28章 蘇る記憶
定期船の中までは平気だった。異変が起こったのは、プルーブルーの船着場へ降り立った直後。
「っぁ―――あああああっっっっ!!!」
見覚えのある建物が、構内でも聞こえる波音が、漂う潮の香りが―――あの日の記憶をありありと呼び覚ます。
―――潰せ!殺せ!!
―――あなたは永遠に私達の物。何人たりとも触れさせやしない!
そうだ……あの得体の知れない苦痛は、奴等の囁きを受けた魂の反射的叫び。記憶喪失だった僕は、何も分からないまま意識を手放し、恐ろしい思念に一時でも肉体を預けてしまったんだ。っ!?この顔は、まさか……!!?
「アス」
寝惚け気味の声に、腕を引かれる感触。顔を見るのも辛い。何故なら、たった今思い出してしまったからだ。この場所で僕は、彼女とボビーを―――!!
「大丈夫、もう真実は目の前。『蛇達』はあなたを操れやしない」
「でも、僕はあなたを……!?」
舌の上にあの日の血の味が蘇り、激しくえづく。同時に強烈な吐き気が襲い、慌てて口元を押さえた。
「どうして……何故、僕なんかをクオルに迎え入れてくれたんです……?選りにも選って自分を傷付けた相手を、何故……?」
「さあね。覚えてないよ、そんな昔の事」
「くーん」
ラフ・コリーが足元に擦り寄って来る。心配してくれるのか、こんな僕を。
奇声に驚く係員を適当に追い払い、女王陛下は言葉を続ける。
「で、どうするの?ここまで来てすごすご引き返すか、それとも戦うか。決めるのはアスだよ」
本人曰く感情が無いと言う瞳には、だがはっきりと闘志が宿っていた。きっと彼女は、とっくの昔に真実を見抜いていたのだ。そうしながら僕が自らプルーブルーへ、故郷へ帰る時をじっと待っていてくれた。
「―――行きますよ、勿論。僕は、この街の衛兵なんですから」
これ以上あの人へ、大切な人達へ好き勝手させる訳にはいかない。仮令この先にどんな酷い過去が待っていようと、もう戻らないと決めたんだ。
「宜しい。じゃ、取り敢えず出ようか。外のやたら寒い空気を吸えば、嫌でも気分が良くなるよ」
「きゅーん」
ぶるぶる震える毛玉。
「そうですね。―――では行きましょう、二人共。運が良ければ流氷が見られますよ」
懐かしい白銀の陸の風景を思い出しつつ、僕等は薄曇りの故郷へ足を踏み出した。




