小 8
突然、目の前が真っ白になった。かまくらの中からどこかに飛ばされたような気がした。辺り一面、白く覆われている。何も見えない。空気が凍るように冷たい。
「ほのか、どこにいるんだ」
無意識に口から漏れた。すぐとなりにいたほのかの姿がない。もうほのかは涼のもとには戻ってこないと焦っている。どうしてこんなにも不安な気持ちなのか。
何だこれ……。
何でこんな場所にいるんだ……。
この白く覆われた世界はなんだ……。
「自分が違う世界にいるみたい」
姿はないのに声だけ聞こえた。
「もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きてる……」
ぎくりとした。まさかここはほのかの言っていた「もう一つの世界」か。しかしそんなものがあるわけがない。そんな夢みたいなものがあるはずない。
「ほのか、どこにいるんだ……。ほの……」
「涼くん、どうしたの?」
はっと横を向くと、心配そうなほのかの顔があった。
「えっ……?あれ……?」
周りを見渡し、変な気分になった。涼はかまくらの中で座っていた。白く覆われた世界から一気に戻ってきたような気がした。不安だった気持ちが一瞬にして消え去った。
「大丈夫?」
ほのかが泣きそうな声で聞いた。涼は小さく頷き、心を落ち着かせようとした。しかしなかなか動揺は消えてくれない。
「話しかけても何も言わないから……」
「話しかけた?」
どきりとした。スキーの話の後ほのかは何も話などしていない。ずっと俯いていただけだ。
「そうだよ。聞いてなかったの?」
わけがわからない。心臓がどくどくと速い。しかしここで嫌な気分にさせてはいけない。
「ちゃんと聞いてたよ」
「そっか。よかった」
ほっと息を吐くと、ほのかはじっと見つめてきた。
「じゃあ、約束だからね」
「えっ?や、約束?」
「そうだよ。忘れないでね。ちゃんと中学生の時まで覚えててね」
ほのかは少し疑うような目をしていた。聞いていなかったのではと思っているようだった。
「わかった。中学生の時まで忘れないよ」
冷や汗をかきながら頷いた。
約束とは何だろう。しかし聞いていたと言ってしまったので聞き返すことはできない。ほのかが中学生になった時まで覚えていてほしいことは何だろうか。
そろそろ帰ろうか、とほのかが言い、かまくらから出た。頭がクリアになった気がした。歩きながらほのかが聞いてきた。
「どうして何も言わなかったの?ぼうっとしてたの?」
「いや……ぼうっとなんかしてないよ」
「本当?病気とかじゃないよね?」
病気という言葉が妙に気になった。涼は風邪などはひくが、ほとんど毎日元気に過ごしている。病気ではないかと誰かに言われたことはなかった。
「病気じゃないよ。心配すんな」
そう言うとようやくほのかは笑顔になった。
ぐらぐらと揺れる歩道橋の真ん中で、ほのかは転びそうになった。
「きゃあっ」
涼は手を素早く伸ばし、ほのかの腕を掴んだ。
「気をつけろよ。もっとゆっくり歩かないとだめだぞ」
「……うん……」
真っ青な顔でほのかは頷いた。
涼はもう慣れているが、この歩道橋がどれほど危険なのかほのかはまだ知らない。何とか無事に家に帰り、涼は自分の部屋で考えた。
あの白い空間は何だったのだろう。まるで雪の中にいるように寒かった。かまくらから違う世界に飛んでいったような気がした。そしてなぜほのかがいなかったのか。姿がないのに声だけ聞こえたのもおかしい。
「ほのか、どこにいるんだ」
無意識にそう呟いていた。ほのかが目の前から消えてしまい、探しているようだった。しかしほのかが一人でどこに行けるだろう。いつも涼の後ろについて歩いているのに。歩くのだって涼がそばにいないと不安だと言っているのに……。
考えても答えは出なかった。思い出したいのに頭の中が真っ白なのだ。ただの気のせいだと思ったが何だか気持ちが悪くなり、夕食は半分までしか食べられなかった。