中 6
「涼ちゃん、あたしと志望校同じなんだ」
ほのかに言われ、少しあわてた。他にも入れそうな高校はたくさんあるのに、ほのかの志望校にこだわっている理由がばれてはいけない。
「ここが一番合ってるかなって。へえ、ほのかも一緒だったのか」
知らなかったフリをした。
「でも涼ちゃんの得意科目、一つもないけど。本当にここでいいの?」
すぐに頷き、力強く言った。
「好きなものばっかりやってても意味がないんだよ。いろんなことにチャレンジして、人はどんどん成長するんだよ」
少しかっこつけて言ってみたが、ほのかは、ふうんと呟いただけだった。涼はそのまま一気に床に倒れそうなほど、がっくりとした。ほのかにとって涼はまだ全然できていない未熟者だと思われているということだ。だからリョウの話ばかりするのかもしれない。ほのかにとってリョウは素晴らしい人で、頼りがいのある存在なのだろう。涼に「お前も少しはリョウを見習え」と、ほのかはさり気なく伝えているのだ。またリョウへの嫉妬の炎がめらめらと燃え始めた。もう一人のリョウがどんな人物なのか、一度でいいから見てみたいとも思った。
「じゃあ一緒に勉強しない?」
涼は驚いた。
「えっ?一緒に?」
「同じ高校に行くなら、勉強内容も同じでしょ?二人でやった方が絶対捗るよ」
笑顔で言うほのかを見て、どきどきしながら涼は頷いた。
目の前にほのかがいて、勉強に集中できなくなるのではないかと思った。もしかしたらほのかが部屋に来るかもしれないと考え、一日で部屋を隅から隅まで掃除し、ぴかぴかにした。
「なんでそんなに張り切ってるの?」
洋子に聞かれ、簡単に説明した。
「中学で同級生の子と一緒に勉強することになったんだよ」
まさかその同級生が、可愛い女の子だったとは思わなかっただろう。「ずいぶんと綺麗好きな子なのね」と言い、部屋から出て行った。
家にほのかがやってきたら、洋子はどんな顔をするのか。洋子は女の子が大好きで、「早くお嫁さん連れてきなさいよ」とよくふざけながら言ってくる。
「早く彼女を作ってね。ただし可愛くて礼儀がなっている、心の綺麗な子だけよ」
中学生になってからは口癖のように言う。もしほのかが恋人になったら、洋子は大喜びするだろう。
勉強中でもほのかは可愛かった。本当に何をしても可愛らしい。
「ちょっと休もっか」
そう言って立ち上がり、お茶を淹れてくれた。
ほのかが好きなのはほうじ茶らしく、いつもほうじ茶を出してくる。
「ほのかってほうじ茶好きなんだな」
ほのかは目を丸くした。驚いたように体が固まっている。
「前に好きだって言ったじゃない」
「え?そうだっけ?」
今度は涼が目を丸くした。
「そうだよ。涼ちゃんも、ほうじ茶が一番好きって」
「俺が好きなのは緑茶なんだけど……」
さらにほのかの目が大きく見開いた。
「そう……なの……?ほうじ茶じゃないの?」
「うん。緑茶の方がいろいろと体にいいし。ほのかもほうじ茶じゃなくて緑茶飲んだほうがいいぞ」
ショックを受けたようにほのかは俯いた。何かまずいことでも言っただろうか。
「あ、いや、嫌いってわけじゃないよ。ほうじ茶も好きだよ。でも健康を考えるとやっぱりりょく……」
「嘘ついてたんだ」
ほのかは涼の言葉を遮り、少し顔を上げた。しかし目をあわせようとはしない。
「嘘?なんだよ、嘘って」
「だって、前にあたしがほうじ茶好きだって言ったら、俺もって言ってたじゃない。あたしが出すほうじ茶、おいしいねって飲んでくれたじゃない。全部嘘ついてたってことでしょ?」
涼は頭の中をかき回したが、ほのかにほうじ茶を出してもらったことなんか一度もない。
「嘘ついてたんだね……。本当は緑茶が飲みたいのに、無理してあたしに合わせてたんだ」
わけがわからない。そんな記憶などない。お茶の好みの話なんかいつしたんだ。
「嘘なんかついてないって。うん、ほうじ茶うまいうまい」
ずずっと一口飲み、熱さで思わず吹いてしまった。
「ほら、やっぱり」
「違うよ。今のは熱過ぎたからで……」
「もういいよ」
悲しげな顔をし、ほのかは台所に向かった。新しく緑茶を淹れに行ったのだろう。
ほのかの嘘とは何だろう。いつ俺もほうじ茶が好きだなんて言ったのか。やはりほのかはもう一人のリョウと勘違いをしている。ほのかがおかしいのだ。もう一人のリョウのせいでほのかに嫌われるなんて、絶対に嫌だった。