第3章【探偵を求めて三千里】
前例がない中、実体験に基づく考証、あくまで推測の域を出ない蛇足ではありますが、この通信は紛れもない現実です。今のあなたには夢を視ているだけの認識かもしれません。むろん、僕はそれで構いません。記憶の端に留める程度の、他愛ない世間話だと思っていただければ結構です。分かりにくかったですか?要するに僕から僕に向けてのデータ送信、『同期』にあたります。例えば、電車に乗って携帯電話を使用しているときに地下に潜って圏外になったりしますよね。そして不意に地上に出て圏内になる。この場合、基地局はあなたになりますけれど。きっと、今現在のあなたは車か何かに乗っていて、ほんの束の間、僕のいる学校敷地内を通過したのでしょう。思念を飛ばすのは疲れました。どうか無事、僕たちの認識共有が適っていたら幸いです。あなたに伝えたい一心でやってきたんですから。
ふう、と。
ちょっと疲れました。人と喋るのが久し振りで。まあ独り事には違いないんですが。言いたいことを手短にまとめるのは大変。終末の遺言以上、結婚式のビデオレター未満ぐらいに軽く構えてください。それか、眠っているあなたには一方通行の雑念かもしれませんね。居残り組の恨み節と思って諦めるしかありません。
ご承知のとおり、僕たちの命は、トイレに流されて、水に溶けて完全に消滅します。逆に、切り離された未使用の僕は、条件付きで生存を許されるようになるわけです。
お忘れですか?仕方ありませんね。
学校のトイレを脱出する際、ミルフィーユ大作戦の厚みを利用した切れ端たち。目算2センチの段差を乗り越える踏み台にした僕の一部は、いえ、正確にはあなたの一部である僕は、と形容すべきでしょう。泣く泣く自切を繰り返し、校舎内に留まることを選択した僕はあれからどうなったかというと、ご想像の通り、しばらく男子トイレの冷たい床タイルに残っていました。夜明けを迎え、授業が始まってからは、何十人もの男子学生たちに避けられたり蹴られたり踏み散らかされたりしながら、全身上履きの靴痕だらけ。やがて放課後の清掃時間になって大部分は放水によって洗い流されたのだけれど、どうやら休み時間に揉みくちゃにされた『断片』は回収しきれず、風や何かに乗って勢い、壁の片隅にへばりついたまま一命を取り留めたのでした。
もうお分かりですね。
今話している僕は、その生き残った断片の記憶代表として話しているのです。
さておき。
どこにでもある中学校の男子トイレ。筆舌に尽くしがたい壮絶なエピソードはありません。冒頭から今こうして慇懃無礼な前口上を述べておいて恐縮ですが。敢えて今日までの出来事で山場を挙げるとするなら、そうですね。ひとつだけ前知識を訂正しておいてください。どうやら僕らのいた中学校は弁当持参ではなく、給食のようです。間違いありません。というのも、先日校内でちょっとした窃盗騒ぎがあって、生徒の給食費が盗まれたからです。結局、犯人は不良グループの生徒Aが行なったことが判明して事なきを得たのでご安心を。とにかく、要するに給食なんです。僕らがあの日見た弁当少年は、単に給食では物足りない大食漢だったのでしょう。何が言いたいかというと、あなたが何らかの事情でもしまたこの学校に戻ってきたくて、でも特定作業が進まず、手掛かりにしようとしているなら「給食ナシ」ではなく「給食アリ」で捜索するようお願いします。
これだけでも大分絞り込めますからね。
はい。僕の話はこれで以上になります。
突然こんな詮無い話を長々と、ご清聴感謝します。再会の見込みはほぼありません。残念ながら。用務員さんの気まぐれで払い落とされるか、定期清掃の業者が入り次第、綺麗さっぱり洗い流される運命なのですから。僕はそれを潔く受け入れることにします。こうして最期にあなたと交信できて良かった。
それと、これは余談。
僭越ながら忠告です。
先ほど居残り組の恨み節などと自嘲気味に言いました。冗談ですからね?要するに僕のことを尊い犠牲と呼ぶのはやめたほうがいい。僕は僕の一部なんだから。自分にいくら迷惑を掛けても迷惑なんかじゃありません。せいぜい僕の分まで生きてください。やがて必ず自分の肥やしになるために。
ということで、さよなら。
僕の武運を祈っています。




