29章 旧友との再会
そんな二人と一匹の一便前、約一時間前に街へ降り立った誠。凍てつくような潮風を浴び、羽織った女性物のコートの前を慌てて閉じる。
(久し振りだな、この街も……)
心の奥底に封じていた辛さが蘇り、反射的に涙腺が緩む。急いで袖で拭き、真っ直ぐ砂浜へと向かった。
真冬の朝のプルーブルーは、水揚げ中の漁業関係者で既に賑わっていた。今日は休日だ。もう少し時間が経てば、流氷目当ての観光客もちらほら現れるだろう。
当然ながら、冬のビーチには誰の姿も無い。白い波打ち際に向かい、彼は叫ぶ。
「マリアさーん!ラベルグさーん!出て来て下さいー!!」
しーん。
(やっぱり、地上から呼び掛けても聞こえないのかな?そもそも私、二人がどの辺りの海域に住んでいるかも知らないし、手紙を出すにしても住所が海の中じゃ)
「おい、坊主」「わっ!!?」
驚いて危うく砂浜に尻餅を着きかけた知人を、無表情な四十代の衛兵が腕を引いて助ける。その背後からひょっこり現れた同年代の金髪女性は、百年前の面影をしっかり残していた。
「何十年振りかしら、シャーマンシー。会えて嬉しいわ。今日は私達に何か御用?」
海神に仕える不死の巫女と化して久しい人魚姫は、形の良い眉を僅かに顰めた。
「いいえ、ごめんなさい。どちらかと言うと、用があるのは私達の方かもしれないわ。実は」
「彼の事、ですよね?大丈夫です。私も丁度その話をしに来た所ですから」
「!?そうか……立ち話するには寒過ぎるな。来い。続きは俺達の家でしよう」
「―――と言う訳です」
商店街郊外、海辺に建つ貸家。他の家と同じく白い建物は、ほぼ精確な立方体だ。
そのリビングにて、衛兵は烏龍茶、他二人は生姜湯を片手に向かい合っていた。
「まぁ、あの子がそんな事に……」
「そのクオル、って国は何処にあるんだ?―――山か。だったら『妄執』も少しは大人しくなっている筈だな」
「『妄執』、ですか?」
小首を傾げる。
「その傷害事件を起こした本当の原因だ。肉体自体は再生したが、あれだけは海神の力を以ってしても殆ど浄化されなかった。恐らくは人の身に余る多くの魂が未だ束縛されているせいだろう」
「魂を?それって、まさか……」
「ええ。あなたの想像通り、“人魚連続失踪事件”の被害者達よ。或いはそれ以前の犠牲者の」
ありありとその様をイメージし、苦痛に胸を押さえた友人に憂いの目を向けるマリア。
「相変わらず感受性が強いのね、シャーマンシーは。―――大丈夫よ。『妄執』以外の魂は、あの子には無害だから。お代わりは如何?」
「はい、お願いします」
こぽこぽこぽ……。
「で、元気にしているの?」
「ええ。ラキスさんの話では、向こうでも真面目に仕事をして、住民達にとても慕われていると」
「治療者は、やっぱりリューベレ(幽族)?」
「ええ。宝さんのお話では、夢療法士ではないものの随分詳しいらしいです。生憎治療の進行状況までは分かりませんが」
安否を聞き、親族等は一応安心したようだ。カップをテーブルへ置く。
「朝早くわざわざ知らせてくれてありがとう。あなたも忙しいでしょうし、余りお借りしていると一族の皆を心配させてしまうわ。もし行きたい所があるなら案内するけど、どう?」
提案に頷く誠。
「そうですね。では、この街のお菓子が買える店に連れて行ってもらえますか?留守番しているオリオールに、お土産を渡す約束をしていて」
「小坊主は元気か?」
「はい。毎日政府館の庭で、他の子達と遊んでいますよ。今日の事を話したら付いて行きたいと言うので、説得するのに苦労しました」
「でしょうね。あなたは大切な大切な長なんですもの」ニッコリ。「じゃあ行きましょ。ラベルグも」
「俺もか?―――ったく、仕方ないな」
頭を掻きつつ、陸に仮住まい中の海神は満更でもない表情で椅子から立ち上がった。




