第3章【探偵を求めて三千里◆2】
完全犯罪が成功しないのは名探偵がいるからではない。現実には個々に交錯する世界線と分岐点で結ばれ、大なり小なりに関わらず想定外の衝突事故が起こっている。主人公は僕だけに在らず。逆に、それでも完全犯罪が成立した計画事案というのは、公に立件されぬ完全性に満ちた怪事件と、そしてもう1つは大事件の渦中にあって掻き消される枝葉末節な小事件も含まれる。今回僕の『序破急』がそうであるように。
結局、マオ&タマ宅のトイレは無事脱出を果たした。
トイレどころか、アパートも町も何もすっ飛ばして。
胎動に身を任せ、初めて外の空気に晒される夢心地。
彼のシェイクスピアは謂った。
死ぬことは眠ることに等しい。
何度死ねば、僕は生まれ変わるのだろうか。
気を失って四半世紀かはさておき。ここは。
疾駆する風の音、五月蝿い機関音。
空は黒から青へ。
月から太陽に代わって地表を照らしていた。
米軍の演習ヘリかマスコミの取材用ヘリか、青い天井に流線型の機影が横切った。赤から青に替わる交差点の信号機。柱と柱を繋ぐ電線上で羽々を休める烏や椋鳥。鳥類には色彩豊かな宝石やプラスチックの屑を集める習性があるそうな。僕を空へ運んでくれやしないだろうか。
(なんてな)
寝惚けている自覚はあった。
次に目覚めたとき、僕は自分が新聞紙になったと思ったぐらいだ。
映画『転校生』の階段よろしく、べランダから落ちた衝撃で僕の体はトイレットペーパーからニュースペーパーに入れ替わったのではないか?醜いアヒルの気持ちがわかる。巨大なビル群と見紛うほどの、右も左も灰色の新聞紙に囲まれて、無粋な活字ばかりが飛び交う閉鎖空間なのだ。泰然自若と屹立する古新聞や雑誌の束が僕の周囲一帯に犇き合い、物言わぬ圧力となって、白無垢な僕の肉体がそんな勘違いをしてしまった。
(そうか、僕は)
軽トラの荷台。
風除けの合板サイドを突き出さんばかりの、古紙の山で埋め尽くされた運搬車内。天候に恵まれていても、積載量MAXの鮨詰め状態はさすがに息苦しい。自治体や地域から委託された資源ゴミ回収業者にしては、早すぎる時間帯とは訝っていた。(ふむふむ)なんてことはない。案の定、リサイクル目的で不法にゴミを持ち去っていく悪徳な廃品回収業者だったらしい。これはまた数奇な巡り合わせ。ロンドン条約に則った最終処分場やゴミ焼却場に運ばれる不運だけは免れたものの、終いには海を越え、国境を越え、隣国や発展途上国に売り払われるシステマチックな運命が待っている。(そんなのは絶対にイヤだ。ここを出なくちゃ、海外旅行なんぞ趣味じゃないんだ)
意を決して、僕は動いた。
逸る気持ちを抑えながら、耳を澄ませ、風を避けて、荷造り用のビニル紐に巻きつくと、紙登りで慎重に登りはじめた。経済新聞と聖教新聞の間に挟まり、足場を固める。荒い運転で荷崩れしかけた箇所が階段状を形成していたのでちょうどいい。道路標識や目印になる看板はないか?目を凝らした。空気抵抗の少ない狭間なので視界は極端に狭いのが難点。肉食動物よりも草食動物の眼球が欲しいところだ。
尤も、現在地がどこか判明したところで、マオ宅に辿り着けるほど地球は狭くない。小火騒ぎのあったアパート2階。ネット検索で単語を絞り込むには広すぎる。ニュース性がなければ地元紙に載るのが関の山。(あっ)急に風が止んだと思えば、赤信号でブレーキが掛かった。慣性の法則が恨めしい。僕は無残に転がって、強かに後頭部あたりを強打した。紐に巻き付いていなかったら吹き飛んでいたこと請け合いである。
(今はマオより自分の身、か)
この荷台を降りたとしても自力で捜すのは無謀すぎる。それよりだったらすべきことは決まっている。いつかきっと『昆虫物語みなしごハッチ』のような邂逅があるに違いない。訪ねるのが三千里だったとしても。
まず、当面は探偵だ。
僕はオカルト探偵『美都里』に会わなければならない。
新宿の新3億円事件を解決して数ヵ月。
もう新宿にいるとは思えないけれども、目指すポイントは首都圏、東京にしておけば何かと都合が良い。後続車両のナンバープレートは栃木、対向車のバスは横浜、脇道から進入してきたオートバイは春日部。てんでバラバラだが都市部なら活路は開ける。便は便でも今回は小便でも大便でもなく、交通の便に左右されるのだから終着駅が新宿方面なら望むところ。
再び軽トラが、ゆっくり発進した。
そこで、僕ははっとした。対向車線上に真っ赤な車体カラーの消防車両と遭遇。(あれは)すでに多くの時が経ち、別の管轄区域に入って久しい昼時の日本列島、マオ宅の火災現場に急行するはずもないのは重々承知していたのに。
(それでも)
あのときの火事場の馬鹿パワーが出せれば。
(加速する前なら、まだ)
僕はしがみついていた紐を手放し、咄嗟に助走をつけて飛び移ろうとした。体が勝手に反応していたのだ。しかし、まったく滑稽なぐらい間に合わず、ドップラー効果とアインシュタインの一般相対性理論に恨み節を吐きながら(ぐふっ)追走中のバイクに軽く撥ねられ、乾ききった、されど固い地面を2、3度リバウンドしては黄泉の国を彷徨う暇もなく、さらに後続の鼻息荒い4WDに体当たり、筋骨隆々なグリルガード周囲の溝に嵌った。視界の端、制限速度の標識曰く50キロでも、恐らく倍は出ているであろう風圧が強すぎて走行中に抜け出すのは不可能だと思い知る。
(……嗚っ呼、気持ちわる)
痛みはない。
ただ、眩暈と嘔吐感はきつい。
排気ガスの臭いに顔を顰めた。次の赤信号を待って数秒、自力で脱出したものの、このまま車道を転がっていたら再び轢かれるのは時間の問題。否、タイヤに踏まれても死にはしないだろうけど元には戻らない。無残に潰れた芯では転がられない。回らないトイレットペーパーはただの紙屑だ。死よりも苦しい現実の恐ろしさ。僕は必死に吐き気を堪えてガードレールの下に潜り込み、歩道に退避しようと無我夢中で転がった。少しでも端へ、少しでも縁へ、路肩と歩道の間に阻まれた段差と並走、且つ砂利やガラス片を蹴散らして突き進んでいき、やがて陸続きの緩やかな斜面と接したので迷わず斜行運転に拍車を掛ける。我を取り戻したのは煙い排気音だの砂埃が若干霧消した頃。(はあ、はあ、助かった)ここまで来れば安全地帯に入ったようなものだ。傷や汚れは想定の範囲内。息苦しくとも歩調に乱れはないし。不幸中の幸いは、辛うじて回転を一定方向に保っていた。後ろガミを引かれては巻き込み事故が起きてもおかしくなかった。
「……沢山の人混みの中で君の笑顔だけが輝いて~」
僕の頭上を通り過ぎていく人影。右の横道から鼻唄交じりに自転車を漕いでいたのは大学生風の若者だった。足許に転がるトイレットペーパーには露ほども気付かず、女々しく歌いながら土煙を撒き散らして一瞬で遠ざかって行った。(ふざけんなよ、危ない!その口をグルグル塞いでやるぞ)僕が全うな通行人だったら、すぐさま口を噤んで赤面していただろう音痴な声を振り払いつつ、彼が来た横道を窺ってみる。閑静な住宅街へと続く通学路。どこを切り取ってもフラクタルな住宅街には危機感を覚え、僕はそのまま直進することにした。もちろん繁華街ほど危険が多くなるが、迷い込んだら二度と出られない迷宮ほど恐ろしいものはない。恐ろしいのは火事だけではなかった。それは外界の荒波に揉まれて否が応でも実感してしまう。
太陽の方角からして西。春の日差しにしては強めの紫外線に晒されるわりに風は凪ぎ、こんな薄っぺらな僕でも暑さを感じるようになった。坂らしき舗装路の傾斜がかった重力に身を任せて転がっている分には体力的には楽だけれど。衆人環視の公道、あまり不自然な素振りは怪しまれるだろうから、要所要所で少し転がっては休み、少し転がっては休み。偶に、飼い犬を散歩させている子供や老人をやり過ごし、その後は電信柱の根元中心、アンモニアの水溜まりに気を配っていればよい。
(……なんか涼しいな)
安心しているそばから再び不安が。数秒後に僕は後悔する。
道路沿いのコンビニ店舗。そこからどうも涼しい風が吹いてくると思えば、僕は息を呑んで固まっていた。あの店員、何を血迷ったのか?春の麗らかな午後、窓拭きや犬走りの掃除ついでにホースで水を撒いているではないか。打ち水効果は夏の季語だったのでは?運命の悪戯は日常にこそ潜んでいる。僕の行く手は駐車場に面しており、(あとちょっとで交差点なのに)前方数十メートル先、僕の視界には道路標識や案内板などの看板が映っていた。この距離では文字までは読めない。通過しない限りは。
店員と目が合った。
否、勘違いか。灰皿の交換とペットボトルのゴミ箱の入れ替えにご執心で、僕は周りの風景と同化していた。(セーフ)本当に目が合っていたら、凶器とも呼ぶべき鉄のトングで摘まれ、焼却炉行きは決定である。木陰で様子を見るか?コンクリートの輻射熱で水が乾くのも時間の問題といえば望みはあろう。
「あれ」
(えっ)
「ねえ、ママーなんか変だよこれ」
植え込みの陰に避難しようと身を翻した直後。悪魔の如き絶叫が僕の動きを止めた。太陽より暑い熱視線が背後から注がれ、確実に僕の全身を嘗め回しているのが分かった。(この子、いつから僕を見ていた?)油断も隙もあったものではない。黄色い帽子の円らな瞳が好奇心を剥き出しに「今、動いた」桜か梅の枝切れで突っついてくる。
「鼠が中で転がしてるのよ」
「ええ、ウソーこの中で?ハムスターってそんなに小さくないよ」
「あとで買ってあげるわ、ハム太郎だっけ」
「うん。でも待って。絶対これなんかいる」
「ダメよ」園児を制したのは、化粧気の強い母親。「ばっちいから触っちゃいけません」
ばっちい、とは失敬な。確かに新聞紙に擦れたり排気ガスを吸っては道路を這いずり回っていたので、ゴミ扱いされても文句は言えないが。
「ほら、行くよ」
母親の手に連行されて間一髪、助かった。トイレの芳香剤とさして変わらぬデオドラントな香水を振り撒きながら。年齢的には、中学生のマオより一回り下の幼稚園児。名残惜しそうに振り返っていた。
僕の隣にはジグザグのシルエット。
蒲公英が咲いていた。
(そういえば、マオ姉妹の母親には会えなかったな)
固い地面を突き破って逞しく生きるタンポポ。確かマオは『食べられる野草百選』で仕入れた節約術を如何なく発揮して、葉や根の部分を料理していたようだった。たとえ片親だったとしても、母の愛情を知らずに育った彼女たちなら大丈夫。決して給食費を盗んだり滞納したりはしない。
(あれ?なんで急に給食費なんて)
閑話休題。とにかく引き返そう。向こう岸に横断するのは早々に諦めていた。車でもバイクでも自転車でも、轢かれる可能性は極力排除しなければ。細心の注意を払って払い過ぎたらおつりは再生紙協会に募金しておけばいい。地震雷火事親父、この世で怖いものの序列は五体満足な人間に対しての俗説で、今の僕にとっては自動車洪水火事幼児と言い換えられる。轢かれて溶けて焼かれて弄られる四重苦、これ以上の苦痛がどこにあろう。僕は、僕が何者であるか知るまで死ぬわけにはいかない。豈図らんや行きずりの貧乏姉妹に情も湧いて。
坂を登りきれば活路は開ける。
途中、青く巨大な道路標識を横切った。這う這うのていで頭上を仰ぐのが遅れた。引き返す気力も失せて、それよりは先を急ごうと全速前進に踏み切ったのは、気を抜くとあのコンビニの駐車場まで全速後退で雪崩れ込む恐れがあったのと、角度的にすべてが読めなかったわけでもなく、辛うじて進行方向の矢印と共に●駅と表示されていたからである。
「にゃーお」
踏んだり蹴ったりの一難去ってまた邪魔者。
そこは小高い丘の中腹あたり、陸橋か何か。
満身創痍の体力が尽きかけたとき、野良猫と鉢合わせした。あのマオ宅で保護されていた仔猫よりも大きく、野性味溢れる捕食者の眼光が僕を釘付け、串刺しにする。(嘘だろ)坂道を転がる準備はできていた。(なのに)ガリヴァー旅行記の次はジャングル大帝ですか。警戒心を露わに、牙を剥き出しに、まるで僕のことを認識しているように。尻尾から何から逆様に総毛立って、野生動物特有の嗅覚が威嚇反応を示しているのだった。知性がないぶん人間よりも超自然には慣れた生物。本来からして、野良猫とは、衣食住足りた飼い猫とは違い、闘争本能に従順な獰猛でなかなか心を開かないものだ。
(僕は安全な生き物だよ、敵意はないんだ、だから)
そこを通してくれと懇願してみる。ここが正念場だ、体力は底を尽いて限界、あとは一か八か重力に任せて対岸の坂道を転がって逃げ切るしかない。
「にぃぃやああ」
一瞬だ、まさに一瞬。
すべてが終わるのは、いつだって酷く儚い。
相手にとっては不審な俗物でしかなかった。
鋭い爪が厚さ0.1ミリの薄肌を切り裂く。引っ掻かれた瞬間、その衝撃は紛れもない痛みだった。車やバイクに撥ねられても平然としていた弾力のある体も、動物には敵わないらしい。(ああ、そうかもしかしたら)
窮鼠猫を噛む。
否。
こんな今際の際にまで視た走馬灯が、姉妹とは。
絶体絶命の渦中に遭って、快哉を叫びたい気分。
単刀直入に、それは実に晴れやかな感慨だった。
僕は勘違いしていた。
やはりマオは純粋に優しい中学生。貧乏な生活を本心では恨んでいたり、転校の繰り返しで世の中を厭世しているのではと邪推してしまった。確かに倹約志向が強く、道端に落ちている不良品を拾う癖があるとはいえ、怪我や衰弱で弱った野良猫をこっそり保護していたような妹君だ。トイレットペーパーの裏向きも、周りのペットボトルも猫避け対策の一環であり、そして何より、手首に刻まれた無数の自傷行為の痕こそ、彼女の優しさに抵抗した証、人畜無害な居候による引っ掻き傷だったのだ。(そうだよな。自宅のトイレだって無防備に傷を晒したりするか。本物の自殺志願者なら絆創膏なり装飾具で隠すだろう)
そんなことを悟った。
走馬灯とはまったく意味合いが異なれど。
ふわりと、体が宙に舞う浮遊感。断崖絶壁の縁から落下する等比級数的加速度の中で。手摺の束柱は太かったが、僕が通り抜けるには充分な間隔だった。




