高 7
「涼、どうしたの?」
ほのかの声がすぐ横で聞こえた。涼は恐る恐る目を開けた。ほのかが心配そうに涼を見つめている。
「えっ?」
涼は起き上がった。冷や汗を流し肩で息をしていた。辺りを見回して驚いた。自分の部屋のベッドに寝ていたのだ。
「すごくうなされてたよ」
胸がどくどくと速くなっている。
「だ……だって……、今……スキーで……」
「スキーの夢見てたの?」
ほのかはきょとんとした顔で言った。
「夢じゃない。あれは……本当に……」
「まあ、とりあえずお茶でも飲んで」
ほのかは台所に向かった。
お茶を飲みながら、涼はついさっき見たことを全て話した。
「ほのか、一人で滑りたいって言って、全然戻ってこなくて……」
ほのかは目を丸くした。
「そうだっけ?」
涼はすぐに頷いた。
「そうだよ。俺と一緒にいると転びまくりとか言ってただろ」
するとほのかは頭を下げた。
「ごめん。酷いこと言っちゃって……」
俯いたまま動かない。涼もつられるように頭を下げた。
「……俺も悪かったよ」
ほのかと同じように謝った。
仲直りができたことで、ほのかは顔を上げた。ほっとしているのがわかった。そのほのかの肩を掴み、涼は聞いた。
「お前、どこにいたんだよ。どうして戻ってこなかったんだ?」
しかしほのかは何も答えない。聞こえないフリをしているように見えた。
涼はじっとほのかの目を見つめながら頭の中で記憶を遡ってみた。消えたほのかを探しに行き、うっすらとほのかの姿を見つけた。腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、体がよろけて深い穴に落ちていった。もう自分はここで終わるんだと思っていた。このまま死んでしまうのだと考えていた。
「ちゃんと話してくれ」
するとほのかは質問とは全く違うことを言った。
「でも、涼はあたしのこと護ってくれた。あたしの夢を叶えようと一緒に歩いてくれた。頼もしくてすごくかっこいいって思ってたよ」
そしてにっこりと笑った。
「あたし、涼と二人でスキーに行けて本当に楽しかったよ。夢が叶って嬉しい」
「違うんだよ。俺が聞きたいのは……」
突然ほのかは睨むような目つきになった。
「いつも言ってるでしょ。そんなことどうでもいいじゃない。過去のことなんか知って何になるの?そんなこと知ったって意味ないでしょ」
涼は何も言えなかった。まただ。また「どうでもいい」で話を終わらせてしまった。あまりにも不自然だと感じた。なぜ言わないのか。
ほのかは穏やかな顔に戻っていた。お茶のおかわりする?と優しい声で聞いてきたが、涼にはそんな余裕などなかった。
ほのかと自分の言っていることが違うのはなぜだ。いったい何が起きているというのか。思い出したくても脳がそれを許さない。絶対に思い出してはいけない。もし知ってしまったら涼の人生は全て真っ白になってしまう。この異常な眠気も涼が思い出してしまわないようにするためだと気が付いた。ずっと白く覆い隠しておかなくてはいけないのだ。
大事なことを忘れている。決して忘れてはいけないことだ。しかし記憶から消えてしまっているのだ。




