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16章 黄泉と誕生の夢



 気が付くと、僕は又も現在の姿で街の十字路に立っていた。時刻は夜。空には冷徹な白い満月が昇り、家屋の同色の壁を照らしている。

(あの人が、現実の世界にいる……?良かった、単なる僕の妄想じゃなかったんだ。殺人の犠牲者でも……!!)

 小躍りしたい喜びと同時に、ずっしりと暗い何かが心を過ぎる。これは……後悔?

 自宅への緩やかな坂を登って程無く、前方にずらっと並ぶ無数の長方体を―――その一つに屈み込む、永遠の安息の化身を発見した。


「あ、あの!」「?」


 一度目と違い、僕の声に反応して顔を上げる彼の人。写真よりもずっと綺麗だ。黒の長い前髪が雪のような頬や項に掛かっているのを見、思わず背徳的な色気を感じてしまった。

「今度は誰の棺桶ですか?それにお爺ちゃんは―――っ!!?」

 棺を覗き込み、半ば予想していた顔に驚く。

 セーラー服姿で両手を胸へ置いた委員長は、眼鏡の奥の瞼をゆっくりと開く。


「アス君……私の警告、やっぱり無視したんだね」「委員長……」


 弁解しようとした僕を、彼女は年齢不相応に慈愛深い眼差しで見つめた。

「大丈夫だよ。アス君の事、『私達』は全部分かっているから。でも、ちょっとだけ傷付いたかな」

 目を閉じほうっ、儚い死臭を吐き出した。


「済みません、委員長。でも、一つだけ訊いて構いませんか?あなたをそこへ入れたのは」「―――呼んでいる」「!!?」


 見た目通りの清廉な声に、背筋がゾクッとなる。続いて冷たい手で以って腕を引かれ、僕は強制的に棺の前を退出させられた。


 フッ。「えっ!?」


 何の前触れも無く瞬間移動が起こり、僕等は全てが真っ白い部屋に出る。だが、ベッドに寝ていたのは祖父ではなかった。


「本当にありがとう、―――。兄さんの子供を産んでくれて……」

「お礼なんて……あぁ、それにしても何て綺麗な子かしら。将来はきっとハンサムね」


 空のベビーベッドの隣で横になった若き母と、椅子に座って付き添う父。と、二人は同時に現れた僕を振り返り、今日が人生最高の日だと言わんばかりの笑顔を浮かべた。

「アス。仮令血は薄くとも、お前は私の宇宙一大切な子だよ」

 そうだった……どうして今まで忘れていたのだろう?

 姉弟と違い、僕だけは当時の最新技術、人工受精に因って生を受けた。夭逝した伯父の遺伝子を受け継ぐ者として。

「僕の方こそ、二人は掛け替えの無い両親だよ。ここまで育ててくれてありがとう」

「そんなの、親として当然の事をしたまでよ。―――さあ、こっちへ来て」

「うん」

 ベビーベッドを回り込んで傍へ寄り、両親と交互に抱き締め合う。懐かしい感触だ。大きくなってからも二人共、僕が落ち込む度にこうしてくれたっけ。

「立派になったわね、坊や。ここからずっと見ていたわ」

「流石はラベルグ兄さんと彼女……と、私の子供だ。仮令遠くに行っても、お前が人に感謝されていると私達も素直に嬉しいよ」

 その時はた、と気付く。愛する両親までもがこの夢の中にいると言う事は、まさか……!?

 死の使いを振り返ろうとした耳に、祖父の時と同じ厭な轟音が届いた。途端、幸せそのものだった二人の表情が一挙に険しさを帯びる。

 

「アス、早くその人を連れて逃げるんだ!!私達の事はいいから、早く!!」「でも父さん!?」


 言い返す間にも、壁の向こうから闇の迫る音が聞こえてきた。嫌だ、嫌だ!!これ以上大切な人達を奪われて堪るものか!!


「僕は衛兵なんだ!皆を置いて逃げられる程腑抜けじゃない!!」「馬鹿っ!!」バチンッ!


 頬を叩かれた痛みを感じる間も無く、障壁を突き破った暗黒が襲って来る。恐れ戦く三人を背に槍を構え、僕は敵と対峙した。

 至近距離で観察すると、闇は分厚い黒の霧を纏っていた。そして時折覗く本体は、テラテラと輝く鱗に覆われている。魚、の物とは違う。蛇?でもこんな巨大な爬虫類、現実世界で生息出来る筈が、


「きゃあっ!!」「母さん!?父さん!!」


 しまった!背後からほぼ同形態のもう一匹が無音で現れ、阻止する間も無く全員飲み込まれてしまった。闇から辛うじて顔を出した父が叫ぶ。


「『こいつ等』の目的はお前だ!早く、早く現実へ帰って封印するんだ……がっ!!?」


 抵抗虚しく引き摺り込まれた数秒後、厭な粘着音と胎動が起こる。それが意味する物を悟って、僕は余りのショックに逃走を放棄した。

 前後から蛇達が迫る気配を感じるが、もう指一本動かせない。諦め以上に肉親を―――何より『あの人』を二度も敵の手に落としてしまった喪失感が、一切の動作を僕から奪ってしまったのだ。


 二匹は動かない獲物に首を伸ばし、鋭い二本の牙の生えた真っ赤な口を同時に開いて言った。―――おかえり、アス、と。




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