小 6
ある年の冬に、二人で小さなかまくらを作ることにした。誘ったのは涼だった。ほのかが喜ぶと思ったからだ。
「そんな……かまくらなんか作れないよ」
ほのかは首を横に振ったが、涼は力強く言った。
「作れるよ。一緒に作ろう。二人だったら絶対作れるよ」
するとほのかは小さく頷いた。
広い公園でないとかまくらは作れないということで、涼は少し遠い公園に行くことにした。その公園に行くには古い歩道橋を渡らなくてはいけない。引っ越してきたほのかは知らないが、その歩道橋はみんなが恐れていた。強く風が吹くだけで、柵が揺れるのだ。
歩道橋を渡りながら、ほのかは震える声を出した。
「この橋、すっごくぐらぐらするね」
「うん。ずっと前からあるからな。柵には絶対手をかけるなよ」
その時冷たい風が吹き、柵がぐらついた。きゃああっとほのかは悲鳴を上げた。ぎゅっと涼の体に抱きついた。涼もほのかの腕を掴んだ。
「ちゃんと靴の底に滑り止め付けてるよな」
「す……滑り止め……?」
顔を青くしながらほのかは言った。
「ちゃんと付けないと危ないぞ。滑って転んだら大変なことになるぞ」
説教するように言うと、ほのかは小さく呟いた。
「今日、帰ったら付けてもらう……」
よし、と涼は頷いた。さらに歩き方も教えた。
「ここ、お化けが出るんだって」
「お化け?」
さらにほのかの顔が青くなっていく。これは嘘だが、少しからかってやりたくなった。ほのかの表情がころころ変わるのが面白い。
「早くとり壊してほしいね。足を滑らせたら危ないもんね」
ほのかの言葉が心の中に引っかかった。みんなこの歩道橋を恐れてはいたが、とり壊そうとは言わなかった。ただ近づかないようにと言われているだけだ。誰もそんなことは考えなかった。もちろん涼も考えなかった。どうして早くとり壊さないのか。ほのかの言う通り、足を滑らせたら危険なのに。
「涼くんもそう思うでしょ?」
そうだな、と涼は曖昧に頷いた。
二人が入れる広さになるまで何日もかかった。歩道橋を渡る度、ほのかは怖がり抱きついてきた。なぜかほのかに触れられると心の中が熱くなった。
完成すると、ほのかは「すごい!すごい!」と声を上げて喜んだ。涼も作ってよかったと達成感があった。
さっそく中に入ってみた。上も下も右も左も白一色だ。まるでこの世界から色が消えてしまったようだ。頭の中がぼんやりする。ほのかがとなりに座り、はっとした。
「うわ~!冷たいね~!」
ほのかは体を震わせていた。涼はほのかの背中に腕を回し、抱きしめようとした。ほのかの柔らかな体に触れたかった。しかし動けなかった。もしそれをして変な意味でとられたら、と怖くなってしまった。ほのかに何か言いたいことがあるような気がしたが、何なのか頭がぼやけてしまって見えない。
「ねえ、涼くん」
ほのかが呟くように言った。涼は何も言わず首だけ動かした。ほのかはかまくらの中を眺めるようにして見ていた。
「雪って、不思議じゃない?」
「えっ?」
よく意味がわからなかった。ほのかはもう一度言った。
「あたし、雪の中にいると不思議な気持ちになるの」
「不思議な気持ちって……?」
ほのかは目を閉じると、静かな声で言った。
「こうやって、雪に囲まれてると、夢を見ているような気がするの……」
そして目を開け、涼の顔をじっと見つめた。
「よくわからないんだけど……。……何だか、もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きてる……みたいな……」
「何それ?」
涼は首を傾げた。
「もう一人の自分がいて、もう一つの世界で生きてる?」
「うん。自分が違う世界にいるみたい」
涼も同じようにかまくらの中を眺めてみた。もう一人の自分ともう一つの世界のことはわからないが、確かに不思議な気持ちにはなった。白く覆われ何も見えないためか、なぜか頭の中がぼんやりする。だんだん眠くなってきた。