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37章 勇敢なる少女



 委員長の束の間の眠りを妨げたのは、一発の銃声だった。

「っ!?」

 どうにか自分が吐いた物を避け、飛び起きた彼女の耳に入って来たのは、興奮した記者の叫び声だった。


「な、何なんだお前は!?止めろ、こっちへ来るな!!!」


 連射に混じり、何かが飛び散る音が聞こえた。だが、


「来るなバケモ―――げっ……が、はぁっ!」ドサッ!


 クローゼットの奥で恐怖に震える彼女の耳に、弟の冷酷な声が届く。


「―――ハッ!たかがゴミ虫のくせに、俺達に逆らうからこうなるんだよ」ガシッ!「ってこたあ、兄貴は姉貴の部屋か。チッ、ハズレもいい所だぜ」


 同年代とは思い難い、暗く危険な雰囲気。突然の非日常の出現に、委員長は自分が悪夢の中にいるのかと思った。

「まあ、向こうの方が『腹減っている』だろうし、片付けは任せるか。そう言えばシスターが昨日、やっと儀式の準備が整ったとか言ってたな……」

 そう呟き、主は殆ど足音をさせず部屋を後にした。

 ドアが閉められ、心臓がバクバクと百回程鳴った後。委員長は勇気を出し、クローゼットを脱出した。その次の瞬間、胸部に穴の空いたジャーナリストを発見して屈み込む。

「Jさん、しっかりして下さい!!一体何が……!?」

 背中まで貫く致命傷からは、何故か血が殆ど出ていない。しかし凶器が刃物で無いなら、一体何が彼をここまで傷付けた?

「お、嬢ちゃん……早く逃げるんだ……あの化物共に見つからない内に、早く」

「でも!?」

「銃弾で頭をフッ飛ばしたのにあの餓鬼、平然と再生しやがった……あれが噂に聞く第七、“死肉喰らい”って奴かよ……くそっ!俺とした事が、ヤバい奴等に喧嘩売っちまったぜ……」

 非常識な発言に、だが反論する気など起こらない。誰がどう見ても、彼はもうすぐ―――死ぬのだから。

「しかし、だとしたら……あの跳ねっ返りトルクが如何にも好きそうなネタだ。首を突っ込まなきゃいいが……お嬢ちゃん。俺のポシェットを外してくれ」

「はい」

 カチャカチャ、パチン。ズッシリ重い荷物入れを取り外す。

「そいつには“碧の星”にある、俺の家の鍵が入っている。警察に訳を話して、集めた証拠品を押収してもらってくれ。財布の中身は、せめてもの餞別だ―――がっ!」

 喀血。

「Jさん!!?」

「そろそろお迎えみたいだな……済まない、最後の頼みだ。一人にしてくれないか……君みたいな可愛い女の子を泣かすのはどうも嫌でね……」

「分かりました。その代わり」

 委員長は床に落ちていた拳銃を拾い上げ、空の弾倉とポシェットのそれを慣れた手付きで交換した。

「これ、お借りして行きますね」

「!?君は、一体……?」

 尤もな質問に、優等生は恥ずかしそうにこう答えた。


「見ての通り、ただの引っ込み思案な女学生ですよ。父親が警察署長で、多少銃の扱いを習っているだけの―――じゃあ、行って来ますね」


 颯爽と駆け出す才女へ、同化した僕はあらん限りの声で叫んだ―――行ってはいけない!!と。


 


 裏口から出た委員長は急いで正面玄関に回り、唯一明かりの点いた部屋を覗き込む。案の定、姉弟が気絶した同級生をどうするか相談している最中だった。


「何も家の中で殺す事無いでしょう?相変わらず無計画ね」舌打ち。「―――まあいいわ。片付けておくから、あんたはこの子を教会へ運んで」

「頼もしい姉貴で助かるよ。りょーかい」


(教会?そう言えば、さっきも儀式がどうとか……まさか!)

 賢い脳裏にある恐ろしい仮説が上り、反射的に震えが沸き起こる。

(駄目よ、駄目!アス君まで怪物にされるなんて、そんなの絶対嫌!!)

 こうしてはいられない!一刻も早く署長である父に知らせ、陰謀を阻止しなければ!!

 委員長は来た道を走り抜けつつ、真っ直ぐに自宅へ向かう。と、途中の浜辺、正確には海面に誰か浮かんでいるのが見えた。

(こんな寒い夜の水中に、一体誰?)

 どうやら自分より年上の女性のようだ。広がったブロンドの髪が、月明かりに照らされてキラキラ輝いている。そして目を見張る程の美人―――あ、そうか。委員長はマリアを知らないのか。


「あの」


 逸る心を抑えつつ、恐る恐る声を掛ける。人魚は振り返り、尾でパシャンと水面を叩く。一瞬見えた異形に、女学生は思わず腰を抜かしかけた。

「に、人魚!?」

「そうよ、アスの良いお友達さん。初めまして、そしてこんばんは。私はこの海を守るヤーシェのマリア。彼の叔母に当たる者よ」

「叔母様、ですか……」しげしげと眺め、「こちらこそ初めまして。私は―――」

 自己紹介し、礼儀正しく頭を下げる。

「ところで叔母様、こんな遅くに何をなさっていたんですか?」

「それはこちらの台詞だわ。ねえあなた、アスを知らない?あれから『蛇』について色々分かったの。だから急いで知らせに来たんだけど」 

「蛇?マムシとか青大将ですか?」

 それなら今の季節は冬眠しているので、特に害は無い筈だが。

「陸の者ではないわ。私達の一族が代々封じていた怪物よ」マリアは厳しい顔つきで告白を続ける。

「早く保護しないと、あの子が危険なの」

「っ!!?」

 委員長の脳裏に無残な姿のJ氏と、悪巧みを企てる姉弟のシルエットが閃く。表情の変化を察し、叔母が立ち泳ぎで近付いてきた。

「あなた、何か知っているのね?」

「多分。あの、マリアさん。その『蛇』ってもしかして―――第七種、なんじゃないですか?」

 瞬間、人魚は眉根を激しく顰めた。

「どうしてそれを……ええ、その通り。『蛇』の正体はシャーマンシーの出来損ない、陸の言葉で言う“死肉喰らい”よ」

「シャーマンシーって、深海魚の?」

 白くて骨までふにゃふにゃした高級魚。あれの煮付けは正直、ほっぺたが落ちそうな程美味しい。

「私達一族の方言よ。人間はヤベル、龍族はヤーシェ。そして闇を好むシャーマンシーは第七、所謂不死族を表すわ」

 不死族。宇宙法百七十二条で規制され、“黒の星”に住む死なぬ人々。噂では恐ろしい姿をし、人々の血肉を奪うと言われているが……。

 時間が無い。委員長は彼女に先程起こった出来事を告白する。


「―――と言う訳なんです」「成程。だからそんな物騒な物を……」


 拳銃を一瞥したマリアは、ならこちらも持ち得る全てを伝えましょう、と頷く。

「伝承に因れば雌雄一対の『蛇』は、肉体を巣に行動するらしいの。そして大量繁殖のため、卵を孵化させる『器』を探す。その条件がヤーシェとヤベルの混血、つまり私達人魚と人間、両方の血を持つ者なのよ」

「つまり、アス君が」

「そう。今、この街でその条件を満たしているのはあの子だけ。『蛇』にとって、あの子は正に生命線そのもの」

 突拍子も無い話だが、一つだけ確かな事がある。

「もし、仮に『器』にされてしまったら、治す方法はあるんですか?」

「ラベルグが海神として復活すれば再生出来るでしょうけど、今の時点ではまず無理ね。奴等が儀式と言っていたのは、恐らく『器』にするための物に違いないわ。伝承の騎士は、危うく難を逃れられたけれど……」

「そうなったら、彼の意識は?」

「分からないわ。でも、あったら余計に辛いでしょうね……血肉を喰らわなければならない怪物ですもの。かと言って、自殺する事も出来ない。『蛇達』に命じられるまま生かされて……」

「そんな、酷い……!!」

 思わずそう叫んだ時、あっ!マリアも鋭い声を上げた。彼女の視線を追って振り返ると、通りを横切る弟と負われた僕の姿が。距離が離れているので、向こうはこちらに気付いていないようだ。

「しまった!もう教会は目と鼻の先です!!」

 言うなり委員長は銃を握り締め、足音に注意して追跡を開始しようとする。


「お嬢さん!」 その後ろ姿に声を掛け、マリアは強く頷いた。「お願い、少しだけ時間を稼いでいて。ヤーシェに伝わる封印の聖水を取って来るわ。それがあれば奴等を動けなくさせられる筈よ」

「分かりました!こっちは任せて下さい!!」


 勇ましい返事に、叔母の口元が綻ぶ。

「ありがとう、可愛らしいヤベル。流石はアスの彼女だわ」

「!?い、いえ、私は……も、もう行きますね!!」

 瞬間的に上がった動悸を抑えつつ、女学生は再度単身駆け出した。



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