髪を掻きながら不満口調。マオの前では見せたことのない表情が窺える。それにタクシーを乗用するほどの金銭感覚だったとは。初乗りがいくらかはさておき、姉妹1食分の食費は賄えるのではないか。
そこで煙草を取り出した。
シュポッ、チリチリチリ。
ライターを灯す音。紙煙草の先端に火が移り、副流煙が室内に立ち昇っていく。10代の高校生が隠れ煙草とは褒められない。ゴホッゴホッと咳き込むあたり、昔からニコチンを嗜む常習犯ではないのが唯一の救いだった。姉の態度を借りれば、吸わなきゃやってられない、そう物語っているようだ。電波状況が良好でも、僕のほうでは相手の音声通話はほとんどキャッチできなかったが≪タマさんのことが心配で≫その中でも言語化できた1つのワードに、我ながら驚かされた。長い間マオ宅のトイレで世話係を勤めて、初めて姉の名前がタマと判明。中国語では猫というように、名付け親は余程の猫好きだと推察される。
「ええ、了解してます。だから、お客様には迷惑かけたくないって言ってるでしょ」
依然として会話の内容は不明瞭。それでも、第三者が立ち入れぬ深刻でデリケートな雰囲気が立ち込めていた。5分か10分か、最後の最後には楽観的な姉らしさに戻って「まあ、でも別に死にはしないわ」そんな締め括りで通話が切れた。ちなみに吸殻は一応便器には流さず、ジュースの空缶を灰皿代わりに捨てるマナーは持っているようで安心はした。
そして慌しく辞去。
(あ)
換気扇を消し忘れるなんて珍しい。
4月の新学期を間近に控え、今日は色々変則的な展開が続く。
その夜、珍しく父親が帰ってきた。
(やっとか)
長かった。
助かった。
五月蝿かった換気扇がようやく静止する。もったいない病が感染したかはともかく、空回りし続けるファンの不協和音を聞かされると、ノイローゼになりそうだった。
父親は便座のフタは上げずに腰をおろしたので、紙の出番はないと判断した僕は、自らロールを回転させ、少しでも仰ぎ見る体勢に入った。Yシャツにスーツの中年男性が項垂れている。手提げ鞄は肌身離さず小脇に抱えて、束の間の小休止という印象。ここは消費者金融の取立て逃避行マラソン給水所ですか。
(まったく、親子揃って)
姉と喧嘩でもしたのか、さておき同じようにトイレに陣取ってはスパスパ煙草を吹かし始めていた。換気扇を止めたのは、換気扇の電源が入れっ放しなのに気付かず、自分ではスイッチを入れたものと勘違いしての所業だ。姉のタマとは対照的に、貧乏たらしく短くなったシケモクに火を燻らせて。これが財政難のA戦犯的な立場を弁えた貧乏魂ならまだしも、タマほどの哀愁や意外性はない。大の大人がみっともない。僕の本質が薄っぺらなパルプ繊維だからだろうか、どちらにせよ、煙草を吸うのは感心しなかった。妹のマオが知ったらどう思うやら。
数分の後、再び静寂が訪れた。
今宵は下弦の月が綺麗だった。
マオの顔を拝んだら少し眠ろうと思っていたのに、朝からどこかに出掛けたようで、まだ会えていない。心配な反面、ただ帰っても風呂に入らず布団に雪崩れ込んだとか、風呂の排水口で用を足したとか、出先で済ませてしまったらトイレを利用しなかったとしても不思議ではない。(しっかし、ほんと静か。暇つぶしに連想訓練もやってないしな)
僕はマオの一件以来、考え事に没頭するようになった。目を瞑るイメージで思考実験を繰り返す。時には頭の中にホワイトボードを立ち上げて、脱出計画に始まり、自殺願望のマオを気遣う検討会を毎晩繰り広げていた。人知れず自分会議を重ねても、やはり僕には彼女を助けられない結論ばかり。代打が尽き、延長限界を迎えるだろう明日か明日の夜には見守りもできなくなってしまう。足長おじさんの僕にできることは、原点に帰って情報収集。脱出後『僕』を取り戻した暁には、再びここに帰ってくるために。妹のマオ、姉のタマ。あとは苗字か学校名が欲しい。もちろん地名や住所に越したことはないけれど。
(なかなか難しい)
僕がユニットバスに備付けのトイレだったら。
最近よく夢想する。中高生の裸を観賞したい。そんな邪念を抜きにして大真面目な話、トイレで練炭自殺を企てるよりは、よっぽど現実的な問題なのだ。昔から手首を切るときは風呂場の浴槽に水を溜めてからと相場が決まっている。仮にそうなっても、僕がいれば見守る以外の選択肢、つまり身を挺して包帯代わりに止血してあげられるかもしれない。この家の風呂場とトイレは、換気扇が共用化されており、誰かが風呂を使えばファンの可動音だけで分かるので半ば安心はしていた。
(……うぐ、臭っ)
時計がないので時刻は不明。
体感時間なら1時間とも2時間とも感じた脳内『会議』が、突如として中断されたのは、僕の鈍感でヘンタイな嗅覚が訴えるまでに要したタイムラグに他ならない。(この臭いって)日時計ならぬ月時計を逆算できたとしても、過ぎ去った過去に構っている場合ではないとその黒き異臭がはっきり告げていた。搾りたての排泄物さえ美味と感じてしまう僕のトイレットペーパーとしての五感が危険を抱くほどのそれは、洋式便器の下方。床に敷かれた新聞紙が燃えている黒煙。紛うことなき小火だった。
(な、なんで、そんな)
消火器1つあれば消し止められる。
しかし、僕は消火器ではなかった。
生憎の便所紙。
(あの糞親父が!)
煙草の消し損じは明白である。
新聞から新聞へと燃え移る炎。警報機は鳴っていない。そもそもこのトイレに、火災報知機は設置されていないのだ。自力で脱出するしか助かる道はない。(助かる?助かるってなんだよ?)もはや一刻の猶予もならない。『序破急』どころではない。一秒でも早く誰もいいから知らせなければ。
物が燃えるには酸素が必要。
トイレは狭い密室だ、ひょっとしたら、新聞紙だけが燃えて自然鎮火するのではないか?そんな楽観的な予想が裏切られたのは僕の視界に立ち昇る炎の揺らぎが、時折り、だが確実に横に揺らめいたからだった。幽かにドアが開いている。仮締め《ラッチボルト》までしっかり金具に留まっていなかった。
(こんな時に、クソ!)
僕は覚悟を決めた。
兼ねてからの必殺『ホルダー外し』が、まさかこんな形で実行に移すことになろうとは。壁向こうの炎を避けながら、紙を伸ばして地面を這う。神経を研ぎ澄ませ、目標を入手。(よし……良かった、まだあった)さすがは節約一家。役目を終えても何かに使えるのではないかと捨てずに保管していたのは、先代の芯である。彼に巻き付いてホルダーの真下まで移動させた。紙の配分は1対1か、若干先代の芯を重くしてもいい。
僕はそれを(うりゃあああああああああ)鉄アレイを持ち上げる倍旧の牽引力と瞬発力でもって一気に叩き付けた。真上の僕本体に向けて。このホルダーは上から下の外力で外れる。食パンのように綺麗に飛び上がりはしなかったけれど、それでも衝撃で片方が外れた。拍子に、頭上のティッシュが落ち、表紙のアイドルらしき絵が熔けて紙に引火していく。(ごめんよ。今までありがとう)あとは学校のトイレと同じく大回転で抜け出せばいい。便座に飛び乗ったところで、しかし炎は新聞紙を燃やしに燃やし、地表全土が地獄と化していた。失敗したら最期。チャンスは1回。ギリギリまで退き、そこから加速をつけてドアに体当たり、撥ね返らないように更なる超回転を掛けて応力をすべて打ち消し、攻防の末、開いた隙間から外に脱した。
(マオは?タマは?)
(火事だ!火事だぞ)
すぐ左手、6畳ないし8畳間の和室は誰もいなかった。
尤も部屋といっても、右手の台所+ダイニングの他はなさそうだ。
なぜか蛻の殻。ここは幽霊船メアリーセレスト号か。カーテンがはためいている。文机の電気スタンドは煌々と灯ったまま、座卓には筆記用具や飲みかけの牛乳パック、本棚には『中学生の節約術』『食べられる野草百選』『毒草の見分け方』など。(いや、これはいっか)とりあえず方向転換、踵を返して反対側のダイニングのほうに視線を向けると、玄関の扉が開いていた。外界の常夜灯と思しき電光が漏れている。
(……そう、か、取り越し苦労だったか)
どうやら一足先に避難したようだ。僕の出番がないなら、それに越したことはない。(早く逃げなきゃだよな)トイレから延焼する炎と黒煙。火災事故における死因の第1位は、焼死ではなく一酸化炭素による中毒死らしいけれど、如何せん、僕の場合は圧倒的に焼死のリスクが高い、跡形もなく灰になろう。ウインウイン、そうこうしている間に天井の火災報知機が鳴り響いていた。耳を劈く電子音響の奏でが俄然臨場感を増す。ウインウインウインウインウインウインウインウインウインウインウインウイン!
ふいに何かが聞こえた。
泣き声。否、鳴き声か。
声を頼りに押入れを覗くと、そこにはカゴに入った仔猫の姿があった。
(クソ、どうすれってんだ)
動物愛護の観点から助けようと思ったわけではない。僕は不純で下衆でヘンタイだ。ただ、少しでもマオの役に立ちたかった。
鍵で施錠するタイプでなかったのが幸いした。
火事場の馬鹿パワーとは恐るべし。カゴの横に置かれたダンボールと壁の間に突っ込み、大回転の連鎖で弾かれながらカゴの天井に飛びつき、ホルダー外しの要領で扉部分を持ち上げ、何とか仔猫を開放してやる。
「にゃあ」
(おっと)
今度こそ僕も逃げなければ。
(危なっ)
猫が玄関を出た瞬間、炎が道を塞いだ。
座卓に登って、さらに本棚に飛び移り、助走をつけて飛び込めばもしかしたら炎を避けられるかもしれない。(ただ、でも)あまりに危険すぎる。少しでも炎に触れたら僕は一巻の終わり。紙一重でも確実に死ぬ。揺らめく炎の陰影を凝視しながら、どこからともなくサイレンの音が響いていた。(は、早すぎだろ)消防車が到着したらどうなるか?火を見るよりも明らかである。僕は火にも水にも弱いトイレットペーパーなのだから。
(猫も薄情なもんだ、せっかく逃がしてやったのに一目散に慣れ親しんだ家を出て行くなんて)
炎の勢いが尋常ではない。
(……風か)
カーテンが動いているということは、きっと窓は開いている。
僕は急いでべランダに転がり込んだ。
その軒先には、洗濯物が干されたままになっていた。
誰の服だろう。寸法的には姉のほうか。派手な装飾、物干し竿に色彩豊かな私服である。何となく制服とスクール水着を足して何かを掛けたような。というよりもこれは。
(なんか、妙な感じ)
湿気には敏感な僕にはわかる。洗剤の残り香も加味して、干したばかりのようだ。洗濯物は夜中に干す習慣だった。それだけのこと。なぜ引っ掛かるのか。悠長に推理している余裕があったら逃げ道を探すべきなのに。否、そうだ、昼間の借金取り対策として居留守を使うときに備えているかもしれないし、今日たまたま洗濯し忘れて急遽夜中に干した可能性だって高いではないか。(僕はどうかしてるな)姉妹の心配ばかりして、自己中の風上にもおけない。そんな最中、一陣の突風が吹いたのを他人事のように感じていた。
コロコロコロコロコロコロ。
奇しくも手摺の下を転がるにはギリギリの、されど最低限の幅はあって。
(げっ)
2階のべランダから転落したのは直後。
意識が遠のく。
それから僕は、排気ガスの臭いと、不穏なエンジン音と共に気を失った。