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15章 奇妙な訪問者




「―――おい、あんた」「?はい、何ですか?」


 連日の夢療法は精神に悪影響を与えると言う事で、今日の治療は休みだ。

 午前中は城内の掃除。合間に埴輪スーツ(時価三百万・オーダーメイド)で遊び呆ける女王陛下を三度程捕まえ、その後昼食の配膳と片付けの手伝い。

 そして午後。一通り王国の見回りを終え、麓への山道の入口で声を掛けられたと言う訳だ。

 モノクルを嵌めた二十代の男性は、会うなり僕を頭から脚の先までじっくり眺め始めた。着ている白の制服から、どうやら那美さんと同じ連合政府員のようだ。どう対処して良いか分からず、取り敢えず黙って様子を窺う。

「??」

「ああ、済まん。あんたがこの国唯一人の衛兵、アスだよな?」

「はい。御察しの通り僕がそうですけど……あの、もしかして刑務官さんの事件に何か進展が?」

 一応何かあれば那美さんが連絡してくれると言っていたが、直接来たとなると再捜査だろうか?

 だが彼は首を横に振り、残念だがそっちに関しては何も聞いてない、俺はあんた個人に用があって来た、と告げた。

「僕に?プルーブルーの傷害事件についてなら、済みませんが調書通り殆ど何も覚えていなくて……」

「いや。俺が訊きたいのは、あんたの記憶喪失に関してなんだが……俺の顔、覚えてないか?」

「へ?い、いいえ。何処かでお会いしましたか?」

 唐突な質問に、まあ直接挨拶した訳でもないしな、政府員は軽く頷く。一応名刺も差し出されたが、ラキス・フォナーと言う名前に心当たりは無かった。

「そう不気味がらないでくれ。上司があんたをその、ずっと昔に死んだ筈の連続殺人犯じゃないかって疑っててさ。どう考えても有り得ないんだが、これも命令だ。少し付き合ってくれないか?」

「は、はぁ。分かりました……えっと、じゃあ立ち話も何ですからこちらへどうぞ」



 僕は彼を伴い、最近オープンしたばかりのカフェへ。顔馴染みの店主と挨拶を交わし、奥の一席を貸してもらう。

「へえ、中々風情のある店だな」

 味のあるログハウス風の内装に口笛を吹く男性。

「ラテの専門店なんです。一つ頼みま―――あ、済みませんマスター。御馳走になりますね」

 好意で出された抹茶ラテを一口飲むと、外気で冷えた身体が温もる。それは彼も同じようで、両掌をカップに当て夢中で啜り始める。

「こいつは雪国にうってつけの商売だな。にしてもあんた、随分住民から好かれているんだな」

「まあ、この王国でただ一人の兵士ですし、毎日見回りしていれば嫌でも覚えられてしまいますよ」

「謙遜か?―――俺の知ってるあんたのそっくりさんは、社交的だが少なくとも庶民じゃなかったぜ」

 ずずっ。

「それって……もしかして、富豪の子供とか?」

 記憶が戻りつつあると悟られない程度に尋ねる。

「ああ、まだ二代しか続いていない成金『だった』がな、実業家の間ではそこそこ有名だったらしい」

「その、僕に似た男は何故殺人を?」

 今までの治療結果から考えると、凡そ犯罪とは縁が無さそうに思えるが……。

 使者は顎に手を当てしばらく唸り、重々しく口を開いた。

「複雑な話なんで割愛させてもらうが、ざっくり言えば『生き続けるため』だな。いや、冗談と思うのも無理は無い。あんたは完璧に他人の空似の一般人だ。全く、エルの奴め。幾ら坊ちゃんに頼まれたからって、すれ違った程度の俺を寄越してどうするんだよ……」

 ほう。連合政府の職員も、普通に上司の愚痴を言うのか。あぁ、そう言えば那美さんもしょっちゅうリーダーのベルイグ氏と諍いを起こしているんだった。

 彼は完全に僕への疑いを晴らしてくれたらしく、以降の質問は終始クオルに関する事だった。特に無料で住める所に感動したようで、別荘でもいいなら一軒借りてゆっくり羽を伸ばしたいなあ、心底羨ましそうに呟いたのが印象的だった。

 双方のカップが空になった頃、政府員は徐に腕時計を見て立ち上がった。

「仕事中だってのに付き合わせて悪かったな、衛兵さん。そろそろ帰るわ、俺」

「いえ。お気を付けて」


 ヒラッ。彼が立ち上がった拍子に、ズボンのポケットから何かが零れ落ちた。「あ!」「大丈夫です。少し待っていて下さい、すぐ拾いますから」


 僕は椅子を引き、テーブルの下へ潜り込む。どうやら写真のようだ。裏返しになったそれを手に立ち上がり、差し出しかけて―――呼吸が、止まった。


「悪いな、サンキュー。この間うちの部署で撮った集合写真なんだが、凄え人数だろ?最初は全員で撮ろうって言ってたんだが、カメラマンが五十人が限界だって泣き付いてきてさ。結局六回も撮影する羽目に―――おい、どうしたあんた?顔が真っ青だぞ?」


 僕は震えっ放しの指と霞みゆく視界の中、どうにか写真中央に座る人物を示した。


「?坊ちゃんがどうかしたのか?―――さっきはああ言ったが、この人が俺の本当の上司さ。エルとは真逆でいつも優しい―――!!?おい!!」


 テーブルに倒れ込む僕の鼓膜に、カップが倒れる音と彼の呼び掛けが響く。異変を聞き付け店主も駆け寄るが、気絶した僕には到底応える事など出来なかった。



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