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24章 告解


 


 バタンッ!「っ、はあっ……ぁっ……!」


 奴等の囁きに耳を塞いだまま、僕は別館の元自室へ逃げ込んだ。照明を点けて内鍵を掛け、ドアに凭れて膝を抱える。動作を止めた事で、濡れた寝巻きが容赦無く体温を奪っていった。

「寒い……薪、まだ置いてあったかな……?」

 荷物は全て新しい部屋に移動させたが、刑務官さんの分も含め布団はベッドに敷いたままだ。―――良かった。少し埃を被ってはいるけれど、一晩分の暖を取れるだけの燃料も……ん?ソファの上に、誰かいる?

 恐る恐る立ち上がり、反対側を向いた家具を確認しようとした時、


「―――誰?」「!!?」


 驚いたのは先手を打って問われたから、だけではない。その声が明らかに幼かったせいだ。

 ソファの背から顔を出したのは、十歳にも満たない黒髪の美少女。掛けた黒縁眼鏡の奥から、大人顔負けの理的な眼差しをこちらへ向ける。少なくともクオルの子供ではない。一体何処からやって来たんだ?

「あ、済みません」反射的に謝る。「その、僕は」

「この部屋の持ち主でしょう?―――夜が明けたら出て行くわ。だから気にしないで」

「は?い、いえ!そう言う訳にはいきませんよ!!」

「?」

 小首を傾げた彼女の正面に回り込む。すると不思議な少女は、抱えていた物体を守るように小さな身体で隠した。

 それは彼女の胴体程もある、黒い楕円形の物体。卵?主の何処か必死な様子から、僕は直感的にそう思った。

「近付かないで」 

「済みません。でも寒くありませんか?」

 室内は氷点下とは言わないが、身震いが止まらない程低温だ。ブラウスにスカート姿、しかも布団も着ていない子供が到底眠れる場所ではない。

 僕はベッドへ行き、畳んであった毛布の埃を掃って差し出す。

「これ、少し埃っぽいけど使って下さい。今火も起こしますね」

「……」

 警戒する膝上に寝具を置き、暖炉の傍へ。薪を組み、置いてあったマッチと着火剤で火を点す。


 パチッ、パチパチ……。


 炎が大きくなるにつれ、室内に暖かさが齎される。冷たい掌を翳し、その恩恵に預かりながら声を掛ける。

「あなたもこっちに来て当たりませんか?」

「結構。私はこれで充分です」

 毛布を首元まで纏い、丸くなって蹲る。どうやら遠慮がちな子のようだ。

「そうですか……ところで、どうして僕がここの住人だと分かったんですか?」

「室内にDNAの一致する毛髪と皮膚片が複数落ちていたから」

「でぃーえぬ……は、はあ。とにかく凄い慧眼ですね」

 無知を晒した後の沈黙は、不幸にも長くは続かなかった。


「私達を受け入れなさい、アス」「っ!!?」


 揺らめく炎の奥。『雌蛇』のギョロリとした両眼が、真っ直ぐこちらを射抜いていた。余りの恐ろしさに尻餅を着き、睨まれた蛙のように硬直する。

「あ、あ……!」

 やっぱり駄目だ。何処まで逃げても、こいつ等はひたすら追って来る。あの人や皆と同じ、昏い虚無に僕を引き摺り込むまでずっと……!!


「何をしているの?」トン。「!!?」


 肩を叩かれた瞬間、邪な眼はただの炎へと戻った。張り詰めていた神経が解け、額を押さえて床に崩れ落ちる。

「あぁ……僕は、一体どうしてしまったんだ……!?」

 ただ記憶を取り戻し、精神障害を治して皆を安心させたかった。誰よりも彼を助けたい、ただそれだけだったのに……!!?

「?一体何の話ですか?」

 冷静な声に促されるまま、僕は主人の女王陛下にさえ言っていない全てを語る。見ず知らずの少女は頷きも相槌もせず、ただ黙って話を聞いてくれた。そして、

「―――つまり先程あなたは、暖炉の炎にその怪物の幻覚を見、幻聴を聞いた、と」

「そうバッサリ言われると、却って清々しいですね」

 秘密の暴露と深夜のテンションで、僕は自然と笑顔になれた。余裕が出た所で耳を澄ましたが、捜索を諦めたのか外からは誰の足音もしなかった。まあ真冬に防寒着無しで出歩ける範囲など限られているし、下手に外へ出て遭難する事もないだろう。


「―――そこまで」「え?」


 さっきとは逆の小首を傾げた彼女は、そこまで事態を把握していながら、どうして発端である故郷へ帰らないのですか?戻ったソファの上でそう、静かに問う。

「なん、ですって……?」

「あなたの言に因れば、あなたの叔母は怪物を封印していた一族の末裔。ならば、間接的に同じ血を引くあなたにも封じる事が可能な筈です」

「あ……で、でも戻ったら、また僕の中の『蛇達』が暴れ出して」人々を、傷付けてしまう。

「しかし、肉体のホストはあくまであなたでしょう?―――幻は所詮、何も出来はしない。優しく温かな過去も、また……」

 ぎゅっ。無機物を抱く両腕に力を籠め、無表情の眉を一瞬だけ顰める。


「しかし」「あなたは一体―――何を守るための『兵』なの?一番大切な物は、何?」


 話は終わったと言わんばかりに彼女は背を向け、猫のように丸くなる。

「寝具は元通りにして返しておくわ。感謝します」

「いえ、僕は当然の事をしたまでで……え?」

 寝息。早い、早過ぎる!まだ十秒と経っていないぞ!?

「はぁ……まぁいいか。僕ももう寝よう……」

 独り言を呟いてベッドから掛け布団を引っ張り、照明を消して暖炉の前に横になる。薪を足し、ようやく瞼を閉じた。

(僕が守りたいのは……)

 最初に浮かんだのは棺の前で一人祈る、黄泉道の聖人のか細い後ろ姿。そして故郷と、クオル王国で出会った全ての人々の笑顔だった。

(もう逃げるのは止めだ……僕の手で、決着を付けないと……)

 そう強く決意し、幸せな過去を想いながら眠りに就いた。



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