表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

第5章【捨てる紙あれば、拾う紙あり◆2】

 4月7日、日曜日。

 美都里の営む『静物園』の展示会場ショールームに居候して1週間が経とうとしている。石油王をはじめ有象無象の生きた化石、いにしえの重鎮たちに見守られながら、タッチパネルのPC筐体を駆使すればネット上の最新記事が読め、画面に浮かび上がった仮想キーボードに文字を入力するには百折不撓の尽力を要するものの、日々の無聊を慰めるには事欠かなかった。


 事欠かないはず、なのに何か物足りない。

 寂しさを引き摺ったまま。


「おいパルプ野郎、仕事だ」

 今日の美都里の格好は毎度お馴染み変質者のそれで、彼女が扉を開ける前から、花粉症対策のマスクに貼られたもう1人の僕視点で繋がっていた。

「シケた顔してんじゃねえ鬱陶しい。さっさと行くぞ、助手見習いとしてお鉢が回ってきたんだぜ」


 連れて来られたのは車で30分、警視庁と合同捜査を組む碑文谷署の第3会議室だった。午後2時過ぎ、簡素な長机が並べられているほか、室内は薄暗く閑散としている。メインの会場ではないらしく捜査一課や所轄の捜査員は1人もおらず、出迎えた担当職員「話は課長から伺っています」と併せて紹介されたのは科捜研のスタッフだった。どうやら人見知りの美都里を慮って、細心の人払い体制を敷いているようだ。


「……ど、どうも」

「早速ですが、ご依頼のあった『試料』をお持ちしました。本当にこれで宜しかったのですか?」

「いや、全然助かりますです。倉田さん」


 相変わらずの内弁慶も、初対面の相手でなければ多少は人並みの会話が成立できるようだ。僕のことはどのように説明されたのか?あるいは、机に置かれたトイレットペーパーをちらりと一瞥しただけで、碑文谷署の年老いた職員も、それから倉田と呼ばれたスーツ姿の小男も「早速ですが」完全に眼中になかったので察するに余りあろう。


「初動捜査の資料はお渡ししてある通りになります。昨日午後6時30分ごろ、目黒区の円融寺西100メートルの住宅街で若い女性の刺殺体が発見され、遺体は司法解剖に回されましたが検死の結果は添付してあります。その試料は、先ほど病院から引き取ってきたものです」

「ああ、で身元っていうのは」

「こちらをご覧ください、ええっと名前は……」

「ストップ、黙って」


 それはまるで僕の視界を塞ぐように、捜査資料のファイルを広げていた倉田氏を手で制した。

「オレなら黙読しとくから、ちょっと読まないでくれます?それよかパルプ君」

(あ、はい)

 急に渾名を呼ばれ、僕は畏まった。 


「チミを呼んだのは他でもない、この手で一度凶器や遺留品に触れりゃあ犯人を読み取っちまうオレの感応力をもってしても、ひとつ弱点があってな。こればっかりは触れねーんだわ」

 やおら時代がかった台詞を吐くと、美都里は口惜しそうに歯噛みしながら拳を握り締めた。


(……それで、僕は何を)

「人間ってのは首から下の神経が切断されると、臓器の筋肉が緩んで失禁したりするんだってよ。直腸検査とか胃の内容物とか調べると、ほらよくある死亡推定時刻ってのが割り出せる」


 試料、そう指された硝子皿シャーレ

 曰く、被害者の脱糞だった。

 確かに腐っても女探偵、直に触れるには抵抗を禁じえないモノなのだろう。


(僕にそれをしろと?)

「ちっちっち、科学的なあれは倉田さんに任せて。今はチミが読み取った情報を伝えてくれりゃいい」

(はあ、それは構わないんですが)


 縦置きされた僕は、その場でゆっくり回転をはじめ、触手を伸ばして行った。老職員と倉田の両名は一瞬狐に抓まれたような表情を露わにしたものの、気を取り直してオカルト探偵の独演会を拝聴している。


(フタは開けてくれませんか)

「おっと、そうだった」


 鼻を抓んで開帳する。

 僕はその黄土色のペースト物質に触れた。ぬったりパルプ繊維に絡みつくこの感じは久し振りだ。正直な話、僕の体には拒絶反応もなければ嫌悪感すらない。健全なる精神は健全なる身体に宿るとはよく謂われたもので、トイレットペーパーにしてこの感覚では水を得た魚も同然なのだろう。


(ううん……そうですね。僕に言えるのは甘くて美味しい、じゃなくてですね。外食が多くて野菜やビタミンは栄養剤サプリメントで補ってるタイプの20代から30代前後の若い男性ですかね。毎朝ジョギングか何かやって健康維持には気を使ってるかもしれませんけど、少なからずジャンクフードも間食してる。食物繊維が足りてないと先細りするんですよ。肉類のほうは苦手なのかな。菜食家ベジタリアンなら豆類は摂ってるはずだし、どうだろう。経済的にある程度余裕があっても、いつも仕事が忙しくて高価な自然食品を買うまでには至らない一人暮らしの会社員みたいな)


 僕の率直な感想を聞きながら、美都里は所々で頷いている。

 しばらく精査したあと、手許のファイルを閉じた。


「ふむふむ、被害者の生前と大体一致するな。やっぱこういうのは朝飯前って感じか。トイレットペーパーにしておくのが勿体ねえぐらいの味覚じゃん」

「せめて嗅覚と言ってください」

「はいはい、とりま合格、合格」

(やっぱり僕を試したんですか)

「まーな」

 悪びれもせず、サングラスの奥で探偵が微笑む。僕の利用価値は、こんなシモの処理でしか発揮しない。それでもギブ&テイク、助手見習いの本分をまっとうできるなら悪い気は全然しなかった。


「それと美都里さん、これ、現場で採取したんですが」

「ああ、うん」

 次が本題とばかりに、倉田氏は持参したジュラルミンケースから小さなビニル袋を取り出した。

「昨日は午前中ずっと雨だったそうです。それでこれがこの状態で落ちていたってことを踏まえると、被疑者の遺留物と断定して良いかもしれません」


 袋に保存されていたのは、細切れの紙片か。

 それを素手で触って「ふむふむ」沈思黙考。ゴミの中でもトップレベルのゴミ、何の特徴もない小指ほどの紙屑をワインのテイスティング同様、丹念に撫で回していた。


「……あの、これ、今日一日、オレが預かってていいです?」

「何かのお役に立てるなら、宜しくお願いします。私共にはそれを解析する術がありませんので」


 会見は僅か10分ほどで終了。

 次に向かったのは西に40キロ、走行時間にして1時間を要した東京都下、八王子だった。自然の残る山手の郊外。そこにひっそりと佇む平屋建ての一軒家。


 築30年以上を隔てた表札には『桐谷』と書かれている。


(そろそろ教えてくださいよ)

「いい夢、視れたか?オレの好意を無駄にすんなよ。今夜は朝まで生コースだ。英気を養っておかなきゃな」


 生垣のそばで車を降りて、開口一番。

 マスクを通して訴える僕には構わず雑草の生い茂る石畳を踏んで玄関に辿り着くと、美都里はさっそく警察から借りた合鍵で木戸を開けた。


「なに、心配すんな。オレからすりゃバイト以外の何物でもねえんだし、お前からしたって交換条件のやっつけ仕事じゃん」

(それでも、知っておく義務があると思うんです)

「うっせえなもう」

 西日が射し込み、薄汚れた灰褐色の三和土と廊下の奥がぼんやり浮び上がる。美都里は埃混じりの屋内に顔を顰め「スリッパ持って来りゃよかったな、クソ」渋々靴を脱ぎ脱ぎ、お邪魔しますと一言辞儀を添えてから足を踏み入れた。


(容疑者、いや被疑者の家ですか)

「ああそうだよ」

 昔ながらの長廊下は左手に所々窓があって明るかった。美都里はソックスの裏が汚れるのを嫌って爪先立ちで進みながら「ーったく仕方ねえな」不肖不肖といった感じで口を開いた。


「半年前に迷宮入りした殺人事件に『切り裂きジャンプ』ってのがあってよ、それ関連さ。知ってるか?オレも捜査一課から依頼受けるまで忘れてたんだが」

(切り裂きって、ああ……新聞で読んだ記憶があります。年端もいかない幼年幼女たちを次々に手を掛けた猟奇殺人。桐谷ってそうか、指名手配されてる最重要人物の名前だったような)

「……と、それが最近になって別件で採取したDNA型と一致したんだとさ」


 探偵曰く別件とは、3ヵ月前から都内各地で起きている連続強盗殺人。財布や貴金属を奪われ殺害された被害者は10人を数え、犯行時刻は夕方、人気のない路地裏で行なわれたほかは、通り魔に近い無差別な性格を持ち、反面、犯行は手馴れたもので、現場周辺には毛髪や足跡などの微物はおろか遺留品は見つからなかった。それが先日、一部の被害者が抵抗を試みたのだろう、防御創の多い遺体の爪から皮膚片が採取され状況は一変、直ちにDNA解析に掛けられ、過去の前科登録データべースと照合していくと当該の『切り裂きジャンプ』こと桐谷霧斗が浮上したらしい。


(そもそも、なんで未だに捕まらないですかね)

「遺留品がなくても、ここは東京だしな。普通は不審者の目撃談とかありそうなもんだろうし、警察仕事しろとか思ってたけど犯人がジャンプなら納得のビーフカレーだ。隠し味のリンゴとハチミツが隠れ過ぎてたんじゃあ仕方ねーわな」

 そこで何枚もの写真を扇状に広げてみせる。


(生前の被害者ですか?)

 老若男女のスナップ写真。防犯カメラの動画記録から抜き出した静止画のようだ。


「あるときは不審な中年オヤジ、あるときは不審な女子高生、あるときは不審なサラリーマン風の好青年、あるときは不審な和服姿の白髪ババア、あるときは不審な工事現場の交通誘導員、あるときは不審なピザ屋の配達員、あるときは不審な年齢不詳の小太りなジョギングランナーと、変幻自在の涙あり整形ありのコスプレイヤーなんだかんな」

(……これ、全部が同一人物って、そんな)

「ただ衣装に着替えて成りきるレイヤーならまだしも、それに拍車を掛けて整形手術を繰り返して、すでに原型は留めてないってのが捜査陣の見解なんだってよマジ」

(でも本人が愛用している服とかハンカチとか触れば、以前やったみたいに見抜けるんでしょう?)

 そこで他人事のように嘯いていた美都里は「無理だ」憎々しげに口角を上げた。ちょうど茶の間の座卓で灰皿を見つけると、廊下の小窓を開けて煙草を1本、火をつける。


「こいつ、すげえリセッターなんだよ。オレの最も苦手な自分好きのチャラ男ってのが本質だ。嫌なことがあったらリセットして新しい自分になっちまう。小中高の卒業アルバムは制服マニアやロリコンに売り払ってるし、携帯電話の機種変は日常茶飯事、一度飽きたら思い出なんてすぐ消去しまくり。おまけに趣味はころころ変える。流行りモノに乗ったら熱しやすく冷めやすい。何だって10年どころか1ヵ月続いた試しはないんだぜ」

 ただし殺人を除いてな、と皮肉を付け足して溜息。


 窓の外、うらぶれた庭に紫煙が漂っていく。虫が入ってきそうだったので、煙草を吸ったらすぐに窓を閉め「こっちだ」目的の部屋目掛けて直行した。


 案の定、それはトイレだった。

 古風な和式便器。一見して汲み取り式『ボットン便所』のようだったが、さにあらず一応は水洗式らしい。流れ切れなかった残滓はもちろん黄ばみや水垢など掃除がされていない。


「んじゃよろしく頼む。こびりついたウンチ滓な」

(……わ、分かりましたよ)


 美都里はポケットに手を突っ込んだ。そして僕本体が回りやすいように左右の指に引っ掛けると、あとは自分でやってくれよと言い放ってそっぽを向く。


 現在逃亡中の殺人鬼が残した排泄物の生き残り。


 まるでタールのような黒褐色だ。


(……うう、これはなんだ、苦い)

「苦いって?おいおい、そんな呻き声を漏らすなよ、まるで精子をごっくんした淫乱女の反応みてえじゃん」

(なんか、その、今まで味わったどのタイプとも異なる独特の風味なんです、ツンピリ苦い)

「ほう」

 興味深そうにサングラスが光った。


(普通のウンチは基本的に甘美です。だから余計そう思うのかもしれません。まず健康なウンチ、いえ便だと善玉ビフィズス菌の影響で弱酸性になるんですが、これは悪玉ウェルシュ菌の影響でアルカリ性です。24時間周期の乱れた食生活に加えて、非常に肉食志向で偏食家タイプの傾向がありますし)

「そりゃそうだろな。うんうん。まァ報道管制が敷かれてるみてえで知らないだろうが、なんか桐谷霧斗ってこいつ、カニバリズムの疑いがあんだと」

(カニバリズム、人喰いでしたか)

「そそ。だから急に連続殺人を再開したっていうよか、指名手配の半年前から殺人は続いていたにも関わらず、全然バレなかったって推理するのが妥当なんだな。なにせ好みの相手はクソ餓鬼ばっかだし、そもそも食人が動機なんだから、肉は喰って証拠はなし、骨は砕いてトイレに流しゃいい。今回の場合は逆に考えて、貯金が底をついて逃走資金の折り合いが悪くなったつーよ」

(それは、なんですか)

「さっきの遺留品」

 美都里は先ほど預かったビニル袋を出した。その中の紙片を手で弄ぶ。紙片といっても、小さな筒状のようだ。


「こいつは24時間ネット使い放題の漫画喫茶『ニックル白金台店』の、特製メロンフロートEXを注文するとついてくるスプーンストローに包装されてた紙袋の切れっ端だ。煙草の箱と一緒にくしゃくしゃにしてポケットに混入しちまったんだろうな。昨夕の犯行時に落としたから雨水が掛かって膨らんだ形跡はねえ。そんでもって、事件現場に焦点を戻すと、さっき都内各地つったけど地名的には渋谷だろ、五反田、品川、六本木、碑文谷って感じでよ、この店中心に回ってねえか?いつも夕方に襲ってたのは、そのあと午後9時から朝までの料金パックが格安だったからでよ」

(それで、今日はそこで張り込みを)

「これだけ特徴が揃ってりゃ、判別可能だろ?同じ食人鬼の『やつ』を舐めればさ?」

(……はあ)


 そして午後6時。


 漫画喫茶『ニックル白金台店』の男女兼用トイレで僕は、大理石調の重厚なセラミックタイルの床面を見つめていた。洋式便器の清掃は行き届いて清潔感が漂う。温水洗浄ウォシュレット式の便器で、脱臭&温風乾燥の機能も搭載されているため紙の使用量が最小限で済むのは助かった。


 東京都の条例では身分証の提示は義務付けられている。が、この店舗では顔パスが慣例化しているらしい。美都里は警察には内緒にしておくからという条件を提示し、現在店員として潜入捜査紛いのキッチンを担当している。果たして対人恐怖症は大丈夫かと心配になるけれど。 


「怪しいやつ片っ端から下剤入れてくから、頼むぜパルプンテ君」

(変な渾名つけないでください)


 午後9時。

 午後10時。

 午後11時。そして午前0時。


 ナイトパックの時間帯になってもトイレの利用は尻すぼみ。

 特製メロンフロートEXを注文する客はあまりいなかった。念のためEX系のシリーズ全部に広げていた。店内にはラジオが掛かっており、トイレで待ちぼうけを食らっている僕にとって気晴らしになった。僕には芸能界やテレビの記憶があまりない。ラジオとなればさらに不勉強だ。例えばNHKラジオ第1放送で毎朝ラジオ体操をやっていて、年末には紅白歌合戦を生中継しているといった程度の知識しかなかった。


 JOQR……文化放送とはまたコアな放送局。

 若い男女が喧しくトークに花を咲かせている。


 今日は空振りかもしれない。この件が片付いたら美都里は本当にきれいさっぱり探偵業を卒業するつもりなのだろうか。パソコンを相手に仕事をするより、外で警察の外部委託に励むほうがよっぽど対人恐怖を克服する免疫作りになるのに。僕個人の希望を吐露すると、殺人鬼が捕まろうが逃げおおせようが構わなかった。縦しんば今回の捜査が失敗すれば、僕の利用価値も持続し、探偵助手見習いが長引くことで交渉の余地も生まれてくる。


 交渉の余地。今度こそ、それはもちろん……

 久しぶりに客が入ってきた。

 とりあえず国際基準の排便分類表ブリストルスケールなら7段階評価中、5タイプか。

 ただし下剤で強制的に排泄されたモノだから健康状態を気にするのもお門違いかもしれない。 


≪それでは、今日もいっちゃいましょう≫


(……あれ)


 午前1時。

 時報からしばらく、天から降り注ぐその声に僕は我が耳を疑った。

 現役JK貧乏アイドル多摩川珠樹の深夜ラジオ『いつも心に大金を~タマちゃんねる』と題された出囃子が店内からトイレまで木霊しているではないか。


≪皆さん死ぬ気で節約してますか?改めましてこんばんは多摩川珠樹です。先週は励ましのメールをはじめ、たくさんのご声援どうもありがとうございました。てへっ!家庭が火の車になっても火事にはくれぐれも注意してくださいね。売名行為だって騒いでる一部のアンチさんも過保護な信者さんもみんな仲良くね。あたしは今日も元気にやってます。塵も積もれば大和撫子ですよ。人生楽しく生きたもん勝ちなんだからねっ!おっほほ≫


 公共の電波を介して聴く珠樹の声は、若干キャラを作ってはいたものの、自宅で妹のマオを相手にしているフランクな口調は健在で建前と本音を両立している様子。


≪それでは節約のコーナーです、1枚目のお便りはR・Nびんびんちんこさん。私は牛乳を10倍に薄めて飲んでいます。学校の給食では飲みきれずに残しちゃう牛乳嫌いの私でもカルピス感覚で楽しく安心して飲めるようになってお得です。人間って1日2リットルの水を飲むといいらしいので、200ミリつまりコップ1杯分ぐらいは摂取できるのです。これで夢の身長140センチ台も夢ではないでしょう!なるほど素晴らしい首が長くなるほど画期的な節約術ですね。あたしもやったことあるよ。苦手克服と絡めて節約できるんだから効果的だよね。あたしってほら、みんなも知ってるでしょ?コーヒーが大嫌いだったんだ、でもテスト勉強とか眠気覚ましには欲しかったわけね。だからロックで割って10倍アイスコーヒーにしたらウーロン茶味になってさ、興味がある下流庶民たちはぜひ試してみるといいよ≫


≪一寸の飯にも五合の逞しさです≫


 CM明けも珠樹節は止まらない。

 これは生放送だろうか?しかし先ほどからコーナーの募集はしているものの、本日付けのメールやFAXを募集していないことから考えて、事前に収録したものか、生放送の体裁を繕った放送形態のようだ。


≪ああもう時間ないな≫

 番組はいつの間にか終盤に差し掛かっていた。


≪ふつおたも読んじゃおうかな。新学期が始まってクラスが分かれて友達ができません。どうしたら100人作れますか?匿名希望さんからの投稿ですね。うーん、と。あたしもアイドルやってからは友達は少なくなっちゃったな。ゼロじゃないからマシだけど、世の中には意外と中学校ゼロとか高校ゼロって多いみたい。かといって大学デビューには何年もあるし、ウサギなら待ちくたびれて自殺してるかもね。やっぱり最初が肝心かな。あたしが思うに、きっかけは何でもいいんじゃないか?何かしら共通点を見つけて、知る人ぞ知るマイナーな趣味なら打ってつけなんだけど、例えば趣味はこのラジオ聴くことですとか。ああ、でも見た目じゃラジオが好きって分からないか。うん、じゃあ逆に少しいいなって子がいたら、その子の趣味を真似してみるとか?服装でも文房具でも仲良くなりたいって伝わるはずだよ。やりすぎると嫌われるからね。貧乏は意外と好かれるけど、器用貧乏はあんまり好かれない気がするんだなこれがまた……≫


 学校でのマオはメガサリナに対して、否、妹の珠緒は沙理奈に対してなんと声を掛けたのだろう。転校当初の珠緒なら、教室中の生徒から好意的なアプローチがあったはずだ。仮に蚊帳の外に置かれていた沙理奈を気遣ったとして、共通点を探すには2人はあまりにも両極端、遠くかけ離れた家庭環境だっただろうに。


 いじめ、身なり、経済性、その他。


(何か違う。そうじゃない)

 貧乏、金持ち、節約、携帯電話、ストラップ……


 僕は漠然とした疑問が湧き上がってくると同時に、それは核心を孕んでいる予感を抱いていた。張り込み中にも関わらず探偵助手の見習いさえ失格かもしれない。ただいま13人目、次に入ってきた客は、どう見ても食人鬼に見えない猫耳少女が苦しそうに便器に跨っていた。可哀想に、下剤の調整を間違えたんじゃなかろうか。


(……あ、えっ?嘘)


 そして僕は絶叫した。

 ツンピリ苦い。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ