中 8
「涼は、ほのかちゃんのことどう思ってるの?」
部屋で勉強中の涼に、わくわくするように洋子が聞いてきた。
「どうって?」
目を合わせずにそう言うと、肩を掴んで無理矢理顔を向けさせた。
「だからあ、恋人にしたいなあとか」
涼は冷めた目で言った。
「恋人?なんで俺がほのかと恋人同士になるんだよ」
「だって、あんなに可愛い子がすぐそばにいて、すっごく仲がいいんでしょ?だったら」
「うるさいな。勉強の邪魔するなよ」
硬い口調で答えると、洋子は何よ、というように部屋から出て行った。
洋子がいなくなると、涼はため息をゆっくりと吐いた。洋子の言う通りだ。ほのかは可愛いし、こんなにも親しくしてくれる。だが実際に親しいのはリョウの方ではないか。いつもいつもリョウの話ばかり聞かされて嬉しい奴なんかいるか。リョウの話をしている時のほのかの目はきらきらと輝いている。
「あたしが風邪をひいた時、早く治りますようにって雪ダルマ作ってくれて、本当に感激したんだよ」
ふうん、と涼はほとんど聞き流している。会ったこともない人物のしたことなんかどうだっていい。ほぼ毎日ほのかはリョウについて話す。それでどれだけ涼が暗い気持ちでいるか、ほのかは知らないだろう。ほのかはリョウの話をすると涼は喜んでくれると思っているのだ。
「いつもありがとね」
にっこりと笑うが、その笑顔を見せるのは自分じゃないだろ、と心の中で呟く。どこかにいるリョウが恨めしかった。初めて仲良くなった男がなぜ自分ではないかと妬ましかった。
涼の思いが伝わったらしく、ほのかは急に気を遣い始めた。リョウの話は前よりはしなくなったが、やはり一日に必ずリョウの名前は出てきた。
「なんか……最近元気ないね」
ほのかが心配するように聞いた。「別に」と素っ気なく答えると、じっと見つめながらもう一度言った。
「病気とかじゃないよね?」
はっと涼はほのかを見た。病気という言葉が心の中に引っかかった。涼はほとんど毎日元気に暮らしている。誰かに病気ではないかと聞かれたことはなかった。だが、どこかで同じ台詞を聞いた。確かに、誰かに言われたのだ。
「……病気じゃないから」
無意識に呟くと、ほのかは少しほっとした顔になった。
「何か変な気持ちになったらすぐ言ってね。あたし、精一杯助けるから」
しっかりとした口調でほのかが言った。涼はそのほのかの顔を見つめながら心の中で伝えた。
「お前がもう一人のリョウという人物が誰なのかはっきり言ってくれないから、こうなるんだ」
リョウに苦しめられ、もう何もかもやめてしまいたくなる時もある。もうほのかはリョウのものになっていいとまで考えたりする。もちろんすぐにそれはいけないという警告が頭の隅から聞こえてくるが。
だんだん二人で勉強することが少なくなった。ほのかは寂しそうだが、涼が集中できない。ほのかがそばにいると、またあのおかしな白い世界に行ってしまうかもしれない。涼に嫌われたんだとほのかが思っていたらどうしようと心配していたが、ほのかはいつもと同じく涼のとなりにいた。
とにかく、今涼がするべきことは受験勉強だ。合格できなければほのかに告白できなくなる。ということは成長もできない。絶対にそれだけは避けなくてはいけない。まずは一つ目の壁をクリアするのだ。ほのかも洋子も全て無視して志望校に受かるために努力するだけだ。