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39章 融合



 マリアと別れた委員長は、僕等の後を追って教会前へ到着。正面から入って行った二人を確認し、一呼吸して作戦を練る。

(どうしよう。中は窓が塞がっていて見えないし……)

 昨今の信仰離れの煽りを受け、この教会も修繕費が払えずボロボロのまま放置されている。秘密の怪しげな儀式をするにはうってつけだ。

 扉に耳を押し当ててみたが、遠いせいか何も聞こえない。このままここにいても、中の状況は把握出来そうになかった。そう判断し、彼女はサッと転進。

(裏へ回ってみよう。正面が開いていたなら裏口も)

 予想通り、今は使われていない居住スペースへの入口に鍵は掛かっていなかった。


 キィッ。「おじゃましまーす……」


 残った窓から入る月明かりで、リビングは辛うじて歩けるぐらいには見えた。進む度に舞い上がる埃。矢張り誰も住んでいないらしい。

 教会内への出入口を探していると、突然人の気配。ドアが開く音がし、慌ててソファの陰に隠れる。

 入って来たのは、例の青髪のシスターだ。改めて見ても美人だが、感動以上に恐怖が沸き起こる。それは初対面の委員長も同じだったようで、無意識に拳銃を持つ手が震えていた。

 彼女は火の点いた燭台を持ち、流し台の上の『蛇』入り水差しを手に取って、一人こう呟いた。


「―――大父神様、御報告を。この街で、私は二人の人間に信仰を広める事に成功しました」


 天井を見上げ、うっとりと続ける。


「彼女等の篤い信仰心はまず二人の愛する兄弟へ、やがては街の人々へ完全なる平等を齎すでしょう。そして、何れはこの星全体へと……」


 信仰だって?馬鹿な!人の生命欲に突け込んでおいて、何が神だ!?

(この女性、まさか……いや、判断するには材料が足りないな)

 十中八九そうだとしても、到底信じられない。この残酷な彼女が、いつも女王陛下に振り回されっ放しのイスラさんの同僚だなんて。

(お姉さんと弟さんが宗教?とてもそんな風には見えないけれど……)

 首を傾げる委員長は、見つからないようにシスターを観察し始めた。と、不意に水差しの中の『蛇』と目が合った。

(み、見間違いよね……?どう見てもただの水にしか)


「―――さあ、ようやくお前達の番です、『御蛇』よ。全ては主のため、その身を使命へと尽くしなさい」


(『蛇』!?じゃ、じゃあやっぱりあの水差しに怪物が―――!!)

 シスターは元来たドアを通り、部屋を出て行く。戻って来ないのを確認し、そろそろと立ち上がる委員長。

(もしかしてあの水全部、マリアさんの言っていた……!?)

 傍目からも一リットル近くあった液体を思い出し、反射的に息が詰まる。

 諸悪の根源は、信仰は街に広がると言っていた。それはつまり僕を媒介に『蛇』を繁殖させ、姉弟と同じく受け入れる住民は怪物に、抵抗する者はJ氏みたいに殺すと言う事か。

(止めなきゃ!あれを飲まされたらアス君が!!)

 拳銃を強く握り締め、急いでシスターの後を追う。途中の物置部屋に入った時、奥のドアの向こうから姉弟達の声が聞こえた。


 バタンッ!!「全員、アス君から離れて下さい!!」自分でも驚く程の大声が出た。


 突然の闖入者に、姉は眉間に皺を寄せた。

「シスター、ドブ鼠が入り込んだみたいよ。ああ、臭い臭い!」

「聖書にあるように、全ての時空間は神の御前です。そのような汚らしい言葉を発してはなりません」

 嗜めたシスターは、空恐ろしい程のアルカイックスマイルを浮かべた。

「信仰希望ですか、迷える者よ?さあ、あなたの苦しみを話して御覧なさい。神は万能なる御力を以って、あなたを救う事でしょう」

「巫山戯ないで!!」

 部屋のほぼ中央には件の魔法陣。その中で、僕は虚ろな目を天井に向け横たわっていた。まるでマネキンのように。

 一歩踏み出すと、近付くな、弟がドスの効いた声で命令した。

「兄貴は大事な胎内だ。人間にどうこうされたら困る」

「何言っているんですか!こんなの、れっきとした犯罪です!アス君の意思を蔑ろにして、怪物に仕立て上げるなんて!!」

 安全装置を外した銃を油断無く構える。

「病院へ連れて行きます!ここであなた達と一緒にしていたら、きっともっと酷い事になるに決まっていますから!!」

「そのチャカ、さっきの奴のだな?ハッ!『蛇』の力でどんな傷も治る俺達に、そんなチャチな武器が通用すると思っているのか?」

「知っています。でも」銃口を姉弟とは別の方向へ。「『蛇』ではないあなたはどうですか、シスター?」

「成程、中々知恵が回りますね。確かに私は不老ですが、不死ではありません」

 機械的に笑む。

「銃弾が急所に当てられれば、の話ですが」

「そんな仮説は必要ありません。ガリガリですっごく不味いでしょうけど、こいつを食べてしまえばお終いです」

 二つに分かれた舌を伸ばし、姉が冷酷に告げた。が、シスターは慈愛の表情で首を横に振る。

「え?」

「それが彼女の望みならば連れて行かせなさい」

「何を言っているんだシスター!?兄貴を連れて行かれたら、俺達の命が!!」

 弟の詰問にも、彼女は何故か無言のまま。その意図は読めないが、チャンスは今しかない!


「アス君!?逃げるわよ、しっかり!!」


 肩を叩きながら耳元で呼び掛けると、深海色の瞳に僅かながら意志の光が戻る。

「いいん……ちょう……?」

「助けに来たの!大丈夫、立てる?」

 上半身を起こそうと、僕の背中に細い腕を回す。『蛇』に冒された身体は氷のように冷たく、飲まされた水が零れたのかびっしょり濡れていた。

「話は後。とにかくここを逃げましょう。大丈夫。仮令どんなになっても、私が付いて――――え?」


 ボト。


 支えていた腕が不意に―――融けた。着ていた服ごと床に出来た水溜まりに落ち、ミルクみたいに白く融解していく。


「あ……」「っ!委員長!!?」


 不思議と痛みは無かった。どころか切断面はぽかぽかと温かく、離れ難い幸福感が沸き起こる。

 常温で放置されたアイスクリームのように、委員長はじわじわと緩くなっていく。トロトロになった彼女が『器』に吸収され、記憶すらも混じり合う。


「駄目だ委員長!離れて!!!」


 どうにか突き離そうとする腕を取り、彼女は逆に強く抱き締めた。僕の心の中へ、荒れ狂う恐怖や孤独の只中へ自ら入り込んで行く。


「あ、ぁああ………!!!!」


 喪失に涙する僕に、魂の奥底から彼女は感謝の言葉を告げた。


―――今まで仲良くしてくれて、本当にありがとう。私、アス君がずっとずっと大好きよ―――。



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