中 2
そんなある日、清谷ほのかが輝くような目でやって来た。
「ねえ、今度スキー場に行ってみない?」
「スキー場?」
清谷は大きく頷くと、にっこり笑った。
「あたし、前にスキーをやってみたいって言ったでしょ」
涼は驚いた。そんな話を聞いた覚えはない。
「そう……だっけ……」
ほのかは身を乗り出してきた。
「そうだよ。スキーで思いっきり滑ったら気持ちよさそうって」
頭の中をぐるぐるとかき回してみたが、何も思い出せない。
「忘れちゃったの?」
清谷の疑いの目で涼は焦った。
「ちゃんと覚えてるよ。全部」
まだ疑っている目をしていたが、清谷は頷いた。嫌われたようではなかった。
「この間、スキー場が近くにあるって聞いてね。見てみたいなあって」
「別に行くのはいいけど……。ていうか、清谷ってあんまり運動得意じゃないって前に言ってただろ。スキーなんてできるのか?」
「清谷じゃなくて、ほのか!」
ああ、と気が付いて「ごめん」と謝った。
ほのかは、ふう、とため息を吐き、目を閉じた。
「……そうなんだよねえ……。あたし、運動音痴だからうまく滑られるかわからないし……」
俯いたが、すぐに思いついたように顔を上げた。
「高校生になったらできるかも」
「高校生?」
ほのかは大きく頷いた。
「高校生になればできるよ、きっと。ちゃんと調べて練習すれば大丈夫だよ!」
そしてにやりと笑った。
「もちろん、涼ちゃんも一緒だからね」
「ええ……」
涼は乗り気ではなかった。スキーは確かに楽しそうだが、転んだりしたら大怪我を負ってしまう。そんな怖い目に遭いたくない。
だがほのかに嫌われたくなかった。わかった、と小さく頷いた。
「絶対だよ。約束忘れないでよ。一人で滑るなんて寂しすぎるから。涼ちゃんしか一緒に行ける人いないんだから」
「わかった。わかったよ。ちゃんと行くから。忘れないから」
もう一度同じことを言ってから、ようやくほのかは離れてくれた。
ほのかがいなくなると、もう一度頭の中をかき回してみた。ほのかがスキーをしたいと聞いたことはなかったはずだ。そもそもほのかがスキーに興味があるというのも今知った。雪が好きな人はみんなスキーもやりたくなるのか。かまくらのことも考えた。ほのかは前に涼と一緒にかまくらを作ったらしい。しかし涼にはそんな記憶はない。前に、というのもあやふやだ。かまくらを作るということは、だいたい小学三年生くらいか……。
いろいろと考えて、ある答えにたどり着いた。ほのかにはもう一人「リョウ」という名前の男友だちがいるのだ。友だちでなくても、親戚に「リョウ」という男子がいるのかもしれない。その「リョウ」と涼を勘違いしているのだ。ほのかが「リョウちゃん」と呼ぶと約束したのも、かまくらを一緒に作ったのも、スキーの話をしたのももう一人の「リョウ」だ。ほのかは間違えているのだ。
しかし、以前こう言っていた。
「男の子って何するかわからなくて怖いの。話しかけられそうになったら、全速力で逃げてる」
「清谷って、めちゃくちゃガード固いんだよなあ。全然近づけないんだよ」
よく男子たちがそう嘆いている。そのため涼はほのかのそばにいられる男子なのだと、こっそり優越感に浸ったりしていた。
女子と付き合うのも苦手なほのかが、涼以外の男子と仲良くできるか。
急に変な汗が噴出した。ほのかの言っている「リョウ」という人物は誰のことか。その「リョウ」は涼だというのか。
ではなぜ涼は何も記憶がないのだろう。ずっと昔の話だから忘れてしまったのかもしれないが、ほのかはしっかりと覚えている。そんなに幼い頃ではないと思った。
……どこかで、ほのかはリョウという人物に会ったことがあるのだ。一緒にかまくらを作って、リョウちゃんと呼ぶ約束をして、スキーがしたいという話をした。そしてそのリョウを涼だと思っている。
体が震えそうになった。もしリョウが涼自身のことだったら、どうして何も記憶がないのか。
「どこで……どこで会ったんだ……」
涼は頭を抱えた。不安と恐怖が一度に襲い掛かってきた。