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高 9

 日に日にぼんやりする時間が増えていく。ほのかは心配で仕方がないと言っている。

「ごめん。気がふわふわしてて」

「ふわふわ?」

 涼は目をつぶり頭を軽く叩いた。

「うん。何か大事なものが消えて……見えないんだ。白いもやみたいなものが覆いかぶさって……」

 ほのかはなぜか目をそらした。

「大事なものってなに?」

「だから、わからないんだって」

「夢の中にいるようなの?」

「夢の中……」

 一瞬頭の奥が光った。電気が走ったような感じだ。緊張したように心臓が大きく跳ねた。

「……何だろうね。大事なものって」

 となりで考えているほのかに涼は無意識に聞いていた。

「お前、知ってるんじゃないか?」

「えっ?」

 ほのかは目を丸くした。涼はほのかの肩をつかみ、じっと見つめた。

「大事なものが何なのか、知ってるんじゃないか?」

 怯えるようにほのかは言った。

「知らないよ。変なこと言わないで」

「だけどお前の言ってること全部おかしいんだよ。俺はほのかの夢なんか聞いたことはないし、雪ダルマもかまくらも作ってないし、スキーの約束をした覚えもない。誰かと勘違いしてるんだろ」

 ずっと悶々としていたことを全て言った。ほのかは首を横に振った。

「勘違いなんかしてないよ。全部涼とのことだよ」

「じゃあ何で俺は記憶がないんだよ」

 ほのかは後ずさった。

「あたしだってわからないよ。知らないよ」

 涼は睨むようにほのかを見つめた。低い声で今まで聞けなかったことを言った。

「頼むよ。もうこんな……わけがわからない生活したくないんだよ。隠してること全部はっきり言ってくれ」

「隠してることなんかないっ」

 無理矢理手を払い、ほのかは逃げるように走っていってしまった。残された涼は俯き、その場に立ち尽くしていた。追いかけても無駄だと思った。

 どう考えてもほのかは何か知っている。涼にとって一番大事なことを知っている。なぜ言ってくれないのか。言ってしまったらまずいのか。

 もしもう一人の涼が存在するのなら、どうしてほのかはもう一人の涼に会えるのか。もう一つの世界とはどこだ。本当にそんな夢のようなものがあるのか。

 そしてほのかを掴んでいた両手を見ながら、ほのかの体があまりにももろかったことに動揺していた。雪のように冷たく、今にも崩れてしまいそうだった。

 その日はほのかはずっと外にいて部屋に帰ってこなかった。外は雪が降っていて凍えるように寒い。上着も着ないでほのかは出て行った。まさかもう一つの世界でもう一人の涼の部屋にいるのか。もう二度とほのかは戻ってこないのではと考えていた。

 だが朝になるとほのかは帰ってきた。

「どこに行ってたんだよ。雪降ってたのに」

 聞いたがほのかは何も答えない。答えられないところにいたからかもしれない。仕方なく涼は諦め、頭を下げた。

「昨日はごめんな。怖い思いさせて……。もうあんなことしないから……」

「別にどうでもいいよ」

 口調がかなりきつかった。目も合わせなかった。涼は本気で悪いと思っていたが、ほのかには「とりあえず謝っておいた方がいい」と感じたようだ。一人きりになるとやることが増える。料理も洗濯も掃除も買い物も家事は全て自分がやらなくてはいけない。ほのかは涼が自分のことをただの女中だと扱っていると思い込んでいるのかもしれない。

 二人の距離がだんだん離れていくのがわかった。幸せが白く覆われていくようだった。ほのかと笑い合っていた日々が夢のような気がした。

 

 

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