小 7
ほのかがそっと質問してきた。
「ねえ、涼くんの夢ってなあに?」
「夢?」
「将来、こんな人になりたいとか、あんなことしたいとかだよ」
涼は黙ったまま動かなかった。どういうものが夢なんだろう。自分の夢など考えたことなかった。
「……決めてない……」
無意識にそう言うと、ほのかは残念そうな顔になった。
「そうなの?決めてないの?何にも?」
うん、と小さく頷くと、ほのかは励ますように言った。
「そっかあ……。早く夢、見つかるといいね」
そしてにっこりと笑った。
涼は昔から、夢だとか目に見えないものには興味がなかった。占いもおまじないも、どうしてみんな躍起になって知りたがり信じるのか。
だがなぜかほのかの言葉で心の中がざわついている。何か大切なことを忘れているような気がした。絶対に、涼の人生において一番大事なことだと感じた。この大事なことを忘れてはいけない。だが白くぼやけてしまって見えない。もしかしたら、こうしてかまくらの中にいるからかもしれない。
「涼くん?」
ほのかの声で我に返った。頭を振り、ぼんやりする気持ちを消した。
「どうしたの?何か考えてたみたいだけど」
心配そうにほのかが顔を覗き込んだ。
「何でもないから」
すぐに涼は言った。
……何でもなくなかった。今、涼の心の中は嫌な予感でいっぱいだった。「もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きてる」というほのかの言葉が、本当のように思うのだ。もし、もう一人の涼がもう一つの世界で生きていたら……。ほのかに気づかれないように冷や汗を流した。
「あたしには夢があるよ……」
落ち着いた声でほのかが話し始めた。
「夢っていうか……やってみたいこと」
「何がしたいんだよ」
涼が聞くと、すぐにほのかは答えた。
「スキーをしてみたい」
「スキー?」
ほのかは大きく頷いた。
「スキーで思いっきり滑ったら、すっごく気持ちよさそうじゃない?」
じっと見つめられたが、涼の頭の中には「無理だ」という文字しか浮かばなかった。確かにスキーは楽しそうだが、思い切り滑られるようになるにはかなりの努力が必要だし、勢いが強すぎて転んだりしたら大怪我を負ってしまう。まだスキーに使う道具だって持っていない。
「でも無理だって涼くんは思ってるんでしょ?」
ほのかの言葉にどきりとした。気持ちが顔に出ていたのかもしれない。
ふう、とため息を吐き、ほのかは言った。
「わかってるよ。あたし運動音痴だし。滑るのもかなり難しそうだし」
涼は何も言わなかった。ほのかもちゃんと考えているのかと思った。
しかしほのかは首を横に振った。
「だけど、やってみたいんだ。一度でいいから滑ってみたいの。思いっきり滑ったら絶対気持ちいいよ」
強い口調だった。小学生の声には聞こえなかった。
ほのかは上目遣いで涼を見た。
「涼くん、あたし、スキーをやってみたいんだ。今はまだ無理だけど、大きくなったらやってみたい」
だから一緒に来てくれと言いたいのだ。ほのかの夢は涼と二人でスキーをすることなのだ。
涼は迷った。ほのかを悲しませたくなかったが、スキーをする自信がない。何と答えたらいいのだろう。
「……そうか。ちゃんとスキーできたらいいな……」
無意識に呟くとほのかは目を伏せた。つられるように涼も下を向いた。
スキーは無理だ。涼は運動が苦手だし寒いのも苦手だ。ほのかのためなら、といつも思っているが、やはりスキーは難しすぎる。
ほのかは何も言ってこない。やっぱりだめかと思っているようだった。諦めてくれたようで小さくほっと息を吐いたその時だった。