中 1
中学生になると勉強が一気に難しくなる。涼は嫌な気分で過ごしていた。洋子は彼女ができるかもしれないよ、とにやりと笑った。
「彼女なんかできないよ。俺、女の子に興味ないし」
「さあて、どうかなあ?もしかしたらクラスで可愛い女の子とかいて、一目惚れなんてこともあったりするかもよ?」
涼は洋子を睨み、「やめろよ」と言って学校に向かった。
ここでまた三年間過ごし、その後は高校生だ。しかも高校は受験という壁を乗り越えなくてはいけない。大人になるのは面倒なことばかりで、一つもいいことなんかない。洋子の「彼女ができるかも」という言葉も、この田舎の中学校では間違いなく起きないことだった。
そんな涼の前に、ある女の子が現れた。清谷ほのかという名前だった。目が大きく肌が雪のように白い。冬や雪が好きだという。平凡な女子しか周りにいないため、すぐに男子の間で人気者になった。
「なあ、風見、清谷のことどう思う?」
同級生の男子に聞かれあわてた。
「えっ?清谷?あ……いや……、まあいいんじゃない」
「まあいいんじゃない?マジで言ってるのか?お前あんな可愛い子そうそういないぞ。清谷ほのか様に失礼だぞ」
なぜか怒られてしまった。本当は涼も可愛いと思ってるが、はっきりと言えるわけがない。
「もしかしたらクラスで可愛い女の子とかいて、一目惚れなんてこともあったりするかもよ?」
洋子の言葉を思い出した。まさに洋子の言った通りになった。
ありがたいことに、席替えで清谷ほのかのとなりになった。緊張して授業に集中できない。しかも「風見くん」でも「涼くん」でもなく「涼ちゃん」と呼ぶのだ。
「涼ちゃんって……。なに言ってんだよ、お前。恥ずかしいだろ」
そう言うと清谷はむっとした。
「中学生になったら、涼くんじゃなくて涼ちゃんって呼ぶって言ったでしょ?」
「えっ?」
目を丸くすると、じっと見つめてきた。
「前にそう言ったはずなんだけど……」
「前に?」
清谷はそっと目をそらした。
「話聞いてたって言ってたのに」
「だから、いつそんなこと」
「かまくらの中でだよ。二人でかまくら作ったでしょ?あの時だよ。約束だからねって。中学生の時まで覚えててねって」
涼は驚いた。かまくらなんか作っただろうか。雪が嫌いな自分がかまくらなんか作るわけがない。というか清谷ほのかと出会ったのは中学生になってからだ。
しかしここで知らないなどと言うのはまずいと思い、ぎこちなく笑った。
「ああ、そうだった。忘れてた」
清谷はため息を吐いた。
「約束忘れちゃうなんてだめだよ。もしかして涼ちゃんって呼ばれるの嫌?」
「ごめんごめん。嫌じゃないよ。あ、じゃあ俺も清谷じゃなくてほのかって呼んでいいかな」
清谷は目を大きくした。
「なに言ってるの?前からほのかって呼んでたじゃない。ていうか、どうして中学生になったら清谷って呼ぶようになったの?」
「えっ……?そうだっけ……」
「そうだよ。あたし、ちょっと寂しかったよ」
清谷が俯くのを見て、涼は苦笑いをした。
「あ……いや、みんな清谷って呼んでるのに俺だけほのかって呼ぶの恥ずかしくってさ」
「別に恥ずかしいことなんてないのに」
「だけど、一応男と女だし。ごめんな」
そういうことか、と清谷は小さく頷いた。何とか納得してくれたようだ。
涼は冷や汗を流した。清谷ほのかとは初対面のはずだ。どこかで会ったのか。しかしあんなに可愛い子を忘れるわけがない。かまくらも作った覚えはない。誰かと勘違いしているのではないか。清谷と別れると何度も首を傾げた。
始めはよくわかっていなかったが、自分は清谷に惚れているのだと涼は確信した。ほのかという名前さえも可愛らしく思える。雪が積もるように清谷への愛も募っていった。そして雪が溶けるほどに熱い想いだった。
「なに見てるの?」
たまに疑うように聞かれて動揺したりするが、それも初恋のいい思い出だ。雪の中にいる清谷ほのかは妖精のようだ。
「清谷っていいよな」
「好きな奴いんのかな」
清谷が誰かに奪われるのではと不安になりながら、想いを焦がしていた。
「涼ちゃん、一緒に帰ろうよ」
清谷ほのかはなぜか女子の友だちより涼のところにばかりいた。
「なんで友だちと仲良くしないんだ?」
そう言うと、清谷は少し照れながら笑った。
「だって、涼ちゃんの方が話しやすいし楽しいから」
この言葉は涼を夢の中に誘った。まさかこんなことを言われるとは……。もしかしたら清谷ほのかも涼に恋しているのではないかと考えてしまう。もちろんそれはただの妄想でしかない。本当は全く何とも思っていないだろう。
またほのかはこんなことも言った。
「男の子って何するかわからなくて怖いの。話しかけられそうになったら、全速力で逃げてる」
「俺も男なんだけど」
すると清谷は首を横に振った。
「涼ちゃんは大丈夫。いつも一緒にいるから。涼ちゃん以外の男の子とは絶対に仲良くしないって決めてるの」
胸がどくどくと速くなった。やはり清谷ほのかは自分に惚れているんじゃないかと思った。ほのかの想いが知りたくて仕方がなかった。