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序章【新しい朝】

 序章【新しい朝】


 ここはどこ?私は誰?という記憶喪失者の常套句が紡がれる通り、やはり物事の優先順位は「どこ」「WHERE」場所にあると身をもって実感する。それは三大欲求とは異なる極めて原始的な本能の欲求なのだろう。たとえ私がマリー・アントワネットと判明しても、目覚めた場所がコンコルド広場の斬首台だったら、満足に洋菓子を嗜むこともできない。私が織田信長だったとして、ここが京都の本能寺なのか?現代人の部屋からピピッとコンロの台所に案内されるかによって未来は変わってくる。そもそも「私」なのか?「俺」ではないのか?囚われの身としては「僕」のほうがしっくりくるかもしれない。せめて声でも出せれば状況も変わってこようが、しかし一切の感覚らしき自覚がない。さながら冷たい金属の拘束具に締め付けられ、体全体は麻酔を打たれたようにピクリとも動かなかった。針のむしろより闇の檻。この世には、死より残酷な仕打ちはいくらでもあろう。あらゆる外部情報を遮断し、徒々発狂するまで放置プレイを続けるという拷問がある。夢野久作『ドグラ・マグラ』はそんな内容だったか定かではないけれど。今日日、精神病科の独房に閉じ込められるいわれは僕自身にはない。


(ここは……本当に)


 深淵なる静謐の闇。

 朝なのか夜なのか、夢なのかうつつなのか。

 時速40269キロメートルの第二宇宙速度を超えて飛び出した絶対零度の宇宙空間、地に足のつかぬ浮遊感がある。だが重力には縛られているようだ。水深1000メートル以下の海底という可能性もあったが、目前の白き物体は、メタンハイドレートの氷結層ではないだろう。


 否、白いか。


 今、なぜ僕はそう思ったのだろう。


 肌が敏感に捉える、湿った不快感。季節は梅雨の如く。

 見渡してもタンクはない。

 公共施設らしい共用便所。手動のレバーペダル、給水タンクと便器を繋ぐ銀色のメッキ管=洗浄制御管フラッシュバルブが下に伸びている。ホテルやデパートなら和式よりも洋式が多いだろう。一般的に洋式便器のメリットは、高齢者でも使用しやすい、周囲を汚しにくい、清掃性の良い面などが挙げられるけれど、逆に設置費用のコストや清掃が大変といったデメリットが挙げられ、中でも「直接肌に触れるのがイヤ」との意見が多い。この傾向は、思春期特有の清潔感を持った小学校高学年の女子が顕著だという。


 総じて学び舎、学校。


 駅や公園と一線を画したのは黒ずんだ床タイルの汚れだ。現場に残された幾つかの足跡、同じような形状のゴムシューズが上履きに見え、そう判断できた。


(そうすると、これは)


 頭に何か載っている硬い感触。

 帽子よりもヘルメットに近い、平べったいお盆で押さえつけられたような均等の圧迫感。そして脇腹からガッシリ掴まれて身動きが取れない不自由な身体。これではまるで僕は磔刑に処されたキリストの反逆者か。


(まさか、な)


 もはや認めざるを得ない。

 限りなく絶望的な消去法。 


 ジグソーパズルは外枠から埋めていく。たとえピースが1つ欠けたとしても、最後に残ったピースの輪郭がどんな形をしているかなど如実に想像できよう。典型的なトイレのそれと、僕の視界に広がるトイレの間違い探し。すなわち、本来あるべき壁の一箇所に据えられたトイレットペーパーこそが、今現在の僕であるということに他ならなかった。「脳髄は物を考える処に非ず」だとでも?まったく冗談じゃない。そんな非科学的な夢物語、努努ゆめゆめあって堪るものか。






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